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「半年前です。付き合ってすぐ」
「は? それは無いわ。いつ分かったの?」
「先週です」
「あらまあ……」
ねー君は炭酸割りのハイボールの泡を見つめた。
「向こうから言ってきたくせに、ですよ」
「ねー君は好きなの?」
「ええ、まあ。だんだん好きになってたんです。でも俺も他の人に惹かれつつあって、お互い様なのかなって」
「でも、互いに別れる気はないってこと?」
「うーん……なあなあです。情ですかね。でも、こういうのって結局終わる気がして。それなら早く終わらせるほうがいいのかな」
「終わらせようと思った時に終わらせたら? 時間の無駄だと思った時に」
「時間の話をしたら、それは無駄ですよね。でも、一人は嫌で。気になる人の方に行きたくなる夜もあるけど、進めなくて」
「そうだねえ」
紅音はサングリアを傾けた。
「紅音さんは、迷った時どうしますか?」
「私は……迷わないからなあ。やるときはやる、やめる時はさっさとやめちゃうから。アドバイスにならなくてごめん」
ねー君の瞳は、色が薄い。暗い照明の下では猫を思わせるような色に見える。
「片思いもですか? まだ可能性があるって思ってるから?」
「刺さるなあ」
「すみません、その顔が見たかったんです」
ねー君は口の端を吊り上げて笑った。紅音はその時はじめて、彼のその笑い方が、先に逝った夫に似ていることに気付いた。悠は横顔と話し方が似ている。あの人に似ている男を、いつだって探している。慌てて視線を机の上に戻した。
「キミ、よくそれ言うよね。Sだな」
「そうみたいです。恋がうまくいかない紅音さんを見てると、不謹慎なのに、なんだかこう……ざわざわってするんですよ。変でしょ」
「変態だそりゃ。失礼な奴だな。酔ってるんでしょ」
紅音は、ねー君の髪をワシワシと掴んだ。きめ細かい。若いってのは羨ましい。
「紅音さん、ここまで言っても分かりません? 鈍いですね」
彼が声のトーンを変えたので、紅音は手を止めた。
「何?」
「僕が気になってる人と、あなたの隠れファンのこと。繋がりません?」
「ん? ねー君は私のファンなの? よしよし、いい子だ」
「馬鹿にしないでください。本気です」
紅音は口をぽかんと開けて彼を見つめた。間の悪いことに、そこで料理が運ばれてくる。しかし、彼は手を緩めなかった。ウェイターの存在すらも無視して続ける。
「悠さんのこと、諦められなくてもいいです。彼女と別れるので、俺と付き合いませんか?」
「え、冗談にしては趣味が良くないけど……私、十も年上だよ? それに知ってるかわかんないけど、一回結婚してるし」
紅音は彼から少し距離を取る。
「ということは、今はフリーですよね。なら、過去のことは関係ないです。いま別れるって連絡するので」
「いや、私まだ何も言ってないし」
「いいんです。やめるときはさっさとやめます。送りました」
若者のノリにはついていけない。出された料理が冷めてしまうが、手を伸ばす気になれない。
「いや、私、悠のことしか考えてないよ。だから、付き合えない」
「悠さんはいい人です。でも……俺はダメなんですか? 年齢のせいですか?」
普段は世の中を知ったふうに構えているくせに、こういうときはがっつくものなんだろうか、今時の子は。紅音は、ちょっと考えさせてと言って逃げようとしたが、そのとき背後から声がかかった。
「あのさ、その悠って俺のこと?」
「え?」
気まずそうな顔で見下ろしているのは、悠だった。耳まで熱くなるのがわかった。何でここにいる? いつから? 全部聞かれていたのだろうか? こんな職場の近くでデートするな!
「ち、ちがうから! アルファベットのユーであって、あんたのことじゃない」
エル字型になったカウンターの向こうに座っていたらしい。ちょうど死角だ。連れは一体どうしたのだろうか。
「いえ、違いません。紅音さんは悠さんのことが好きなんです。気付いてたでしょ?」
ねー君が敵意むき出しの冷たい声で答えた。彼がそんな態度を取っているのは初めて見た。
「ちょっと、やめて」
「いや……え、ホントはどっちなん?」
「紅音さん。やる時はやる。何で言わないんですか」
「ちょ……ねー君、これは無いよ。私ムリ。ほんと、ムリ」
紅音は席を立った。
「ごめん、帰る」
財布からお金を出すと、紅音は一目散に逃げ出した。
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