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  この部署内で自分のファンになってくれそうな人物は思い浮かばない。部長は愛妻家だし、課長はドルオタだ。あとは矢沢、悠、ミナさんしかいない。

 残りのコピーの束を抱えると、ちょうどミナさんが入れ替わりに入ってくる。彼女は大変デキる美人なのだが、もともと目付きが鋭いせいで、いつも怒っているように見えてしまうのが悩みらしい。そこがまたクール美人の魅力を引き立てていると思うのだが。

「紅音ちゃん。矢沢、私の話してたん?」

「はい? ああ、仕入れる商品の色がどれがいいか聞いてくるから、ミナさんに聞けばって言ったら、恐れ多いって」

「何よそれ。ちょっと問いただしてくる」

「行ってらっしゃいませ」

  ピンヒールで颯爽と矢沢の席に向かう後ろ姿は、惚れ惚れするほど格好いい。いい女なのに、あんな構ってちゃん系メンタル未熟男のどこがいいんだろうか。

 紙束を自分の机に置こうとすると、既に分類された上にホチキス止めされた書類の山が出来上がっていた。付箋がついている。

『明日の飲み会は欠席します。残念。寧』

 向かいの席に座る付箋の主の方を見ると、彼は肩をすくめた。

「何でよ」

「用事がありまして。ほらほら僕の邪魔しないでください」

  紅音は席について、黙ってコピーの山を片付けることにした。となりの悠は眠そうにモニターを見ながら、ピアニストのようにキーボードを叩いている。隠れファンがこいつならいいのに。


 終業間際に突然、ねー君からラインがきた。

『紅音さん、答え、知りたいですか?』

『何の?』

『隠れファンのことです』

『うん』

『今晩はヒマですか?』

おごれっていうフリ?』

『正解。月末なので、カップラーメンしかないんです』

『またか。仕方ない奴じゃ』

  ねー君は小さくガッツポーズを作っている。悠はフランツ・リストのように猛然とキーボードを叩いている。

『アイツを誘うのはなし?』

『悠さん、今日は元カノと会うんだと思いますよ』

『あー、だろうな。必死の形相ぎょうそう。他の人は誘わないの?』

『ミナさんは金曜以外飲まないですよね』

『そうか』

  気の抜けたチャイムが鳴り、紅音はいつものごとく時間通りに席を立つ。

「お疲れーっす」

  悠は顔もあげずに、相変わらずキーボードを叩きながら、お疲れさまとだけ言う。ねー君が一本だけ吸っていいですかと言うので頷くと、喫煙所に来なくていいのでコンビニで待っていて下さいと言われた。

「喫煙所にも興味あるよ?」

「副流煙が……」

「まあ今日だけなら付き合うよ」

  ねー君は微妙な顔をしたが、どうぞと呟いた。

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