呂布の娘の嫁入り噺4

 後漢におけるへい州の人口は、戸籍にあるだけでも六十八万人ほどだという。


 他州に比べて少ない方ではあるが、それでも想像すると結構な人数ではある。


 そして刺史ししは州の長官であるから、并州刺史である丁原テイゲンはかなり偉い人間ということになるだろう。


 こと完全な一般人である龐舒ホウジョにとっては雲の上のような存在で、目の前にその人がいるだけでも本来なら緊張せざるを得ない。


 にも関わらず、丁原は龐舒の前にただ立つだけでなく、深々と頭を下げていた。


「父上のことは本当に申し訳なかった。州として、州刺史として、正式に謝罪させてもらう。どうか許してくれ」


 丁原はやや肥満した中年の男で、それが腰を折っている姿は多少の愛嬌がある。


 が、そんなもので龐舒は許してやる気はなかった。


「父の罪はどうなりましょうか?」


 龐舒は許すとも許さないとも言わず、口調にやや棘を立たせて尋ねた。


 州刺史を正面からなじるつもりはないが、父の冤罪を許せるわけがない。言外に怒りを示すくらいはしてやりたかった。


「儂の名の下に父上の名誉は回復する。奪った資産に上乗せして、賠償もしよう。もはや州に出来ることはその程度だ」


「かしこまりました」


 別に納得するとかしないとかではなく、龐舒は礼儀としてそう答えた。


 実際、冤罪での処刑まで済んでいる以上それ以外に出来ることも無いだろう。


 龐舒はそう思ったが、丁原はふと思いついたように一点加えた。


「……いや、父上を陥れた費潜ヒセンという下衆をきちんと裁くことも州として出来ることではあるな。青年よ、奴の首を父上へのはなむけにしようぞ」


 丁原は自分の足元から生えた二本の棒を両手に取り、頭上でぐるりと回した。


 棒の先には人の頭よりも大きなまさかりが付いている。とてもではないが、片手で振り回せそうな代物には思えない。


 が、丁原は重量級の双鉞そうえつを玩具でも扱うように軽々と旋回させて見せた。


「そもそも儂は学が無くて、行政官として有能だとは口が裂けても言えん男だ。腕っぷし一本でのし上がってきたのだから、むしろこれからやろうとしていることの方が儂向きだな」


 丁原は双鉞を宙でピタリと止めた。その先は少し離れた広壮な屋敷に向かっている。


 それは以前、龐舒と玲綺レイキが囚われていた人買いの屋敷だった。そしてそこに費潜がいるらしい。


 費潜はこの人身売買業者と癒着して不正を行っていたのだった。


「儂のような字もあまり知らない男が刺史をやっているのは、こういう時のためだ。この双鉞と共に兵の先頭に立ち、荒事を治める。それを期待されての刺史だ」


 そう言う丁原は現に今、州兵を率いてここにいる。罪人費潜は私兵を集めて抵抗する意思を示しており、それを攻めるためだ。


 丁原と龐舒、そして呂布の三人は并州軍の本陣で話をしていた。


「そしてお前の師である呂布も同じようなものだ。儂がこういう荒事で役に立つだろうと思い、野から見出して役人にしている」


「ならば、主簿などという事務方には回さないでいただきたかった」


 丁原の言葉を受け、呂布が遠慮なく不満を口にした。


 その様子や口調から、龐舒はこの二人の間柄がごく近しいものであると分かった。


 多くの人間にとって恐怖の対象となる呂布が、丁原の前では父に接する子のようにすら感じられるのだ。


 特に龐舒は普段から呂布をよく見ているから、余計に丁原を前にした時の違いが分かる。


「そう言うな。お前の気持ちも分かるが、儂も色々と考えてのことだ。儂のような完全に戦一本の人間になるのも良くない。実際、主簿として学ぶことは多かったろう?」


 そう言われた呂布は、ムスッとするだけで何も答えない。


 それは無言の肯定であり、龐舒にはそのことがよく分かった。


 そして恐らくだが、丁原にも分かっているだろう。龐舒にはそんな二人が羨ましく、軽い嫉妬すら覚えるのだった。


「儂のように粗野な育ちをして、何の学もないと苦労することも多い。こういう土地だからこそ刺史にまでなれたのだが」


 丁原の経歴、人となりはそういうものだった。


 丁原は貧しい家庭に産まれ、幼少期に満足な教育を受けられなかった。本人も言っていたように、字もあまり知らない。


 しかし、勇敢で強かった。


 常に兵たちの先頭に立ち、軍令さえあればどんな危険も顧みずに進んだ。


 并州は漢帝国の北端にあり、匈奴きょうど鮮卑せんぴといった異民族の土地に接している。それらは漢人から略奪を行うことも多かったから自然、戦が頻発した。


 そういった事情で、并州の為政者には強い者が選ばれるのが常となっている。そして丁原はその強さを認められ、刺史に任命されたのだった。


「こういう荒事にもちゃんと呼んで、呂布という豪傑の本領を発揮させているだろう?」


 そう言う丁原に、呂布はまた甘えるような不平を言った。


「主簿もやってさらに戦えなどと、人使いが荒すぎます」


「しかし、お前は戦いが好きなはずだ。見ていれば分かる」


「そうだとしても、それで潰した賊の残党などに恨まれて家族が危険に晒されました」


 丁原は人買いの屋敷へと再度目を向けた。


「そういえば、お前の娘が攫われて一度ここに売られたという話だったな。しかし、その賊も費潜と繋がりがあるというではないか。その時の恨みも今日晴らせ」


 あの時も呂布は何十人と殺戮しているはずだが、それで復讐は十分だとは言わなかった。


 むしろそのつもりだと言わんばかりに、風音を唸らせて戟を振ってみせた。


 と、その時、屋敷とは反対の方から喚声が上がった。


 本陣からそう遠くない所からだ。


「……なんだ?」


 丁原がいぶかしむ声を出した時、鉄同士がぶつかり合う音も上がり始めた。


 明らかに戦闘が起きている。


「行け」


 丁原の短い言葉で、そばにいた従者がすぐに走り始めた。状況を見てこいという意味だ。


 が、その従者が帰ってくる前に一人の男が報告に走ってきた。


 龐舒はその男の物腰をひと目見て、全身の皮膚に粟が立った。


(何だこの人……強いぞ!!)


 味方であるはずのその男に戦慄し、思わず戟を握りしめる。


 龐舒は呂布の極端な鍛錬を受けているから、武術を始めてごく短期間でそんなことまで感じ取れるようになっていた。


 丁原を前にした時もその威容に圧倒されたが、今来た男から受ける圧力もまた度を越している。


張遼チョウリョウ、何があった?」


 張遼


 丁原は男の名を、そう呼んだ。


 後年、そのあまりの武勇のために『張遼が来るぞ』と言えば子供が泣き止むとまで言われ、『泣く子も黙る』の語源にもなったという武人だ。


 張遼は丁原の前に膝をつき、簡潔に報告した。


「後方に配置していた部隊の裏切りです。費潜の息がかかっていた模様。費潜自身も屋敷ではなく、実はその部隊にいるのが目撃されました」


 報告を受けた丁原は、すぐに後ろを向いた。


「……ということは、屋敷からも敵が来るな。打って出て、挟み撃ちにするはずだ」


 歴戦の勇士はすぐにそう判断した。


 状況としては控えめに言って、かなり悪い。


 裏切り、挟撃の上に、裏切った部隊は本陣からそう遠くない所にいる。


 しかしその状況で、丁原の顔は嬉しそうに歪んだ。


 龐舒はそれが獲物を前にした肉食獣の顔に見えた。


 自分が今まさに狩られそうになっている状況にも関わらず、疑いようもなく狩る側の顔を見せているのだ。


「おい。呂布、張遼。どうやら儂らは舐められているようだぞ?」


 言われた二人は短く応じた。


「ふん」


「そのようで」


 呂布はげきを、張遼はほこを軽く振ってみせた。


 軽く体をほぐすようなその動きだけで、龐舒は思わず身構えた。二頭の怪物が獲物を求めて動いたように感じられたのだ。


 その怪物に挟まれた丁原は、指揮官としてこれから取るべき軍事行動を示した。


「屋敷から出てくる敵は軽く流して防ぐだけにしてやれ。こちらから本気で攻める必要はない。奴婢ぬひが動員されているだろうから、討つのに少々忍びない」


 そこまで言ってから、丁原は裏切った部隊の方を向いた。


「しかし後方の裏切り者共は別だ。殺し尽くせ。ただし、とりあえずは本陣までの道を開けてこちらまで来させろ」


「えっ!?」


 という声を上げてしまってから、龐舒は口を手で塞いだ。


 呂布に連れて来てもらっているだけの一般人である自分が、指揮官の指示に口など挟んではいけない。


 が、丁原の指示はつい口を挟んでしまうほどに無茶なものだった。一番守らなければならない本陣まで、わざわざ敵を来させろと言うのだ。


「何だ、不満か?」


 丁原からそう問われ、龐舒は首を横に振った。


「い、いえ……失礼いたしました」


「本陣に敵が届くのが怖いか?」


「いえ……あの……」


「お前の目の前にいるものよく見ろ」


 言われて龐舒は自分の視界にあるものを再認識した。


 丁原、呂布、張遼。


 改めて三頭の怪物を認識すると、不思議と今の危機が危機として感じられなくなってくる。


「儂はこういう時のために呂布や張遼のような豪傑を取り立てているのだ。今こそ働いてもらわんとな」


 呂布だけでなく、張遼も丁原が見出した人物だ。元々ただの一役人だったのを抜擢して従事じゅうじ(副官)にしている。


 丁原は史書においてその勇武を称えられているものの、粗野で官吏としては今ひとつであったようなことが書かれている。


 しかし、強い男を見る目は誰よりも確かだったらしい。この二人を世に出した事だけでも、丁原の成した歴史的功績は小さくないだろう。


 その丁原は兵たちの先頭に立ち、裏切った部隊の方へと大股で歩いて行く。その左右に呂布と張遼が付き従った。


 男たちの背中を見て、龐舒はこの世の武力の全てがここに結集したのではないかと思えるほどの安心感と畏怖とを覚えていた。


 そんな龐舒を、呂布が首だけで振り返る。


「おい、龐舒。役に立て」


 その一言で、龐舒の心は燃え上がるほどにたかぶった。師の背を追い、その期待に応えようとする。


 少し進むと、敵部隊の先頭が見えてきた。指示通りに道が開けられているから、すぐに接敵した。


 敵は丁原の姿を認めると喚声を大きくした。恐らくその首には多額の褒賞が約束されているのだろう。


 勢いを増した敵の先頭が丁原たちに触れる。


 その瞬間、いくつもの命が弾け飛んだ。


 丁原の双鉞、呂布の戟、張遼の鉾が同時に振られ、その軌跡上にいた幾人もの敵兵が吹き飛んだのだ。


 どの兵も体のどこかしらがバラバラになって宙を舞っている。


 それらがだいぶ後ろの方にいる兵の頭に落ちてきて、その歩速を遅らせた。一部は恐怖に駆られて足を止めてしまう。


 が、丁原たち三人の方は止まらない。遅くなるどころか加速した。


 丁原の振る双鉞で、二人の首が一度に刎ねられた。


 刎ねられた二人共が剣を上げて鉞を防ごうとしていたが、その剣を断ち割って首に届いているのだからどうしようもない。


 その勢いのままさらに踏み込み、両腕を風車のように振る。その一振りごとに無残な死体が量産されていった。


 張遼はそのやや斜め後ろから鉾を突き出した。


 その切先は一人の喉笛を突き、いとも簡単に絶命させる。それを隣りの兵が認識した瞬間、その兵の喉も突かれていた。


 そうして風が吹くように神速の突きが流れ、兵たちは自分が攻撃されたこともよく分からないまま死んでいった。


 その反対側で、呂布は一人の兵を戟に引っ掛けていた。それを紙くずのように前方へ放ると、兵の体は一箇所に固まっていた三人にぶつかった。


 ぶつかった瞬間には、その三人もろともに胴が切断されている。


 鬼神のような膂力りょりょくで振られる戟は周囲の兵を恐慌状態にしたが、いくら恐れても鬼は許してくれない。容赦のない殺戮が繰り広げられた。


 丁原たち三人は勢いを止めず、敵兵を木偶でくのように刻みながら進んでいく。


 それで自軍の征く道と勢いとができるから、後に続く兵たちは随分と楽に進撃することができた。


 龐舒もその中に紛れ、敵兵の胸を突いていた。


(三人目!!)


 自分の仕留めた敵の数を心の中で叫ぶ。


 龐舒はこれが初陣で、人に手をかけたのも当然初めてだった。しかし、意外にも落ち着いている。


(呂布様を本気で殺そうとしてから、自分の中に違う自分がいるみたいだ)


 それが俯瞰して物事を見てくれているように感じるのだ。


 すると現実がありのままに受け入れられ、必要な認識を過不足なく持てるようになる。


(今は戦で、やるべきは敵を圧倒することだ。圧倒すれば敵も味方も犠牲は少なくて済む)


 それが龐舒の思う『正しいこと』だった。だから敵兵を屠ることに躊躇はない。


(以前の僕ならそれを理屈で分かっても、動けなかっただろうな……)


 自分は変わった。


 師が自分を変えた。


 それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。しかし自分が今こうである以上、こう生きていくしかないのだ。


(……雑念は捨てろ。呂布様の役に立つことだけを考えるんだ!!)


 龐舒は敵兵の頸動脈を斬りながら、周囲を見回した。


 自分はまだ役に立っていない。


 初陣で四人仕留めたとなれば、それは誇っていい戦果だろう。


 しかし龐舒はその程度のことで役に立ったとは思えなかった。


 呂布との稽古を繰り返してきた龐舒にとって、そこらの兵士はあまりに弱すぎた。それを何人かやったところで戦果とも感じられない。


 それに、師の期待してくれたのはこの程度のことではないはずだ。


(今やるべきは、呂布様たちの勢いを止めないことだ)


 龐舒は冷静に状況を把握していた。


 丁原たち三人の並外れた武力のおかげでこちらが押しまくっている。


 が、それが無ければそもそもこちらが不利な戦いなのだ。


(勢いを、止めない)


 龐舒が再びそう思った時、自軍の進む少し先に大きな盾がいくつも並べられているのが見えた。


 本来なら矢避けに用いられる盾で、それを大勢で支えて三人の勢いを止めようしているのだろう。


(……あれを崩す!!)


 龐舒はそう心に決めて、一度体を沈めた。そしてばねのように跳ねて加速し、敵陣の中へ侵入していった。


 龐舒が速いということもあったが、敵兵たちはその予想外の行動に虚を突かれて侵入を許してしまった。


 単身で敵だらけの場所に入るなど、本来なら自殺行為だ。すぐに囲まれて四方から攻撃を受けることになる。


 が、龐舒はそうならないと信じていた。ほんの少し耐えていれば、自分の師たちがここまで押し込んでくれるはずだ。


 龐舒は自慢の脚力に物を言わせ、敵兵の間をすり抜けた。そして目当ての盾の横へとたどり着く。


 そこで戟を横に構え、並んだ盾の後ろを駆けていった。


 戟は引っ掛けながら斬ることのできる武器だ。龐舒は盾を支える兵たちを撫でるようにして斬って走った。


(殺さなくていい、盾が崩れる程度に怪我させれば十分だ)


 そう判断していたから、深く攻撃することにこだわらない。それで龐舒は囲まれる前に盾の後ろを走り抜けることが出来た。


「やるではないか!!」


 と、龐舒を褒めてくれたのは丁原だ。


 隙間ができ、しかも支える力の弱くなった盾では二本の鉞を止めることはできなかった。兵ごと破壊されていく。


 続く呂布と張遼も難なく盾を突破し、自軍の勢いは殺さずに済んだ。


「呂布よ!たった一年で、どうやったらあそこまで鍛えられるのだ!?」


「殺す気で鍛えました」


 師の返答を聞き、弟子は頬を引きつらせた。


 生と死のギリギリこちら側で鍛えられていると思っていたのだが、実際には向こう側に放るつもりだったらしい。


(生きていて良かった……)


 龐舒は今現在の生に感謝しながら、また戟を振った。殺す気で鍛え上げられた技は、敵兵を圧倒してくれた。


 そうやって進んでいる内に、気づけば敵陣の半ば以上まで押し込んでいた。


 そこで自軍の兵の一人が声を上げる。


「いたぞ!!費潜だ!!」


 その声に龐舒が首を回すと、記憶にある顔が視界に映った。


 父が処刑された後に自宅へ来た役人がそこにいた。家財を没収した上に、龐舒を奴婢として売った男だ。


 あの悪辣な顔は忘れるべくもない。


(父上の仇!!)


 そうは思ったものの、龐舒の心は一面冷静でもあった。すでに激しい感情を呂布にぶつけていたからかもしれない。


 費潜は一応総大将ではあるから、周囲の兵も厚く配置されている。


 が、こちらの怪物三人にとってそれらは大した障害にもならない。紙を剥がすようにして護衛は除かれ、すぐに費潜に手が届くまでになった。


 その段になって、呂布は龐舒へ短く声をかけた。


「行け」


 父の仇として、費潜を譲ってくれるということだろう。


「はいっ!!」


 龐舒は師へ感謝を乗せた返事をし、費潜へと襲いかかった。


「ヒィッ!!」


 と高い声を上げた費潜は、兵としては大して強くもないようだった。一応剣を構えていたが、簡単に叩き落とせた。


 それから龐舒はまず費潜の右腕を打った。刃のない棒の部分で打ったので、骨は折れたが斬れはしない。


 次に左腕を打つ。こちらも一撃で骨を折った。


 さらに右足・左足も打って骨折させたので、費潜はもはや立っていることもできない。


 しかし受け身を取るための腕も折られているから、費潜は顔面を地に擦りながら転倒した。


 その様子を見た丁原が龐舒に尋ねた。


「なんだ、すぐに殺さんのか。なぶり殺すつもりか?」


 龐舒はかぶりを振って答える。


「いえ。この男は僕の私怨で殺すのではなく、州の正式な裁判を受けた上で殺すのが良いと思いました。その方が世にその罪を明らかにできます。それに裏社会の顔役であるならば、殺す前に情報を取れるだけ取るべきかと」


 言われた丁原は目を丸くしてから、弾けるようにして笑った。


「はっはっは!おい、呂布!お前の弟子は、官吏としてなら儂やお前なんぞよりもよっぽど優秀だぞ!」


 呂布はムスッとするだけで答えない。


 しかし何にせよ、敵の総大将はこちらの手に落ちたのだから戦はこれでしまいになる。


 龐舒は仇を打ち据えて鬱憤を晴らせたし、費潜はここで斬られるよりも残忍な死に方をすることになるはずだ。


 その決着が伝わり、ほとんどの兵たちは投降していった。


「……凄まじい戦い方だったな」


 龐舒は今あった戦を思い浮かべ、ポツリとそうつぶやいた。改めて考えてみると、無茶苦茶な戦い方だ。


 それを耳にした丁原は、龐舒の頭に手を置いてワシワシと髪の毛をかき乱した。


「お前は賢いから分かるだろうが、今のを普通の戦だと思わん方がいいぞ。あくまで儂が敵部隊の中身を熟知しており、大した強者がいないということを知っているから選択した戦い方だ」


 龐舒には丁原の言うことがよく分かったし、それ以上のことも理解している。


「それに加えて丁原様、呂布様、張遼様という化けも……じゃない、豪傑の方々が揃っていて、初めて出来る戦い方なのでしょうね」


「あぁ、そうだ。味方に化け物がいなければ無理だな」


 丁原は青年の失言を笑って繰り返した。


 それから投降した兵たちの所へと向かう。


 兵が次々と縛られていくのを横目に見ながら、警戒を続ける張遼へ労いの言葉をかけた。


「張遼、出立前に一仕事を頼んですまなかった。すぐに出るのがキツいようなら、少し休んでからでも構わんぞ」


「いえ、風雲急を告げるようです。私だけでも早めに行った方が良ろしいでしょう」


(出立?張遼様はこの後どこかに出陣されるのかな?)


 二人のやり取りを聞いた龐舒はそう思った。話の内容から、賊でも出たのかもしれない。


 しかし呂布に向けられた次の言葉で、どうやらそこらの賊ではなさそうだと感じた。


「呂布も、洛陽らくようへの出立はそう遠くない。早めに準備をしておけ」


(洛陽?張遼様も呂布様も都へ行かれるのか……でも、一体どんな用事で?)


 自分はそのような事は何も聞いていなかったが、何かがあるのだろう。


 丁原は首を傾げる龐舒へ肩越しに親指を向けて、呂布との会話を続けた。


「あの青年も連れて行くのだろう?先ほどの戦いでもかなり役に立っていたしな」


 その言葉は龐舒にとって何よりも嬉しいものだったから、思わず顔を赤らめてしまう。


 呂布は首を横に振って丁原に答えた。


「家族の守りに、龐舒は置いて行きます」


「そうか、確かにそれが安心だ。だがもしかしたら、そもそも家族ごと洛陽に移る方がいいかもしれんぞ?もし火種が全国に飛ぶなら、手元に置いた方が守りやすいという事もある」


 なにやら二人は玲綺や魏夫人の安全にまで関わる話をしているらしい。


 そうなると龐舒もただ話を聞いてはいられない。これから何か大変なことが起こるのだと感じた。


「あの……一体何が起こるのでしょうか?」


 問われた丁原の顔は、戦が終わったばかりだというのに好戦的な笑みに歪んだ。


 心なしか両手に下げられた鉞まで鋭さを増したように感じる。


「世が乱れるのだ。青年よ、心して生きろ」

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