小覇王の暗殺者13

(許安に何て言おう……)


 家へと帰る雲嵐の足取りは重かった。


 殺されはしなかったものの、二人を騙して一人暗殺に向かい、失敗し、あまつさえ仇に情けを受けて生き延びたのだ。


 孫策はああは言っていたが、間違いなく情けだ。


 しかも帰ったら、許安に仇討ちを諦めるよう説得しなくてはならない。


(会わせる顔がない)


 それが雲嵐の本音だったものの、村が軍の手伝いに出るまでに帰らなければ二人が何をしでかすか分かったものではない。


 だから足を止めるわけにはいかないのだが、その足はひどく重かった。


 しかしその重い足を無理矢理にでも動かして進めば、嫌でも家は見えてくる。


 家の前に、許安と魅音が立っていた。


 まだ早朝だがすでに着替えも済ましていて、明らかにもっと早くから起きていたことが分かった。


(何て言おう……)


 雲嵐はまたそれに悩んで足を止めてしまった。


 が、許安は雲嵐を視界に入れるとすぐに駆け出した。


「雲嵐!雲嵐!無事か!?雲嵐!」


 許安は叫ぶように名前を呼びながら、雲嵐に抱きついてきた。


 触れる頬が濡れていて、許安が泣いていることが分かった。


「起きたら雲嵐がいなくて、すぐに一人で暗殺に行ったんだと分かった……何でこんな無茶をするんだ」


 言われた雲嵐は苦笑した。許安は許安で、自分一人が仇討ちに殉ずるつもりでいたのに。


 そうは思ったが、とりあえず謝った。


「すまない、失敗した。孫策を殺せなかった」


 許安は雲嵐から体を離し、肩を掴んで首を横に振った。


「もういい!仇討ちなんて、もうやめよう!」


「…………え?」


 まさか許安の方からそう言われるとは思わなくて、雲嵐は固まってしまった。


 許安は涙を流しながら言葉を続ける。


「さっきまで、怖かったんだ。雲嵐を失うかもしれないと思って、本当に怖かった。僕はもう家族を失うのは嫌だ。だから、仇討ちになんてもうやめよう」


「許安……」


 許安は心が素直にできているから、正しいこと、すべきことが仇討ちだと思って実行しようとしてきた。


 しかし、それはあくまで教えこまれた道徳という架空概念に基づく行動で、現実を見てはいない。人は現実を前にして、その概念が架空のものであることにようやく気づくのだ。


 そして人の望みは、現実の中にある。


「僕は父上を殺した孫策が憎い。でも僕の望みはそんなことよりも、家族と共に生きることだ。父上はそれが一番幸せなことなのだと教えてくれた。だから仇討ちはもうやめる」


 それを聞き、雲嵐も目に涙を浮かべた。


 確かに許貢はそれを教えてくれた。


 毎日のように抱きしめながら、大好きだと言って家族と生きられる幸せを教えてくれた。


「ああ……そうだな。もうやめだ。仇討ちなんてもうやめて、前を向いて生きることだけを考えよう」


 男二人は何度もうなずき合いながら、最後に笑った。


 しかし少し離れたところからそれを見る魅音は、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。


 そしてそれは、はっきりと声音にも現れていた。


「あのさぁ、なんか二人で盛り上がってるけど……」


「あっ、そうだ!」


 魅音は不満を口にしようとしたが、雲嵐の声がそれを遮った。


 こちらには、この猫娘の不機嫌を直すための秘密兵器があるのだ。


「許安から魅音への贈り物と伝言があるんだった!」


 そう言って、櫛のしまってある棚へと走る。


 許安が慌ててそれを追った。


「えっ?ちょっ……ま、待って!待てって!」


 魅音はその様子を不思議そうに見ていたが、しばらくすると、気まぐれな猫のようにすっかり機嫌を良くしてくれた。


 秘密兵器の効果はまさに抜群だった。

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