噂ができない世界
榊原 鰰
噂ができない世界
「アメィ、『ハヌシー』スーサァカリコヌヘントロジィ? オンコロンポ」
(何、『地球人』は噂が好き? けしからんなの意)
-宇宙銀河連盟所属文化検察官長・アポロ星人マグダラのコメントより
“個人の行った行動を他者に公表するのはプライバシー権の侵害に当たる”。
宇宙銀河機構民事刑法第七五条三項より。
23世紀。
未来では『噂』をしてはならない事になっている。
2099年に宇宙へと進出した人類はやがて宇宙銀河連盟(以降は連盟と略称とする)との遭遇。原始文明を抜け、星間航行文明になったばかりの地球人類にとって、連盟からもたらされる宇宙の情報と文化と状況は余りにも過多と言えた。
そうして連盟と地球統括政府(以降は地球政府と略称とする)は少しずつ摩擦していく事になる。
アレはだめ、これはだめ、といった具合に。
徐々に摩擦は強くなっていき、星間戦争へと発展する。
連盟に所属する惑星達との戦いによる過剰な戦力により、わずか1年という期間で戦争は終結(星間戦争は平均的に5年~10年以上にも及ぶ)。
地球政府側の降伏によって決着。
地球政府は連盟に所属する事になり、宇宙の常識に人類は適応していく必要があった。
概ね人類の尊厳を逸脱するようなものは無く、殆ど変わらないものがあったが、例外はあった。その例外の1つが「噂の禁止」であった。
これはどういうことなのか。
まず、個人が行った行動を他者に話す、又は文面で伝えるといった行為は禁止されている。以前にスパイといった諜報活動というものが連盟の存在を根底から覆しかねない事態に陥った政治的背景もあるが、それ以前からプライバシーの侵害に当たる行為だと連盟では問題になっていたそうだ。
ただし、自分から行った行動を話すのはOKである。打ち明ける、告白する、懺悔するという行為は禁止されていない。
また、アイドルや芸能人、特定のキャラクターといった番組やメディア作品、映像作品(主にアニメだろうか)に出ている行動を話すのもOKである(但し、番組外の行動でのプライバシーを告げるのは禁止である)。
SNSは無くなったのかと言われるとそうではない
打ち明ける事はセーフなのである。その為、グレーゾーンの範囲でSNSは未だ禁止されてはいない。しかし、いずれは問題になるのかもしれない。
罪の報告。
警察に通報するのはどうなのか。
これもまたOK。
犯罪行為の通報は連盟に所属している者に約束されている権利の1つである。なので、これもまたプライバシーの侵害には当たらない(当然の事だろう)。
では、噂ができない世界で主婦達の井戸端会議はどうなったのか。
これは一例である。
主婦達が個人的な集まりとして広いプライペートスペースを貸し切り、会話をしている風景であるが。
「ねえ、聞いてくださいよ」
「どうしたんですか、タニヤマさん」
「こないだ、私が通い始めたジムですけど、おかげさまで3kgも痩せたんですよ」
「まぁ、それは素晴らしい。私も通ってみるのもいいですわね。それを聞いて思い出したんですけど、連盟通販でレアコート社の完全栄養保全サプリを使ったら私もお通じがとても良くなりましてー」
「カトウさん、そうなんですかぁ。いいですねぇ」
「ふふふ、だからここ数日は煩わしいことが無くなりましたぁ」
「今度、私も困ったら試してみようかしら」
「ぜひ試してみたらいかがですかー。……あ、そうだ。アイカワさん。12日に言っていたアレですけど、言ってしまっていいですかぁ」
「えー、恥ずかしいですわぁー。うふふ」
「え、何ですか」
「それがですねぇ」
法には裏道や抜け道はあるものだ。未来でも主婦たちはうまいことやってる為に井戸端会議は絶滅していない。
できなくなっても変わらないものは変わらないのである。
噂ができない世界 榊原 鰰 @sakaki03
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