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「あ、ミナさん……お疲れさまです」

「声かけるか迷ったんだけど、今朝から様子が変だったから……」

「あはは、私、顔に出やすいですよね。ミナさん、今日は用事だったんじゃ?」

「うん、まあ……矢沢さんがいないから行かなかっただけ」

「わかります、そういうの」

「疲れてたらいいんだけど、晩ご飯いっしょに食べる?」

  ミナさんの顔を見ていると、疲れが吹き飛ぶような気もした。目つきが悪いというけれど、その自然な微笑みは天使のようだ。きっと、コンプレックスを覆い隠すために磨いた武器だ。

「いいんですか? ミナさんとデートなんて」

「金曜日の女子会ね」

  自分が男なら、この人に惚れただろうなと思う。いや、性別関係なく、このタイミングでこの笑顔は慈雨のような効果をもたらしてくれる。涙の跡に気付いていない振りをしてくれる彼女に感謝した。


「そうなの。一度に色んなことがあったのね」

  ミナさんはスパークリングのグラスを弄いながら聞き役に徹してくれた。

「あー、聞いてもらってすっきり」

「良かった。元気がない紅音ちゃんを見てると、私まで悲しくなっちゃって」

「そんなあ。ごめんなさい。ああ〜ミナさん大好き」

「私も。時々、男だったら紅音ちゃんが好きになっただろうなって思う」

「やだ、両思いですよ。付き合っちゃいます?」

  ミナさんの目が細くなった。

「あら、そうね……誰の恋も叶わないなら、私たちが戦況を塗り替えるのもアリね」

「ええっ、まさかの本気ですか?」

「冗談」

  ミナさんは笑うが、何かを考えるように押し黙った。

「私、矢沢さんが、なんでミナさんを選ばないのか分かりません」

「それは多分……私があの人を支配したいと思ってることが薄々分かってるからじゃない?」

「へ?」

  ミナさんはうっすらと笑った。

「あの人、自分に自信がないから、他人からの評価が欲しくて、構ってほしいの。それがいじらしいのよね。掌の上で遊びたいっていうか」

「なるほど」

「私と居ると萎縮しちゃうっていうのは、私と比べてしまうからでしょ。紅音ちゃんは誰にでもフレンドリーだから、差を感じさせないけど」

 女子力を濃縮したようなミナさんと、何でもズボラで適当な自分とでは天地の差だ。フレンドリーとは、うまい言い回しをする。さすが女子力の塊。

「ミナさん、ほんとに矢沢さんのこと好きですよね?」

「まあ、おもちゃにしたい、みたいな。見てて飽きないのよね」

「ミナさんの新たな一面を見てしまったわ……」

「私が紅音ちゃんに嫉妬しないのは、ごめんね、あの人が頑張ってるのがバカバカしくて面白いから。散々傷付いたあとに甘い癒しを求めてくるのを狙うわけ。でも実はこっちが猛毒で逃げられませんでしたっていうのをやりたいのよ」

  紅音は目を丸くしてミナさんを見つめた。いわゆる悪女なんだろうか? 恋愛を楽しむのは、こういう上級者なんだろうか。

「変な話でごめんね。恋愛で苦しむのは、もういいって思っちゃったの。本気で人を好きにならないようにしてるの」

「そんなこと、できるんですか?」

「できてるつもり。今のところはね」

  その美しい横顔を見て、たぶん嘘をついてるんだろうなと思った。

「ままならないですねえ、人生も人の心も」

「ほんと」

  再度乾杯する。

「さ、今夜は飲むわよ?」

「とことん付き合います」

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