第5話 キュート


掌編小説・『キュート』


「新しいクルマを設計開発したいのです。つきましては、中心コンセプトはとにかく「カワイイ」クルマ。で、車種名も「キュート」にしたいと思います。」

豊産自動車の新製品開発部長、女性の加亜・聖瑠子氏は、社内の主な人物が集合したプレゼンテーションの場で話し出した。

「とにかくキュートなクルマ。絶対女性にウケます。女性の購買層は約4割です。大ヒットすれば会社の株も上がります。見るからに夢があって、色も形も、あらゆる車にまつわる要素に「カワイイ」を散りばめる。

 そういう発想でプロデュースされたクルマというのは案外なくて、ニッチェというか潜在的な購買欲というものを発掘するのではないかと思われます。

 このプレゼンを行う前に「チーム『キュート』」というのを開発部内に立ち上げて、全員からアイデアを募り、ディスカッションを繰り返して、一応のグランドデザインと細かいアイデアを総合して、青写真は殆ど完成しました。

 今からその大まかな説明を行いますが、発売開始を決定して、本格的な生産体制までに持っていくかどうかは未定です。今日の会議で大多数の御賛同を戴ければ、すぐさま実質的な開発プロセスを実行に移したいと思います。

 よろしくご清聴戴きたいと思います。

 これが「キュート」の外形の大体のイメージなのですが…

 フォルクスワーゲンに似た、割と古典的な、コンパクトな外形で、「かぼちゃの馬車」というイメージを打ち出しています。

 走行性能よりもデザインのかわいらしさを優先しています。

 1000CCで、ハイブリッドです。コンパーチブルで、古き良き時代、そういうような趣も残す仕様にしています。

 色はピンクにしています。特殊な、虹色のヴァージョン、蝶をあしらった森英恵ヴァージョン、特殊な立体的な色彩を描くホログラム・ヴァージョンも予定しています。

 そうしたファンタジックなカラーで、女性限定。

 徹底して「カワイイ」に拘っているわけです。

 クラクションの音色もクラリネットとかヴァイオリンとか、そういうカワイイ楽器の音色を組み合わせて耳に快いキュートな音色にします。

 コンソールパネルのデザインもハート形を基調にしたデザインで、ランプの色も

すべてピンクにします。

 排気音は極小に抑えて、ドアの開閉の際にはフラグランスのミストが出る仕掛けにしておきます。

 自動運転や自動制止も可能です。最新の技術は普通に取り入れてあります。

 

 安全なクルマであるための最低限の約束事は遵守しますが、例えばディズニーランドで運転される車はどういう車か、そうしたアイデアをふんだんに取り入れて、

一つの夢空間、おとぎ話のような空間に車がなるように、設計しあげました。…」

… …


「カワイイクルマ・『キュート』」というアイデアは満場一致で支持されて、生産体制に入った。

「カワイイは究極的なスタンダード!」そういう広告コピーも作られて、のべつまくなしにテレビCMも流された。薔薇色の、コンパクトで瀟洒な最新先端モデルの「キュート」は人々に鮮烈な感動を与えて、斬新なコンセプトも広く支持されるという恰好になったのだ。

 そうして予想通り都会的な女性の間に「カワイイ」をとことん追求したマニアックなコンセプトカーは爆発的な人気を博して、半期の売上高トップを記録した。

「前からこんな車が欲しかった」

「お出かけが楽しくなるし、運転していてワクワクします」

「クルマというものの概念に革命が起こりました」

 

 そういう声がたくさん寄せられて、順風満帆に思えたが…

 好事魔多しだった。

 巷にたくさん流通した「キュート」の派手すぎる外観につい気を取られた男性ドライバーのよそ見運転の事故が相次いで、社会現象となり、やがて、交通安全上無視できない問題とされて、売れに売れている最中に販売休止に追い込まれたのだ…

「カワイイ」のも程度問題で、度を超すといろいろと厄介な話が生じてくる…道路、路上という日常的な場においては、あまりにも非日常な「キュート」過ぎるクルマというのは、完全な異物、場違いに美しい職場の花が軋轢を生じさすような、

一種の徒花となってしまったのだ…


「キュート」の外観仕様のリコールに追われる加亜・聖瑠子は、疲れた顔でつぶやいた。

「販売戦略は正しかったのだけど…カワイすぎることにはデメリットもあったんだなー私も「カワイイ」というので思春期には随分嫌な目にも遭ったけれど…男性目線というものへの配慮が足らなかったのね。でもコンセプトに共鳴して買ってくれたみんなにはサン「キュート」言っておくわね。」


<終>


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夢美瑠瑠掌編劇場 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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