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『紅音さん。聞いてくださいよ。俺、出張帰りの矢沢さんとバッタリ会ってノリで飲みに行ったんです。俺の告白を盗み聞きしたって言うから、仕返しに飲んでもらったんですけど、ほんとに潰れちゃって。矢沢さんの住所って分かりますか?』
家に帰ってスマホを見ると、ねー君からボイスメッセージが入っていた。午前零時。今が午前二時だから、さすがに何とかしているだろう、と思いながらも、アドレス帳の住所を打ち込むと、電話がかかってきた。
『すみません、紅音さん……助かります』
「いいけどさ、今どこ?」
『うちに連れてきました。かろうじて歩いてらっしゃるので。でも野郎二人で寝るの、やだなと思ってたから、これから連れて行きます』
「めんどくさいじゃん。寝ちゃいなよ」
『嫌ですよ』
「がんば〜」
『あ、紅音さん』
「何?」
『紅音さんの声、夜に聞けて良かったです』
「何? キミも女たらしだね」
『もっと聞きたいんですけど……いや、会いたいです』
ねー君の声が急に甘くなる。これは、いけないことを考えている声だな。若いな、と紅音は笑いを堪えた。
「私はテレホン何とかの女じゃないよ。矢沢には会いたくない。グッナイ」
『好きです』
「おやすみ」
『……おやすみなさい』
紅音は終了ボタンを押すと、グラスにワインを注いだ。自分も昔、あの人に電話で言ったものだ。声が聞きたい。会いたい。何言ってるんだと言いながら、彼はいつも会いにきてくれた。一人の夜は寂しい。そう、寂しい。寂しくなると、誰かと話したくなる。悠の元カノも、だから私に話しかけたのだ、きっと。もう別の男がいるかもしれないが。
「ねー君。遅くに心配だから、矢沢を届けたら連絡しなよ。あたし寝てるかもだけど」
メッセージを入れると、ベッドに転がった。
『わかりました』
シャワーを浴びる。気の迷いだ。矢沢の家から、うちまでは十分もかからない。そのことは矢沢には教えていない。面倒だから、知られないようにみんなに口止めしている。
ドライヤーで髪を乾かしていると、意外に早く連絡が来た。
『送り届けました』
紅音は電話に切り替える。
「早いね」
『タクシーです。お金は貰いました。これから戻ります。遅くにすみません』
「うん、よくやった。ご褒美をあげよう」
『ご褒美?』
「そこから近くの二十四時間スーパーが見える?」
『ありますけど……』
「そこで、氷レモンアイスを二つ買う。それから、氷結のレモンを二本。お代は出す」
『え?』
「で、スーパーから右に出る。まっすぐ下って、歩道橋まで来たら右折。一階が薬局のマンションの、四◯三」
『もしかして、紅音さんの部屋ですか?』
ねー君の声がすわる。
「深夜だから、ドアホンは押しちゃダメ。ひとりでおつかい出来るかな?」
紅音は通話を終了させ、髪を再び乾かした。そう、気の迷いだ。
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