第21話 腐敗官吏

 劉翊と朱烈が再会を果たした翌日の夜、前夜と同じ部屋でほぼ同じ顔触れが集まっていた。


 今日は昨日いなかった高承も来ていたが、予想だにしなかった太守劉翊リュウヨクの登場に肩を縮こませている。


 昨夜はもう遅いということで程なく解散となり、翌日再集合して話し合いを行うことになっていた。


 太守の威厳か、自然と劉翊が議長のようになって話し合いが始まった。


「まず高承に確認したい。兵たちの中で朱烈の冤罪を信じている者はどれくらいいる?」


 雲の上の存在である太守から質問され、高承は身を固くした。


 しかし尊敬する朱烈のためにも、しっかりとした受け答えをせねばならない。気合を入れるように鼻息を吐いてから答えた。


「冤罪を疑っている人間はおそらく半数以上いるでしょう。しかし、韓儀の息がかかっている人間を判別することができません。私が信頼でき、実際に動ける人間となると十人程度です」


 そこに朱烈が口を挟んだ。


「正直なところ、お前が信頼できる人間というのが本当に信頼できるか怪しいのだが」


 許靖もそれには同意見だった。高承は真面目で人が良さそうだが、どうも間の抜けたところがある。


 高承は容赦のない指摘に辟易へきえきとしたが、それでも必死に反論した。


「い、いえ、その十人は大丈夫です。私はそいつらと朱烈様が捕縛された際の証拠が偽造でないかの調査をいたしました。しかしそれが韓儀の息のかかった者に見つかりまして、全員がかなりきつい任務や部署に回されました」


 全員がひどい人事を受けたのだから、おそらく全員が潔白ということだろう。


 確かにその十人は信頼できそうだ。


「証拠の偽造は判明したのか?」


 劉翊が確認した。


「全部ではありませんが、一部の遺留物は事件の数日前に盗難されたものだという証言が得られました。例えば血の付いた朱烈様の剣です。盗難された日、朱烈様は剣を落とされたと思いその日訪れた場所を回って探されましたね。複数の人間がその様子を覚えておりますので、これは証明できそうです」


「なるほど」


 一部とはいえ、明らかに偽造された証拠が出てくれば他の遺留品も怪しいということは主張できるだろう。


「証言のほうはどうだ?現場からの朱烈の逃走を見たという証言と、犯行時刻に朱烈が店にいたのに知らないといった店主の証言があったと思うが」


「その二人には当たりましたが、口を割りません。ただ、調べるとその日以降ずいぶんと金遣いが荒くなっているようです。かなりの銭を握らされたものと思われます」


「それならばより多くの銭を握らせて吐かせればいいでしょう」


 王順が商人らしくさらり言った。


 劉翊もうなずいて同意する。


「そうだな。王順、もし必要なら一時立て替えてくれるか。もし郡から直接払えなくても、色々配慮してそれ以上の利益を出せるようにしてやる」


 王順は目だけでうなずいた。


「そうなると、一応は朱烈の冤罪を主張できるだけの材料はあるのか。後はこれでその主張が通るかどうかだが……」


「通らないでしょう」


 朱烈がきっぱりと言った。


「必ず韓儀の邪魔が入ります。金をまくのか脅すのか、それは分かりませんが予定通りの材料が手に入るとは思えません」


「……そうかもしれんが、その妨害を一つ一つ防いでいくしかないだろう。それを話し合うのだ」


 朱烈は無言で首を振った。


 劉翊は諭すようにゆっくりとした口調で話した。


「朱烈。このままではお前は第一級の殺人犯として指名手配されながら一生を送ることになるんだぞ。そうさせないためには……」


「問題はそこではありません」


 朱烈は劉翊の目をまっすぐ見た。


「私の冤罪が証明できても、韓儀の犯行やこれまでの不正は何一つ立証できません。それでは何も意味がない」


「朱烈」


「韓儀が罰せられないのなら、私の罪だけが晴れても仕方ないのです。それでは、殺された部下たちに面目が立たない……だから私が……」


 朱烈の最後の声は震えていた。


 おそらく朱烈は韓儀の暗殺を考えているのだろう。その場の全員がそれを感じた。


 法で裁けないのならば、自分が手を下すしかない。そういった思いが伝わってきた。


 許靖が朱烈の瞳の奥の「天地」に見た白い街並。その潔癖な性格からすると、法を介さずに人を罰することには強い葛藤があったはずだ。


 しかし、朱烈はそれを選ぼうとしている。自らの人格と価値を否定するほどの怒り、そして部下に対する悔恨が朱烈を追い詰めていた。


「お前の気持ちはよく分かった……しかし、自暴自棄になるな」


 劉翊は朱烈の肩に手を置いた。


「確かに部下の殺害に関して裁ける可能性はもう低いだろう。半年も経ってまともな証拠など期待できん」


 悔しそうに首を振りながら続ける。


「奴の気が狂って全部自供でもしない限り無理だろうな。だから、今後はまた地道に不正の証拠を集めて……」


「あの」


 劉翊の言葉を遮るように許靖が手を上げた。


 皆の視線が一斉にそちらへ向く。


「あの……本人が自供すれば逮捕できますか?」


 その場にいた全員が一瞬、許靖が何を言っているか理解できなかった。何か言葉の裏に別の意味でもあるのかと考えてみたが、分からない。


「韓儀本人が罪を認めれば、罰することはできるでしょうか?」


 返事がないので、許靖はもう一度繰り返した。


 それに対して劉翊が怪訝な顔で答えた。


「もちろん……本人が自供すれば逮捕できるだろう。ただし、後で言葉をひるがえされる可能性を考慮すると、ある程度は立場のある人間が聞く必要があるな」


「では例えばですが、太守様の前で韓儀自身が犯行を認めた場合はいかがでしょうか」


「私の前で?それなら当然、言い逃れはできんが……」


「分かりました。ではそうですね……あとは韓儀の嗜好などを確認したいのですが、王順さん分かりますでしょうか」


 問われた王順は意図が分からないなりに明確に答えた。


「嗜好というと、昨日のお話通り占いがお好きです。あとは派手好きで、高級品好きですな。それと秦の始皇帝を尊崇しているとかで、屋敷に廟まで作っているという話です」


「なるほど、始皇帝ですね」


 一体何を話しているのだろう。その場の全員が許靖の意図が分からず混乱した。


(月旦評の許靖……昨日一瞬で韓儀を見極めた能力といい、得体が知れん)


 劉翊は無意識に、未知の生き物を見るような目を許靖へと向けていた。

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