第2話
【1月14日(火)】
人も、町も、何の変哲もない、いつも通りの日常だった。
いつも通りの日常の中、僕もいつも通りにバイト先へと向かっていた。
時刻は19時少し前。駅前は、会社帰りのサラリーマンでにぎわっていた。少し前までは、自分もあの中にいたんだな、と少し懐かしく思う。
バイト先のチェーンの喫茶店に到着すると、制服に着替え、洗い場に入り淡々と洗い物をこなす。たまにレジに出ることもあったが、基本的には大学生の女の子のバイトがレジ打ちを務めていたので、僕は洗い場にいることがデフォルトだった。
そのまま、2時間ほど洗い物を続け、休憩に入る。休憩用に少し濃いめのカフェラテを作り、バックヤードに戻ると、遅番の女の子と鉢合わせた。お疲れ様です、と声をかけられたので、こちらもお疲れ様と返す。
普段は,挨拶程度の会話しか交わさないのだが、今日は珍しく、追加で声をかけられた。
「長谷部さん、あのニュース怖くないですか?」
「え、あのって」
「あれですよ、ほら、Bなんとかってウイルス?みたいのが、外国から入ってきて、日本でも感染者が出たって」
「ああ、知ってるよ。でも、大丈夫でしょ」
「そうですかね、なんか感染力強いみたいじゃないですか、私かかりたくないなぁ」
「大丈夫だよ、インフルとかだって流行ってるわけだし。前にデング熱とかエボラ出血熱で騒動になった時も、結局すぐに終息したでしょ」
「そんなのありましたっけ?」
「だから、そんなもんなんだよ」
彼女は、そうですかねーと言いながら、着替えるためにトイレのほうへと向かっていった。僕は、ポケットからスマホを取り出すと、彼女が言っていたニュースについて検索する。
『BK-86ウイルス、日本に初上陸』
『感染力は、インフルエンザの10倍以上か!?』
『日本でも感染爆発の可能性』
メディアは、様々な言葉で人々の恐怖を煽り立てようとしていた。確かに、国家全土に影響があるような巨大な脅威に久しくさらされていない、緩んだ国民には必要なスパイスなのかもしれない。しかし、そのスパイスを鵜呑みにして騒ぎ立てる愚か者たちのニュースを大々的に報じられるのもストレスがたまるので、むやみに恐怖を煽るのはやめてほしいと思う。
しかし、僕個人がそう思ったところで、大衆もマスコミも変わることはない。仮に、思いを行動に移したとして、巨大な「体制」が僕個人の行動で変わるわけがないのだ。そんなの、今まで生きてきて重々知っている。だから僕は、そのままネットニュースを閉じ、再び洗い場へと戻る。
バイト先を出て、家路につくと、時間はすでに0時を回ろうとしていた。
携帯を取り出してロックを解除すると、先ほどのネットニュースが再び表示されたので、すぐにスワイプし、無料通話アプリを開く。そしてそのまま、一番上にトーク履歴が残っているその人に発信した。数コールして、彼女が通話に出る。
「もしもし」
「もしもし、今、バイト終わった」
「今日もお疲れ様。頑張ったね」
「ありがと」
電話口から聞こえる声は、いつも通り優しかった。バイトは正直面白くもなんともないが、この声を聴くためなら頑張れた。
彼女の名前は碧といって、前に働いていた職場で出会った。僕は東京本社で働いていて、彼女は仙台支社で働いていた。僕が仙台支社へと会社の都合で1か月ほど出向いた時、仕事の関係で一緒にいる時間も長く次第にお互い惚れていった。
以降、僕が東京に戻ってからも、1か月に2~3度は、お互い行き来をしながら遠距離恋愛を続けていた。
「今度、そっちに遊びに行こうと思うんだけど、衛の予定ってどう?」
「バイトの日が多いけど、来週の土日なら連続で休みとれそう」
「そっか、じゃあ、その日に遊びに行こうかな」
「うん、楽しみにしてる」
「私も。じゃあ、ゆっくり休んでね」
彼女はそう言って電話を切った。今はこうやって遠距離で恋愛を続けているが、今後は彼女が住む仙台で職を見つけ、同棲することが決まっていた。今は、そのために就職活動をしている真っ最中だ。そのために、会社を辞め、今はバイトをしながら生計を立てている。
彼女との仙台での暮らしに思いを馳せながら、今日も家路を辿る。
ただ、自分の人生を生きるということ @harumori27
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