第12話 彼女は春川くんの友人なのだから。


「木下くん」


「うわっちぃ……」


 教師という生き物は生徒に嫌われるのも仕事であると認識しているが、露骨に嫌な顔をされたいわけでもない。


「ちょッ! 見逃してよ、秋田っち!」


「見つかってそう言うのであれば、せめて着替えてから遊びに出なさい」


「やっだァ! 制服で遊ぶのが良いんじゃん!」


「指導されたいのかされたくないのかどちらなんだ」


 彼女の言い分が分からないわけではない。私だって自分が学生の頃、放課後に友人と遊びに行くのが何より楽しかったものだ。だからといってそれを見逃して良い立場に居ないのだが。


「されたくないでーす!」


「まったく……、せめて暗くなる前には帰りなさい。それと」


「なんすか?」


 放課後に遊んでいる場面を教師に見つかってもなお、笑顔な彼女はそれだけでも充分すぎるほどの魅力と言える。

 とはいえ、こちらとしても彼女にここで出会えたことは僥倖である。


 なにせ彼女は、


「春川くんの居場所を知っているか」


 春川くんの友人であるのだから。


「桜っちっすか? 休んでるんすから家じゃないんすか?」


「君はどう思う」


「ヒャクパーどっかで遊んでるっすね」


「そういうことだ」


 私が知るなかで、春川くんは敬称こそ軽いものを使用するが他人を愛称で呼ぶことがない。ミー子と彼女を呼ぶ以外では。


「当てぐらいならあるっすけどォ」


「教えてくれると助かるんだが」


「さすがに理由も聞かずに友だち売るのはちょっとなァって。てか、珍しくない? 秋田っちってサボりとかあんまり五月蠅くないイメージなんだけど」


 知らないと白を切ることはせずに、教師を相手にして堂々と言いたくないと言える彼女の気持ちは教師として褒めるべきなのだろうか。


「不正に休んだことをとやかく言うつもりはない」


「あ、やっぱり? じゃあ、なんでなんで?」


 疑心から興味本位。

 瞳に宿る色がコロコロと変わる若者は見ていて飽きるものではない。そして、教師としてそんな彼女に嘘をつくわけにもいかず、


「――――――……」


 ただ思ったことを言った。それだけなのだが。


「変なのォ……」


 引かれてしまうのは嫌な顔されるよりも辛かった……。


「よっし! じゃあね! いまここでハグしてくれたら教えてあげても良いっすよ!」


「ハグ?」


 人通りの多い道である。

 教師であり五十を超えた男である私が、生徒であり十代の女性を抱きしめる。……どこから見ても問題しかないな。


「あまり試みたくはない手段だが、理由を聞いても?」


「秋田っちがやりたくないかなって」


 なるほど。

 友だちを守る手段としてはまさに有効的だ。


「あとはまぁ……」


 どうにかして、他の手段を頼めないものか。……、いや、さすがに金銭の受け渡しを行うつもりもないが、どうしたものか。


「うちって片親なんすよ。だから父親ってどんな感じか知りたいなァってそんな願望がないわけでもあるわけでもないこともないようなあるようなハギャァ!?」


「これで良いか」


 自分から言い出しておいて、木下くんは腕の中でしばらく暴れ続けた。

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