呂布の娘の嫁入り噺25

「……えっ!?ちょ、ちょっと!!なんで脱いでるの!?」


 いきなり女の裸を目にした龐舒は慌てて横を向いた。


 見てはいけないと思ったが、そこは弱冠二十歳の健全な男だ。頑張って目をそらしたが、つい目玉がチラチラとそちらを向きたがる。


 玲綺はその様子を大変愉快に思ったものの、ごく平静を装って答えた。


「なんでって、このままじゃ風邪ひくって龐舒が言ったんじゃない。ずぶ濡れの服を着たままじゃ冷えるわ」


「そ、そりゃそうだけど……」


「そう思うなら龐舒も脱ぎなさいよ」


 玲綺はそっぽを向いた龐舒に歩み寄り、その帯に手をかけた。


「え?いや、ちょっと待って……」


 龐舒はそれを止めようとしたが、そちらを向くと玲綺の裸を見てしまう。それで帯をするすると解かれてしまった。


「ほらほら、女の私が裸なのに恥ずかしがってんじゃないわよ。っていうか、別に普段から鍛錬後には半裸で貂蝉と水浴びしてるじゃない」


「いや、でも……」


 玲綺は容赦なく服を脱がしていく。しかも下帯まで取り去ってしまった。


「そ、それは水浴びでも取らないだろ!」


 赤面する龐舒を玲綺はケラケラと笑った。


「あははは!そっか、こんなふうになってるんだ!」


「……もう!あっち向いててよ!僕はこっち向いてるから!」


 龐舒は板の間に上がり、ドシッと腰を下ろしてあぐらを組んだ。玲綺に背を向け、憤然と背筋を伸ばしている。


 その様子に玲綺はまた笑いながら、脱がした服を絞って棒に掛けた。それを火の近くに立てかけておく。


「そのうち乾くでしょ。それまで休んでましょう」


 玲綺も板の間に上がり、腰を下ろした。しかし龐舒のように向こうは向かない。


 龐舒の背中の筋肉の盛り上がりを見つめながら声をかけた。


「別にお互いの裸を見たのだって、完全に初めてってわけじゃないじゃない」


「……あぁ、そういえばお風呂で鉢合わせたことがあったね。奥様のイタズラで」


「そう、イタズラね」


 玲綺にはその言い方が可笑しかった。母は明らかに自分と龐舒とをくっつけたがっている。


 しかし自分より単純なはずの龐舒はそれに影響されず、自分は変に意識をしてしまった。


 そのことを悔しいと思うこともある。


「龐舒はさ……あの時も今も、私の裸を前にしても何もしてこないんだね」


 玲綺はうつむき、無意識に寂しさを滲ませた声を出してしまった。


 龐舒はその心情を感じ取り、これまでとは違う動揺を覚えた。


 が、自分にとって為すべきことは変わらない。それは龐舒にとって、とても大切なことだった。


「何かできるわけないだろ。僕は呂布様に玲綺と奥様を守るって誓ったんだ。その玲綺を傷物になんて、できるわけない」


 玲綺はその言葉に、ハッと顔を上げた。


 龐舒の顔を見て、その気持ちを感じたいと思った。しかし向こうを向いているから表情は見えない。


(でも……どんな顔してるかは分かるな。いつも通り、お父様の忠犬な顔をしてるはず)


 父を前にした龐舒は常にそういう顔をしていた。だから見ずとも分かるのだ。


 玲綺は複雑なため息をつき、少し意地悪を言ってやろうと思った。


「龐舒が私のことを思って手をつけないのは分かったけど、実はそれ自体が女を馬鹿にしてるんだからね」


 龐舒には玲綺の言っている意味が分からなかった。自分には女を馬鹿にする意図など毛頭ない。


「……え?どういうこと?」


「だって『女はそういう経験したら傷物になる』って発想は、女を馬鹿にしてるとしか思えないわ」


「そ、そうかな?」


「そうよ。女を物みたいに見てるし、女が男に所有される前提があるから清らかさとか貞操観念とかを押し付けられるのよ」


「う、うーん……僕は別にそういうつもりで言ったんじゃないけど」


「分かってるわよ。龐舒は龐舒の常識の中で、ちゃんと私のことを思いやってくれてるだけ。それはありがたいと思うわよ。ありがとう」


 複雑な道のりで礼を言われた龐舒はなんと答えたらいいか分からず、とりあえず、


「いや」


とだけ言っておいた。


 玲綺の言い方は少し妙にはなってしまったものの、ありがたく思うというのは本音だった。


 人は皆、それぞれの常識の中で生きている。その常識は人それぞれで必ず異なるものだから、思いやりが相手のためになるものかどうかなど知れたものではない。


 しかし、それでも自分のことを思いやってくれた言動であるならば、それはありがたく思うべきなのだ。


(でも……やっぱり色々な不満が残るのよね)


 玲綺はそうも思う。


 そしてその一番大きなところは、実は女がどうとかいう話ではなかった。


「ねぇ……龐舒は私とお父様、どっちの方が好き?」


 玲綺はそう問うてしまってから、とんでもなく愚かなことを聞いたと後悔した。


 しかし、これこそが自分の最大の本音でもあった。


 龐舒はその問いに対し、困惑の声を返す。


「え……?いや、それは……」


 真面目な男ほどこの手の質問には困るものだ。


 そして龐舒は馬鹿が付くほどの真面目だった。


 だから玲綺はそんな龐舒のことを気の毒に思い、別の話をしてやることにした。


「……あと四年してお父様が迎えに来てくれたらね、私たちのことをちゃんと話したらいいんじゃないかな」


 龐舒はその発言の意味を頭の中で何度も吟味し、数拍置いてから反応した。


「…………えっと、それって」


「私ちょっと寝るわ!おやすみ!」


 と、玲綺は龐舒に最後まで言わせず、向こうを向いて横になった。


 龐舒は思わず振り返ったが、相変わらずの裸が目に入ってすぐに目をそらす。そしてそれ以上は何も言えなかった。


 玲綺は高揚とも不安ともつかない微妙な心情のまま、床に臥し続けた。


 ただ、寝息を立てた振りをするとチラチラとした視線を感じるのがやたらと可笑しかった。

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