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裏口の喫煙所には、ほかに人がいない。後で増えてくるんだろう。
「ねー君の彼女、嫌がるんじゃないの? 私と飲みに行ったらさ」
彼は、煙をゆっくり吐き出してからアスファルトに目を落とした。
「うーん。いま、浮気されてんすよ」
「え、だからいいっていう感じ?」
「ホントは話を聞いてほしかったんですよね」
「まあ、キミの恋バナにも興味あるけど? あたしに若い女子の気持ちが分かるかなあ。私のファンなんて釣りだと思ったけど、やっぱりそうか」
ねー君は嬉しそうに笑った。
「紅音さんのその顔が見たかったんですよね、俺」
「変わり者だね。あれ、キミ、俺派だったっけ? 僕派でしょ?」
「職場では僕派ですけど、普段は俺って言います」
今時の韓国系アイドルのようなヘアスタイルで、すらっとした身体つきの彼には、僕が似合うと思っていたのだが。
「へえ」
「どっちが好きですか?」
先ほど思ったことを伝えると、ねー君は考え込んだ。
「無理するのもおかしいし。どっちも使えば?」
「ですね」
煙を吐き出すと、彼は灰皿にタバコを押し付けた。
「紅音さん、今日は和洋どっちの気分ですか?」
「おや、奢られるキミがお店を決めるの?」
「これでも去年まで学生でしたから。安い新しい店、知ってます」
スマホをつるつると操作すると、彼は選択肢を見せてきた。
「シャレオツな店知ってるんだね。じゃ、洋風にしよっかな」
「でしょ? そう言うと思ってました」
ねー君は行き先を指差す。すると裏口が急に開き、矢沢が現れた。紅音は、ねー君に向かってしかめ面をして見せた。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
「紅音さん、タバコ吸い始めたの?」
「いえ、僕の人生相談に乗ってもらってました」
ねー君は庇うように返事してくれる。
「ふーん」
矢沢は、ねー君をちらりと
店は思いのほか近くにあった。そこここに溢れるインダストリアルスタイルの内装の、小ぢんまりしたカウンターだけの店だ。
「ねー君、さっきはありがと」
「いえいえ。矢沢さんは僕みたいなチャラいのは話しにくいそうです。悠さんとは話しますけどね」
彼は爽やかな笑顔を浮かべる。
「ミナさんも話しにくいんだってさ」
「ミナさん、報われないですね。それなのに紅音さんに嫉妬したりしないし、あんないい人、勿体ないです」
「ホントだよ」
紅音はメニューを眺めた。かすかにジャズが流れている。ジャズを流す店が好きだと悠は言っていた。格好いいとされるものに憧れるらしい。
「紅音さんはサングリアでしょ」
「ねー君はハイボール?」
「いえ、今日はカクテルにしようかと」
お酒は自腹にします、と彼は上等なものを注文した。せっかく安い店に来てるのにと言うと、タバコを吸うと食べ物は美味しくなくなるから安くていいが、お酒だけはいいものにしておきたい、と言う。
「一丁前なこと言うね」
「でしょ?」
「でも私は美味しいものが食べたい。私が食べたいものを注文する」
「ゴチになりまーす」
たしかにメニューは安いが、隣の客の皿を覗き見ると量が少ないせいだと思われる。紅音は珍しい横文字のメニューをいくつか頼むことにした。
「で、いつから浮気されてんの?」
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