最終話 出産に向けて

 私が帰るとお姉ちゃんは落ち込む様子の私を心配してくれ煮込みうどんを作ってくれた。

 雅也との一部始終を話し、うどんをすする。

「腹立つ。酷い男だね」

「うん。お姉ちゃんに聞いて貰ってすっきりした」

「そう?」

「ねぇお姉ちゃん。どうして産むようすすめたの?」

「うーん、私ね不育症なんだ」

「不育症?」

「赤ちゃんが子宮で育たないの。二度も流産して悲しくて辛かった。離婚したのは彼といると亡くした赤ちゃんを思い出すからなの。本当は仕事が原因じゃなくてね」


 お姉ちゃんの顔をまともに見れない。私は申し訳ない気持ちにさいなまれていた。


「ごめん。私はお姉ちゃんの気持ちをちっとも分かっていなかった」

「私も隠しててごめんね。祈李いのりには授かった命を大事にしてもらいたいの。私も精一杯助けるから」


 私の頬に伝う涙をお姉ちゃんが指でそっとぬぐった。



   ◇◇◇


 妊娠中の私に新たな不安が襲う。

 世界に大変な病気が流行して東京オリンピックが延期になった。私の働く人材派遣会社はオリンピック関連の求人を募集していたから当然対処に追われることになった。

 仕事の件数が減り、何割かの社員は自宅で仕事をする事になって私もその内の一人になった。



 ゴールデンウィークのある日。

 出産はまだ先だけど、いつその時になるか分からないから入院セットをお母さんとお姉ちゃんと準備してた。

 

「この子が産まれる頃にはコロナウイルスが収束していると良いけれど」

 私は不安でたまらない。

「そうだね……。そういや赤ちゃんは女の子だって?」

「まぁ孫は女の子なのね。可愛い洋服を用意しなくっちゃ」


 お母さんはニコニコしてベビー服のカタログを物色し始めた。


「来年のオリンピックは孫を抱きながらテレビの前で応援だな」


 お父さんがリビングで呑気に呟くと私達は笑った。


 赤ちゃんが産まれる夏は日本はどうなっているだろうか。不安に押し潰されそうになる時は決まってお姉ちゃんが励ましてくれる。


 私の赤ちゃんには力強い助けがある。


 きっと大丈夫。

 あなたを全力で守り育てるよ。

 会えるのを楽しみにしてるからね。


 元気に産まれてきますように。



          おしまい


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お姉ちゃんと赤ちゃん 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

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