FILE26「ボク達のエピローグ」

 事件から、あっという間に一ヶ月とちょっとが過ぎた。


 警察の調査によっておじいちゃんのやってきたことは全て暴かれ、おじいちゃんはすぐに逮捕された。和登家の関係者はボクを含めて全員事情聴取され、おじいちゃん以外にも何人かの関係者が逮捕されている。だけど、既に行方をくらましていた鯖島はまだ見つかっておらず、今もまだ捜索中だ。


 おじいちゃんと鯖島の作った人造人間についてはかなり大きな問題になっていて、今も議論されている。十号達はとらえられ、その処遇をどうするのかかなり揉めているみたいだ。


 だけど家綱については、友愛が巧妙に隠してくれた。おじいちゃんの件はボクを含む和登家の人間で解決したことになり、人造人間九号は行方知らずということになっている。


 とまあ色々ゴタゴタしたのと、とりあえずしばらく家綱が身を隠さなければならなくなって探偵業は休業中。だけどほとぼりもそろそろ冷めてきた、ということで――――




「デートとか言われましても」


 鏡の前では、困り果てた様子のボクが映っていた。


 ロクに服も買ってないし家綱は家綱で前日急に言うしで無駄に慌てるはめになった。おまけに今日は朝イチで家綱が出かけていて現地集合だからなんだか恥ずかしい。今更待ち合わせするとなると変に緊張するから、いっそ一度事務所に戻ってきて欲しかった。


 ちなみに家綱の用事は陸奥峠さんだ。ひとまず落ち着いてきた頃合いを見計らってから改めて連絡をくれた陸奥峠さんは、ものすごい剣幕で家綱をまくしたてたらしい。電話の後、家綱は若干縮こまっていてちょっと面白かった。それで縮こまったままついでに遊びに行こうぜだなんて言うんだから反応に困ったよね……。






 結局悩んでいてもしょうがないし、いつもの格好で待ち合わせ場所に向かう。駅前の噴水まで行くと、家綱はそこでベンチに座って携帯をつつきながら待っていた。


「お、来たか」


「うん、それよりどうしたのそれ?」


 ボクが携帯を指差すと、家綱は微妙な顔をしながら携帯をボクに見せる。


「……陸奥峠さんに渡されてな……お前のもある」


「え、えぇ!? そ、そんな悪いよ!」


「持ち歩かねえと殺すって言われたんだよ。お前も持ち歩け、殺されるぞ」


 ヤクザである。


 とは言え、今回のことを考えると携帯は必要だ。家綱の話によると、ひとまず通信量は陸奥峠さんが払ってくれるらしい。探偵業を再開し次第、料金はボクらで払うよう話をつけないとなぁ……。


「そういえば陸奥峠さん、なんて?」


「死ぬほどキレられたよ。勿論殴られた」


 そう言いつつ、家綱は自分のお腹を指さして自嘲気味に笑う。


「最初は顔を殴られそうだったんだがな、この後由乃と予定があるっつったら腹パンで勘弁してくれたよ。内蔵破裂すっかと思ったけどな」


 陸奥峠さんのことだ、死ぬほどキレられたっていうのも言葉そのままかも知れない。ボクが電話した時も相当家綱に怒ってたし。


「ま、だったらボクからはもう良いかな。こってりしぼられたみたいだし」


「逆にまだ言うことあったら怖えよ!」


 家綱の言う通り、ボクはボクでもうすっかり家綱に説教しまくった後なのである。当日は色々情緒もめちゃくちゃで、とりあえず帰ってきたのが嬉しかった。だけど一晩寝て落ち着くと、段々ムカついてきて、連絡がなかったことやらなにやらまとめて説教する形になってしまっていた。


「そういえば聞き忘れてたんだけど、今日はどうしたのさ急に」


「特に大した理由はねえよ。色々あった後だし、息抜きも必要だろと思ってな」


「……それもそうだけど、今回は急に消えるのはなしだからね」


「もうしねえよ」


 小さく息をついてそう答えて、家綱は立ち上がる。


「それに、あいつらも息抜きしてえってよ。代わる代わる付き合わせることになるが……大丈夫か?」


「それは大丈夫だよ。むしろ楽しみになるくらい」


 あの事件以降、家綱の身体の調子は元に戻っている。むしろ前より調子が良いらしいけど、交代する回数は以前より増えていた。なんだか皆と家綱の関係は良好みたいで、纏さんが家綱の話をしても怒らなかったことにはかなり驚かされた。


「時間も丁度良いし、とりあえず飯行くか」


 時刻は午後一時過ぎ。まだちょっと混んでそうだけど、お腹も空いてるしまずはご飯が先の方が良いかも知れない。


「うん、そうしよっか」


 そんな感じで、ひとまず近くのファミレスへ向かうことになった。






「オムライスと……ハンバーグと……後は……ステーキ、で……」


「え!? 三品だけ!?」


 ご飯と言えば、ということで早速家綱は葛葉さんと交代。そもそも葛葉さんは由乃とご飯が食べたいと言っていたみたいで、ボクとファミレスを見るなり待ってましたと大はしゃぎだった。


のに、三品……?


「ど、どうしたの? 何か調子悪いとか?」


 心配になって聞いて見ると、葛葉さんは左右に首を振る。


「ううん、調子は良いよ? でもほら……お財布のことも考えないと……」


 た、確かに以前そう言った気もするけどさ……。


「それにね」


 そう言ってお冷を一口飲みつつ、葛葉さんは穏やかな表情で言葉を続ける。


「私が沢山食べちゃうと、この後皆が何も食べられなくなっちゃわないかなって思ったの。特に今日みたいな日は」


「葛葉さん……」


「ほら、私っていつも無限に食べちゃうから。その後って、家綱君達は何も食べられないのよ。それってすごく身勝手だなって最近思うようになって……」


 あの一件以降、家綱を含む全員が他の人格のことを明確に意識するようになっている。今までも大なり小なり言及はしていたけど、決定的に変わったのはこういう気遣いだ。


「そっか……じゃあ、仕方ないかもね」


「うん、仕方ないね。皆にもおいしいもの食べて欲しいから、この後どこかに誰か連れてってあげてね」


「うん、勿論」


 それでも三品は一般的に見れば多い方だけど、今までのことを考えればかなり我慢していると言える。


「でもさ、その内家綱達に頼んで、葛葉さんが前みたいに好きなだけ食べても良い日を作らない?」


 ボクがそう提案すると、葛葉さんは一度キョトンとした表情を見せた。


「え、良いの……?」


「良いと思うよ。駄目って言われてもボクが押し通す」


 力強い口調でボクがそう答えると、葛葉さんの口元が徐々に緩んでいく。やがてとろけるような笑顔になって、葛葉さんは嬉しそうに両手を重ねる。


「えへへ……それは、楽しみだなぁ……。ありがとう、由乃ちゃん」


「うん、ボクも楽しみにしてる」


 そんな会話をしている内に料理が到着して、ボクは葛葉さんとのんびり料理を楽しんだ。いつもみたいにぺろりとたいらげる葛葉さんもらしくて好きだけど、今日みたいに噛みしめるように食べる葛葉さんもボクは好きだ。






 場所は変わってダーツバー。こんな洒落た場所に来たがるのは、家綱の人格達の中ではアイツしかいない。


 特にゲームをする、というわけでもなくアイツは……晴義はただダーツを投げている。最初は真ん中を狙っていたけど、飽きたのか今は色んな場所を射抜いている。多分全部狙い通りなのだろう。


「まさか交代交代でデートなんてね。こんなことになるなんて想像したことなかったよ」


「ボクもだよ。皆とこんな風に出来るなんて今まで想像してなかった」


 晴義はいつも気取った態度だけど、今日はリラックスしているように見える。息をするみたいな口説き文句も、今日はあまり出て来ない。


「正直窮屈だけどね。以前なら煩わしかったかも」


 家綱からも聞いたけど、自由になりたかったのはセドリックだけじゃなかった。当然と言えば当然なんだけど、そんなこと今まで誰も言わなかった。それは気を遣っていたからなのかも知れないし、あまり考えないようにしていたからなのかも知れないけど。


「今はどう?」


「……まあ、意外と悪くないかな」


 そう言いつつ、晴義は穏やかな表情で微笑む。口説くための笑みじゃない、本心から来る笑みだ。なんだかそれが新鮮で、ボクも釣られて微笑んでしまう。


「そろそろ由乃ちゃんの笑顔も百発百中にしたいところなんだけどね。こればっかりは僕にも操れない」


「ボクは手強いよ」


 おどけて肩を竦める晴義に、ボクは冗談っぽくそう答える。


「だから良いんだよ。的は小さい方が狙いがいがある」


 そう言って晴義はまたダーツを投げる。ソレは真っ直ぐに飛んでいき、ボードの中央に既に刺さっているダーツの矢じりに直撃する。刺さらずに落ちてしまったけど、コントロールの良さは相変わらずだ。


 晴義は落ちたダーツを拾い、一度ボードをまっさらにし始める。


「ありがとね」


「特に覚えがないけど嬉しいよ」


「家綱に、喝を入れてくれて」


 ボクの言葉に、晴義は珍しくすぐには答えなかった。


 ダーツを回収し終わり、スローラインまで戻ってきたところで、ようやく晴義は口を開く。


「僕だけじゃないよ。皆で喝を入れたんだ。彼はあまりにもだらしなかったからね」


「うん、そう聞いてる。だけど何となく、晴義にはお礼言わなきゃなって思ったんだ」


「理由を聞いても?」


 問いながら、晴義はダーツを構える。


「……晴義だからかな」


 晴義は普段のノリは軽いけど、多分一番しっかりしている。家綱の言う通り、家綱の中で人格同士のやり取りがあったのだとしたら、一体晴義はどんな言葉をかけたのだろう。色々想像してみたけど、晴義は憎まれ役を買って出ていそうだった。キツいことは多分纏さんも言ってただろうし、アントンには殴られたって聞いてるけど……でも家綱は、晴義の言葉をまず飲み込んだんじゃないだろうか。いや、わかんないんだけどね。


 後、いつも安心させてくれてありがとうって意味も込めて。


「あっ」


 晴義の投げたダーツの軌道が、少しだけそれる。真ん中よりわずかに下に刺さったダーツを見て、ボクは思わず笑みをこぼす。


「今、真ん中狙ってたでしょ?」


「それは僕の台詞だよ」


 そう言って振り向いた晴義は笑ってたけど、ほんのちょっとだけ悔しそうにも見えた。






 ダーツバーを出た後は、アントンたってのお願いで罷波中央公園へと向かった。公園は家族連れが多く、沢山の子供達が走り回っている。それをボク達は、ベンチに並んで座って眺めていた。


「オー……オー! オォ……素晴ラシイ……」


 子供を眺めて満足げなのはどこか犯罪めいているけど、アントンには邪気がなさ過ぎる。ただ純粋に子供が好きっていうのはよく知ってるから、安心して公園に連れて来れる。


「目ノ保養デス……」


「一緒に遊んで来なよ」


「イエ、今日ハ由乃サントノデートナノデ!」


 デート、の部分を妙に強調し、アントンは微笑む。


「そっか」


 本当は子供達と遊びたいんだろうな、とも思えたけど、ボクといる時間を大事にしてくれるのは素直に嬉しい。子供達よりボクを優先してくれるっていうなら、ボクもこの穏やかな時間を大事にしようと思う。


 そうしてアントンとボーッとしていると、不意にアントンの肩で小鳥が羽を休め始める。アントンは横目でそれに気がつくと、静かに目を閉じた。


「コウイウ穏ヤカナ時間……良イデスネ」


「……そだね。アントンとは初めてかも」


「オー、ソウデシタカ? 私イツモ穏ヤカデス」


「うーん、アントンは穏やかなんだけど、テンションが高いから……。こういう静かなのは初めてかな」


 いつものようにはしゃぐアントンは好きだけどね。


「ソウデスネ……。今マデハ、次ニイツ出テ来ラレルカワカリマセンデシタカラ……毎回全力デ楽シモウト思ッテマシタ」


 アントンのその言葉に、ボクは思わず虚をつかれたような気分になる。そりゃアントンだって窮屈だったんだろうなと想像は出来ていたけど、やっぱり実感は今一つなかった。それは多分、アントンが感じさせないように振る舞ってたのかも知れないけど。


「デモ今ハ違イマス! 何モナクテモ、家綱サン達ニオ願イスレバ、イツデモオ話出来マース!」


「ボクで良ければいつでも。子供じゃないけどね」


「オ、子供ニ妬イテマスカ?」


「妬いてはないよ!?」


 まさかそんな返答が来るとは思ってなかった……!


 そんなやり取りをしていると、ボク達の足元にボールが転がってくる。それを取りに来た子供達の声に驚いたのか、それとももう十分休んだのか、小鳥はアントンの肩から飛び立って行く。


「ほら、ほんとは行きたかったんでしょ? 行ってきなよ!」


 足元のボールを見つめて躊躇するアントンにそう言うと、アントンは嬉しそうにボールを拾い上げる。


「おっちゃんありが……と!?」


 走ってきた三人の子供の内一人が、立ち上がったアントンを見て表情を変える。何しろアントンは子供達の二倍近い身長があるのだ、驚くのも無理はない。


「おおおお! すっげええ! でっけーーー!」


 萎縮しちゃうかと思ったけど、子供達はアントンを指指して大はしゃぎ。口々にでっけーだの巨人だーだのと大声ではしゃぎ始める。


 いつの間にか子供達がアントンの周りに集まって来てしまい、親御さん達も何だ何だと集まり始める。


「なんだかごめんなさいねぇ、遊んでもらって」


「構イマセーン! 私デ良ケレバイッパイ遊ビマース!」


 あれよあれよという間に親御さんとまで打ち解けてしまっていた。


「うわ、この姉ちゃんシュートうめえ!」


 ……そして何故か流れでボクも子供達とサッカーごっこで遊んでしまうのだった。






 公園でしばらく遊んだ後、少し休むことになってボクらは喫茶店へと向かう。そこは以前ロザリーを連れて行くと約束した喫茶店だ。


 ここは一応メイド喫茶に分類されるんだけど、メイドさんが全員本物然としているメイド喫茶だ。ボクの実家でも使っていたようなスカート丈の長いメイド服で、礼儀作法も驚くくらいしっかりしている。そう、正に姫様にピッタリと喫茶店だ。


「……どう? ロザリー」


 満足そうなロザリーにそう問うて見ると、彼女は優雅な手付きでティーカップを置く。


「そう、こういうのですわ。わたくしはこういうのを求めてましたのよ」


「それは良かった。紅茶もケーキもおいしいでしょ?」


 この喫茶店で出る紅茶やケーキは全て上質なものだ。実家で出ていたものと大差がないし、紅茶なんてボクの淹れるものの比ではない。


「まあ……わたくしは由乃の淹れる紅茶も好きですけれど」


「え? そうなの。でもここの方がおいしくない?」


 素直にそう思ったからそう言ったんだけど、ロザリーは頬を赤らめてボクから顔をそむけてしまう。


「……わ、わかりなさい! わたくしは由乃の淹れる紅茶は特別好きなんですの!」


「え、あ……そうなの?」


 思わず、間の抜けた声が出る。


「ですから、また事務所でもわたくしのために紅茶を淹れなさいな。ここで飲む方がおいしいから、だなんて理由で拒否なんてしたら許しませんわよ」


「え、そういう心配してくれてたの!? それは大丈夫だよ、ちゃんと淹れるよ!」


 なんか、すごくこそばゆいというか……。ボクの淹れる紅茶で満足してくれてるなら、これ以上のことはない。


「……ありがと、ロザリー」


「わたくしは由乃を選んで傍に置いていますのよ。これくらいの評価は当然ですわ」


 ふん、と鼻を鳴らしながらも、頬はまだ赤い。そんなロザリーが何だかかわいらしくて、思わずジッと見つめてしまう。でも、


「覚えておきなさい。由乃の主はあの駄目探偵ではなくわたくしなのですから。由乃は随分とあの駄目探偵がお好きみたいですけれど」


 などと急に言われればボクも椅子から崩れ落ちかける。


「な、何言うんだよ急に!」


「あら本当のことでしょう? 由乃ったら、あの時わたくしより先に彼の名前を呼びましたわよね?」


「いや、まあ、そう、なんだけど……」


 あ、そこ気にしてたんだ……。


「まあそこは誰を選ぼうと由乃の自由ですわ。わたくしでしたら、もっと素晴らしい殿方を選びますけれど」


「へぇ、どんな人?」


「ふふ……よくぞ聞いてくれましたわね」


 ロザリーはそう言って不敵に笑うと、メイドを呼びつけてメモ帳とペンを取ってこさせる。そして何やらメモ用紙の上にペンで絵を描き始めた。


「け、結構うまい……!」


 画風はちょっと古い少女漫画チックだけど、ロザリーはさらさらと理想の男性像を描き始める。程なくしてバストアップが描き上がると、得意げにボクへ見せつけてきた。


「これがわたくしの考えた理想の殿方ですわ!」


「お、おお……!」


 そこに描かれていたのは細身の青年で、正に昔の少女漫画の王子様と言った感じだ。肩までの髪に、整った目鼻立ち。線が細いながらも男性らしいくっきりしとした顔立ちは…………なんか既視感があった。


「……この顔どっかで見たことある気がするんだけど」


「まあ! 由乃の知り合いにこんな素敵な方がいらっしゃるの!?」


 あー……思い出した。知り合いにいらっしゃるというかなんというか……


「…………これ、晴義に似てない?」


 ボクがそう言った瞬間、ロザリーの顔が凍りつく。そのまましばらくフリーズしてから数秒後、ロザリーは一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。


「ち、違います! 違いますわ! 全然! これっぽっちも似ていませんわ!」


「え、でもこの目元とかすごい晴義……」


「ハァ!? 誰ですの!? 晴義って誰ですの!? 存じ上げませんわ!」


 リアクションから察するにたまたま似てたんだとは思う。全然意識してなかったみたいだし。


「ち、違いますわーーーー!」


 完全にテンパってしまったロザリーを落ち着かせるまで、体感時間で大体五分くらいはかかった。






 色々回っている間に時刻は午後四時を過ぎ、そろそろ日暮れ時だ。そんなタイミングでボクらが訪れたのは写真館である。


「あの……顔、近くない……?」


「そんなことないわ。私からすればずっと遠くにいるみたい」


 纏さんの手がそっとボクの頬に触れる。そっと撫で回し、まるでそこにあることを確かめるかのように何度も何度も指を這わせる。


「離れないように掴んでしまいたい。だけどこの手で握ればあなたを手折ってしまうかも知れないのよ。このもどかしさがあなたにわかる?」


「わ、わかりません……あ、いや、ちょっとは……」


「少しずつで良い。私をもっと知って、あなたをもっと教えて。どんな私も愛して。どんなあなたもきっと愛するから」


 写真館である。カメラマンの人が撮るタイミングを待ちながら困り果てているのでここは写真館である。本当に申し訳ない。纏さんワールド過ぎて忘れそうになってしまう。


 ロザリーと交代で出てきた纏さんは、しばらくボクを口説きまくった後、記念写真を一緒に撮らせて欲しいとお願いしてきた。それくらいなら是非、とこうして写真館を訪れると、気分が高揚しまくったのか今のような状態に陥った。


 纏さんは赤い、ボクは青い振り袖で撮影することになったんだけど、ボクが着替え終わった段階で纏さんのテンションはピークへ到達。カメラマンさんの前だというのにこうして距離を詰めまくり、ひたすらボクに愛を囁き始めたのだ。


「ふふ……また撮りに来ましょうね」


「あの、まだ撮ってないんで……」


 とうとう耐えかねたカメラマンさんんからツッコミが入ってしまう始末だった。




 写真を撮り終えて着替え、現像してもらった写真を受け取ってボクらは写真館を後にした。絶対誤解を受けてると思うけど、もうなんかどうでも良いや……纏さんは満足してるし……。


「ほら見て、由乃ちゃん少し表情が硬いわ。緊張していたのね」


「そ、そりゃ緊張する……っていうか前置きのせいですごい恥ずかしかったんだよ!」


「これから何枚も写真を撮りましょう? 少しずつあなたの表情が和らいでいくの。次の衣装は洋風が良いわね」


 なんてことを言いながら、纏さんはすごく上機嫌で写真を見つめている。


「ああそれと、その内あの馬鹿とも撮ることになると思うから、今の内に慣れておくのよ?」


「へ?」


 驚いて間抜けな顔をするボクを見て、纏さんは袖で口元を隠しながら笑って見せる。


「でも約束して。アイツとは慣れてから撮りなさい? 初々しい由乃ちゃんは私が独り占めするって決めてるの」


 勝手に決められているけど、纏さんがそうしたいなら構わない。ボクだって満更でもなかったし、恥ずかしかったことに目を向けなければすごく楽しかった。


「ふふ……ずっとこうしていられれば良いのだけれど。そうもいかないのよね」


 そう言って纏さんはため息をついたけど、そこに憂いはあまりない。諦めにも似た、現状の許容。纏さんも色々思うところはあったと思う。というか印象的にはセドリックの次くらいには不満だったんじゃないだろうか。


 でもそんな纏さんも、こうして受け入れることを選んだんだ。


「……纏さん!」


 なんだかそう思うと居ても立ってもいられなくて、思わずボクは纏さんの手を握った。


「また、撮りに来ようよ! 何枚でも! 他のこともしよう!」


 一瞬、纏さんは戸惑うような表情を見せたけど、やがて柔らかく笑みを浮かべる。そしてそっとボクを片手で抱き寄せると、身をかがめてボクの胸に顔をうずめた。


「ええ、きっとまた。何度でもよ」


 今度はどんな写真を撮ろうか。ボクの方でも色々考えて、提案したい。きっと纏さんも喜んでくれるだろうから。






 纏さんと一旦離れてコンビニのトイレを借りて戻って来ると、何故かそこに纏さんの姿はなかった。一瞬かなり焦ったけど、よくよく捜すとコンビニの傍で赤毛の男がボクのことをジッと見ていた。


「え、あ……えっと……」


 セドリックだ。


 以前見た凶暴な雰囲気は一切ないけど、どうしても彼を見ると萎縮してしまう。セドリックの方はジッと見ているだけで、何も言わない。というよりは、切り出し方に困っているかのようだった。


「こうして話すのは……初めて、だよね?」


「……ああ」


 短く答え、そのままボクを見つめる。ボクとしてもなんて声をかければ良いのかよくわからなかった。


 そのまましばらく沈黙があって、ただ互いに見つめ合っていた。セドリックは何か考えているようだったけど、その表情から考えをうかがい知ることはボクには出来なかった。


「すまない」


 そして不意に、セドリックはそう口にした。


「え……?」


「……以前、俺はお前を怖がらせてしまった」


 セドリックの思いもよらない言葉に、ボクは戸惑う。まさか謝られるとは思ってなかったから、どう答えれば良いのかわからない。


 気にしてない、は嘘だから。


「俺は今まで……他のことは考えていなかった、考えられなかった」


「他の、こと?」


「……ああ。何故俺の自由が奪われるのか、何故俺が別の奴らと身体を共有しなければならないのか。それら以外の感情は、怒りと憎しみしかなかった」


 家綱は言っていた。セドリックは、家綱達の負の感情を請け負っていたんじゃないかって。


 どれだけ別々の個性を持っていても、七人全員で一人だとも言っていた。だから、セドリックだけが負の感情ばかりを請け負って、家綱達が考えなくてすむようになっていたんじゃないかと。


 そう考えると酷い話だ。セドリックだけが暗い感情を抱えて、一人でずっと閉じ込められていたのだから。


 勿論それは解釈の一つでしかないし、家綱達がわざとセドリックに押し付けたとも思えないけど。


「だがアイツと話して、たまに外に出るようになって」


 出てたの!?


 そこはちょっと初耳だったな……。あの事件の後、他の皆とは何度も顔を合わせたけどセドリックとは一度も会ったことがなかったし。夜中に出てたのかな……ジキルとハイドみたいな感じで。


「他のことが、見えるようになってきた。俺が何をしてきたのかも。お前がどれだけ怖がっていたのかも、少し考えられるようになった」


「……そうなんだ」


「だから、一度謝っておきたかった」


 そんなことを考えていたのか……。正直怖がるばかりで、セドリック個人のことはあまり考えていなかったように思う。彼だって一つの人格で、一人の人間だ。こんなふうに悩んだり、申し訳なくなったりもする。


「……良いよ、怒ってない。その件はこれでチャラにしよう」


「良いのか?」


「良いってば。それより、セドリックがこれから何をしたいのか教えてよ」


「……これから?」


 訝しげな顔をするセドリックに、ボクは小さくうなずく。


「もう後ろはそんなに見なくて良いから、この先のこと考えようよ。何かしたいことがあるなら、ボクが付き合うよ」


「……そうか」


 言葉は素っ気なくて短かったけど、セドリックはどこか安心したような笑みを見せてくれる。


「じゃあ……次までに、考えておく。その時まで待っていてくれ」


「うん、宿題だよ」


 言いながらボクが小指を差し出すと、セドリックはそっとソレに小指を絡ませる。


「ありがとう、少し救われた」


「どういたしまして」


 何か見つかれば良いな。セドリックの好きなこと、やりたいこと。










 それからしばらくのんびり歩いて、町全体をなんとなく見渡せる高台まで向かった。時刻はもう午後六時過ぎで、景色はもう夜景だ。


「うわ、すごい……」


 ここに来るのは初めてで、景色に思わず驚いてしまう。罷波町って、ボクが思ってるよりずっと綺麗だ。


「だろ? 俺も前に兄貴と来た時は驚かされたぜ」


 そう言って家綱は、ボクの隣で町を見下ろす。


「色々あったよな……こんな綺麗な景色の中でよ」


「……うん」


 家綱と出会って、探偵業を手伝うようになって、色んな事件に関わって。気がつけばボクはすっかり変わってしまっていた。きっとそれは家綱達も同じで、ここまで沢山歩いて、沢山変わってきた。


「俺は好きだよ、ここが。兄貴のいたこの町が」


 そこで一度間を空けて、家綱はボクを真っ直ぐに見つめる。


「そんで、お前といるこの町がな」


「……そうだね、ボクもそうだ」


 ボクの生まれ育ったこの町が、家綱と一緒にいるこの町が。


「なあ由乃」


「なに?」


「これから先も、俺と一緒に歩いちゃくれねえか?」


 ボクにとっては意味のない問いだ。


 だって答えは、ずっと前から出ている。


 ていうか今更聞くなよ。


「俺だけじゃねえ。俺と、葛葉と、アントンと、晴義と、ロザリーと、纏と……セドリックと。俺達八人で歩いて行きてェ」


「……多いね」


「だろ? 付き合い切れるか?」


 ボクはゆっくりうなずいて、思いっきり笑って――――


「うん、この先もずっと一緒に」


 そう、答えたんだ。




 きっとこの道は楽じゃない。家綱にはこの先、まだまだ困難が待ち受けていると思う。それはボクも同じだ。


 それでも全部、乗り越えて行けると思う。


 だってボク達は八人もいる。きっと、どんな困難にも負けない。


 これがボク達のエピローグで、プロローグ。




 七重探偵事務所の事件簿は、次のページへ。


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七重探偵事務所の事件簿 おしく @ohsick444

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