FILE25「七式探偵」

 まるで時間が止まってしまったかのようだった。このままずっとこうしていたかったけど、窓から飛び降りてくる白い顔が時間を動かしてしまう。


「こいつっ……!」


 一体、二体、三体。おじいちゃんの部屋にいた三体の人造人間が全員ボクの目の前に着地する。家綱はすぐにボクを抱きかかえたまま逃げ出そうとしたけど、ボクを抱えた家綱よりも人造人間の方が動きが早い。すぐにボク達は囲まれてしまっていた。


「……ダイナミック過ぎじゃろ、お前」


 そして悠然とこちらに歩いて来たのはおじいちゃんだ。家綱がいることには少し驚いたみたいだけど、やがてニヤリと笑みを浮かべる。


「まあいいや、それをそっちに寄越しておくれ」


 おじいちゃんはそう言ったけど、家綱は何も答えない。やがて顔をしかめたおじいちゃんに、今度は家綱が不敵な笑みを返した。


「うるせえよ。由乃をものみたいに言うんじゃねェ」


「あ、ごめーん」


「ふざけてンじゃねえぞ老いぼれ。言っとくがな、俺はもう二度とコイツの手を放したりしねえよ!」


「……家綱……」


 こんな緊急時だってのに、心臓の音がうるさくて仕方がない。思わず強く家綱の手を握りしめると、すぐに握り返してくれた。


 そんな中、おじいちゃんは一瞬ものすごい形相を見せた。だけど、すぐにいつものおどけた表情へと戻っていく。


「……人造人間諸君、躾に失敗した先輩をとらえなさい」


 おじいちゃんが静かにそう言うと、三体の人造人間が家綱ににじり寄り始める。


「……家綱。最悪ボクのことは放っておいていいから、絶対に捕まらないで!」


 家綱がもう一度おじいちゃんに捕まるのは避けたい。ボクを守りながら戦えば、最悪二人共捕まるかも知れない。


 そう思って言ったのに、家綱は首を横に振った。


「バーカ、逆だろ。絶対に俺から離れるんじゃねえぞ。俺はもう二度と、お前から離れねえ」


「……家綱……」


「それによ……お前を頭数から外したとしても三対七だぞ。負ける要素なんかあるモンかよ」


「……え?」


 家綱が自分の人格をカウントしているのはすぐにわかった。


 だけど今……七って言った?


「来いよ能面野郎。全員まとめて相手してやらァ!」


 家綱のその言葉をゴングに、三体の人造人間が襲いかかってくる。家綱は強くボクの手を握り、引っ張りながら正面の人造人間と距離を詰める。そして強烈なヤクザキックでぶっ飛ばす。そしてそいつを踏み越え、後ろから迫る二人から距離を取る。


 そのまま家綱は二人を同時に相手取り、叩きのめしていく。ボクにとっては驚異でしかなかった人造人間は、家綱の相手にもなっていなかった。


 おじいちゃんはそんな家綱の様子を、黙って見つめていた。


「おいおい、これじゃ話になんねェな。まさかアンタの用意がこれだけってこたねえだろ?」


 倒れ伏す三対の人造人間を横目に見つつ、家綱はおじいちゃんを挑発する。


 するとおじいちゃんは不敵に笑みを浮かべると突然右手をかざし始めた。


「――――っ!?」


 その瞬間、まるで舞台が暗転するかのように辺りが闇に包まれる。


「嘘……! おじいちゃんって、超能力者だったの!?」


「どうだかな。あんだけ実験を繰り返してたんだ……自分の身体くらい、弄ってたって不思議じゃねえよ」


「そうじゃよ~ん」


 おどけたおじいちゃんの声が聞こえてくるけど、どこにいるのかわからない。隣りにいる家綱の顔さえよく見えなくて、段々不安になってくる。


 そんなボクの不安を感じたのか、家綱は強くボクの手を握る。


「心配すんな。こんなモンどうってことねえよ。アイツにとっちゃな」


 そう言った家綱が、何かごそごそと取り出している音が聞こえる。多分、クロスチェンジャーだ。


「任せたぜ」


 次の瞬間、一瞬だけボクの手の中にどろりとした感触があった。だけどそのあとすぐに、温かい温もりと懐かしい声が聞こえてくる。


「やあ、お待たせ」


 間違いない。晴義の声だった。


「……待ってな……いや、ごめん、待ってた」


「でしょ?」


 そう言いつつ、晴義はボクの顔を覗き込む。


「どんなに暗くても、君の輝きは消えたりしない。今日もかわいいね、由乃ちゃん」


 晴義のそんな軽口に答える間もなく、エアガンのものと思しき銃声が聞こえる。そのまま立て続けに何度か聞こえて、いつの間にか闇は晴れていた。


「痛い! 痛い! なんで見えるんじゃ!?」


「うるさいな。夜目が効くだけだよ」


 恐ろしいくらい冷えた声音でそう言って、晴義はもう一度後ろにいるおじいちゃんをエアガンで撃つ。


 そうか! 晴義なら、あの暗闇の中でもおじいちゃんが見える。だから家綱は、すぐに晴義に交代したんだ!。


「どうさっきの? かっこよくない?」


「その台詞がなかったらね」


「由乃ちゃんらしいや」


 そう言って微笑む晴義に、少しどぎまぎしてしまう。ちょっと悔しいけど、やっぱりコイツはかっこいいし、こうして軽口を叩かれると安心するんだ。


 ああ、帰ってきたんだ。


「これならどーーーじゃッ!?」


 だけど安心している余裕はない。撃たれて倒れていたおじいちゃんは、身体を起こして地面に手を叩きつける。すると、芝生がとんでもない勢いで成長し始め、蔦のようになって晴義に巻き付き、持ち上げた。。


「晴義!」


「わしの能力、その二」


 ニカッと笑うおじいちゃんだったけど、晴義は余裕を崩さない。


 もうボクにもわかる。


 そうだ。こんなの――――


「彼女にとってはどういうというものでもないね。じゃ、任せようかな」


 今度は晴義から葛葉さんへ。クロスチェンジャーを操作してないから服装は晴義のままだけど、彼女はボクを見下ろして満面の笑みを浮かべた。


「わーい由乃ちゃんだー! 久しぶりー!」


「葛葉さーん!」


 あんまり楽しそうに声をかけられたもんだから、思わず下から手を振ってしまう。


 悠長過ぎる。


「なんじゃいその余裕は!」


「余裕だもーん」


 葛葉さんがそう言って笑って見せた瞬間、葛葉さんに巻き付いた蔦に火がついた。それは凄まじい勢いで蔦を焼き切り、自由になった葛葉さんは見事着地するとよくわからないポーズをキメた。


「なめないでよね!」


 ドヤ顔である。


「葛葉さん! なんか前より出力上がってない!?」


「由乃ちゃんもそう思う? 私もね、今日はなんか調子が良いなって思うの!」


 すぐに駆け寄って問いかけてみると、葛葉さんははしゃいだ様子でそんなことを言う。


「大体お前! 調子悪かったハズじゃろ! コントロール出来てなかったハズじゃろうが!」


 そんなボク達に怒声を浴びせながら、おじいちゃんはこちらへ走ってくる。


「うわ……何アレ!?」


 おじいちゃんの身体は、いつの間にか筋肉で膨れ上がっていた。最早アレは老人の身体じゃない。ボディビルダーみたいなものだ。


 アレもおじいちゃんの能力なんだろうか……?


「由乃ちゃん危ない!」


 殴りかかるおじいちゃんを避けつつ、葛葉さんはボクを押し倒す。すると、さっきまで葛葉さんのいた場所に派手な穴が開いた。


「あーあー! おじいちゃんキレちゃったよ~~~」


「キレてるのはこっちなんだから! 由乃ちゃん、ちょっと下がってて!」


 葛葉さんはおじいちゃんを怒鳴り返すと、素早くクロスチェンジャーを操作する。すると今度はアントンへ切り替わる。アントンはシャツと上着を筋肉で破きながら満開の笑みを見せると、おじいちゃんの方へ向かっていく。


「後ハ任サレマーーーース!」


 アントンとおじいちゃんの正面衝突だ。お互いに組み合って、一歩も譲らない。


「力比ベデース!」


「なあ、おかしいじゃろ。お前らいつの間にそんなにコントロール出来るようになっちゃったわけ?」


「愛ト! 絆ト! 友情ト……」


 グッと。アントンの腕に力が込められる。拮抗していた力関係が崩れ、おじいちゃんが押し負け始める。


「幼女ノ力デス!」


「それは絶対違うよ!?」


 アントンの言っていることは意味がわからなかったけど、力比べは完全にアントンの勝ちだ。押し負けたおじいちゃんが、派手にふっ飛ばされる。


「見マシタカ、ジャパニーズブドー」


 武道というか力技なんだよなぁ。


 アントンは満足げにボクの元へ歩み寄ってくると、人懐っこい笑顔を向けてくれる。


「嬉シイデス……マタ、会エテ」


「……ボクもだよ」


 次から次へと人格が切り替わって、おじいちゃんに対抗していく。


 そうだ。


 家綱達なら、何が襲いかかってきたって負けたりしない。


「ほっほ!」


 アントンにふっ飛ばされても、おじいちゃんはまだ立ち上がる。


「オット、纏サンガ由乃サンニ会アタガッテマス! 今代ワリマスカラ、怒ラナイデクダサーイ!」


 襲いかかってくるおじいちゃんを回避しつつ、アントンはクロスチェンジャーを操作する。そうして今度は、同義姿の纏さんに変化する。


「え、でも……このタイミングで!?」


 アントンなら力比べが出来るけど、華奢な纏さんじゃおじいちゃんに太刀打ちできないんじゃ……?


 だけど不安げなボクの顔を見た纏さんは、おじいちゃんの攻撃を受け流しながら笑みを浮かべる。


「驚いているようだから一つ教えてあげるわ」


 掴みかかってくるおじいちゃんの手を、纏さんが掴む。


「私って結構――――」


 そしておじいちゃんの身体は、突然ふわりと宙に浮いた。


「強いのよ」


 纏さんがそう言うと同時に、どしゃりと音がしておじいちゃんが足元に倒れ伏す。わけがわからず目を白黒させるおじいちゃんと同じくらい、ボクも驚いていた。


「……すご」


「どう? 惚れ直した?」


 足元のおじいちゃんを足蹴にしながら駆け寄って、纏さんはべったりとボクに張り付く。


「いや、惚れ直したって……その……」


 ……まあ、正直ちょっと見惚れたけど……。


「ごめんなさい由乃ちゃん、続きはまた今度」


「何の続き……?」


「私についての講義」


 纏さんがそう言った頃には既に、変化は始まっている。


「ロザリーもあなたに会いたがっているわ」


 そしてクロスチェンジャーが操作され、青いドレス姿のロザリーが姿を見せる。彼女はボクを見た瞬間ちょっと恥ずかしそうに顔をそむけてしまう。


「べ、別に会いたかったわけでは……」


 素直じゃないのは相変わらずだ。


「……ボクは会いたかったよ」


 そう言って微笑みかけると、ロザリーは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


 多分ロザリーも、久しぶりだから距離感がよくわからないのかも知れない。


 しかし次の瞬間、ロザリーの表情が真剣なものになる。


「由乃! お下がりなさい!」


 そう言ってボクを後ろへ追いやると、即座にクロスチェンジャーを操作する。そして変化が始まると同時に、ロザリーの姿はセドリックへと切り替わる。


「――――ほっ!」


「……え?」


 そのあとすぐに銃声が聞こえて、セドリックはボクをかばうように両手を広げた。


 弾丸は弾かれ、銃を持ったおじいちゃんが舌打ちする。


 そしてセドリックはわずかに顔をボクの方へ向けた。


「アイツの勘は外れない……か、なるほどな。無事か」


「……うん。あ、ありがとう……」


「そうか」


 短くそう答え、セドリックはおじいちゃんを見据える。


「殴らせろ」


「え、嫌じゃ……」


「お前が全ての元凶だろう……殴らせろッ!」


 激昂したセドリックが、おじいちゃんへ飛びかかる。必死で銃を連射するおじいちゃんだったけど、硬化したセドリックには意味がない。


 結局おじいちゃんは、セドリックにその顔面をブン殴られた挙げ句、銃を取り上げられ、放り投げられてしまう。


「覚悟しろ……!」


「お前がな」


 首元を捕まれ、詰め寄られるおじいちゃんだったけど、余裕たっぷりにそう言ってみせる。すると、セドリックの身体が突如宙に浮き、屋敷の壁に叩きつけられた。


「やっぱ超能力と言えば念力じゃよね~」


 いつの間にかおじいちゃんの体格は元に戻っていたけど、不敵な笑みを浮かべながらセドリックへ近寄っていく。


「一個ずつしか使えんのがネックじゃの……。その内改良せんとな」


「……そんな身体を持ってるのに、何で新しい身体を欲しがるんだよ!」


「いやだから、死にたくないんじゃって。寿命を伸ばす能力は見つからんかったし、作れなかったんじゃよ」


 おじいちゃんはとにかく、死にたくないらしい。そのためなら何だってするし、自分の身体だって改造する。


 やっぱりボクの知っているおじいちゃんは、おじいちゃん自身が作った幻想だった。おじいちゃんの中にあるのは、狂気じみた生存本能だけだった。


 悔しい。こんな人を信じてたなんて。


「さて、来てもらおうか由乃。おじいちゃんと一緒に」


 悠然と、おじいちゃんがボクに歩み寄る。だけどその背後に、立ち上がった家綱がいた。


「そうは行かねえよ。由乃に近寄るな、老いぼれ」


「お前こそこっち来ーんなっと」


 おじいちゃんはそう言って家綱に手をかざしたけど、家綱はそのまま駆けてくる。


 そう、念力は意味がない。


 だって家綱は――――


「あ゛っ!」


「俺に超能力は効かねえンだよ! 忘れてンじゃねえ、このボケジジイがッ!」


「ちょ、ちょっ待っ! 待つんじゃ!」


「うるせえええええええええええええええ!」


 そして一撃。


 綺麗な右ストレートがおじいちゃんの顔面に直撃する。吹っ飛ぶおじいちゃんと、そのまま組み付く家綱。セドリックに殴られた時みたいに肉体を強化していないせいか、おじいちゃんはもう気絶しているみたいだった。


「今すぐ誰か呼んでくれ! とりあえず目ェ覚ます前に縛り上げて、警察に突き出すぞ!」


「わかった! でも警察が来る前に目を覚ましたら!?」


「もっかい殴る!」


「そっか!」


 ……シンプル!










 程なくして、おじいちゃんは縛り上げられた後警察に突き出された。


 警察が来るまでの間におじいちゃんは一回目が覚めたせいでもう一度家綱に殴られてしまい(恐ろしいことに目を開けた瞬間殴られた)、結局気絶したまま警察に突き出されることになった。一応扱いの難しい家綱については友愛が隠してくれて、おじいちゃんのことは和登家の中で解決したことになった。


「……ありがとうございます。祖父を止めてくれて。姉を……助けてくれて」


 一通り事件の処理が終わる頃には夕暮れ時になっていた。事務所に帰ろうとするボクと家綱を見送りに来た友愛が、深く頭を下げた。


「気にすんなって。俺が今こうしていられんのも、アンタのおかげだ」


「ふふ、そうでしたっけ? 覚えがありませんね」


「おいおい、冗談だろ」


 そんな軽口を言い合って、家綱と友愛が笑う。


 ……ん? …………うん!?


「ちょっと待ってよ! 家綱、いつの間に友愛と仲良くなったのさ!」


「あ、いや、えーっとこれには色々あってだな」


「あら、あんなに語り明かしたじゃないですか」


 そんなことをのたまう友愛を見て、ボクは混乱する。


 一体二人の間に何が……!?


「だーッ! ややこしくすんな! そういうんじゃねえよ!」


「ほんと!? ほんとに!?」


「俺は嘘つかねえだろ!」


「つくじゃん! パチンコ行ったのに行ってないとか言うし!」


「とにかく! 何でもねえよ!」


 ムッとするボクと、嘆息する家綱。こんな何でもないやり取りが懐かしくて、ボクは思わず吹き出す。すると、つられて家綱も吹き出した。


「じゃ、帰ろうぜ」


 うん、帰ろう。


 ボク達の事務所に。ボク達八人で。


「うん、おかえり。改めて」


 そう言ったボクに、家綱は照れくさそうに笑った。


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