第4話 教師としての心構え。
この歳まで続けていると、教師として心掛けていることは何かと尋ねられる機会に何度か遭遇してしまう。
宮尾先生などは教師同士の飲み会に行く度に尋ねてくるので困ったものだ。
そんなときは無難な答えを返すようにしている。それでも、宮尾先生は大喜びしてくれるのだから……、実に申し訳ない気持ちになってしまう。
だが、言えるはずもない。尋ねてくれる人たちはみな、期待を込めた瞳をしているか。それかもしくは揚げ足を取ろうとしているのだから。
生徒にも、保護者にも、同僚である先生にも何も期待することなく波風を立てないように、目立たないように、そこに居ても邪魔にならないようにだけ周囲に気をつけることが大事だなんて本音を。
『嘘ばっか!』
『何がかね』
『先生は嘘つきね、ってこと』
だというのに、人が珍しく本音を。それこそ親にだって言ったことがない本音を言ったというのに、君は私を非難する。
嘘つきだと、舌を出す。まるで喧嘩をする子どものように。
いまでも無難な返しをしていると言えば、君は同じように私を非難するのだろう。……と思ってしまうのは男のエゴに違いない。
『嘘はついていないのだが』
『じゃあ、どうして先生はあたしに声を掛けてくれたの?』
『それは、たまたま』
『どうしてあたしを助けてくれたの?』
『聞いてしまった以上は……』
『どうしてあたしとお付き合いしているのかしら?』
『勘弁してくれ……』
彼女が卒業してからの交際である。
誰かに聞かれても問題はない。と言えるほど世間は甘くはないだろう。先生呼びは彼女なりの意思表示。自分は怒っているのだと。
彼女はよく笑い、よく怒り、よく呆れ、滅多に泣かなかった。ころころと変わる表情のなかで泣き顔は一度しか見たことがない。そんな、忘れかけていた過去を最近になって思い出すのは春川くんの存在が大きい。
なにせ彼女の娘なのだ。似ていて当然である。
私と別れたあと、風の噂で彼女が結婚したのは聞いていたし、子どもが生まれたことも聞いていたが、その娘が私の通う学校に。いや、母親の母校に通ったに過ぎないか。なにか物珍しいことが起きた際に、自分に関係があると考えてしまうのは人間の悪いところではないだろうか。期待しても無駄だというのに。
「さすが遅刻クイーンですね」
「褒めるべき所ではありませんが、確かに形になっていますね」
不意に掛けられた声に驚くことなく返せた自分を褒めておきたい。
昼休みが始まるとすぐに彼女が私の机に提出した反省文。罰として与えた用紙は四枚もの量になるのだが、それらを全てを使い切り反省文として問題ないレベルに体裁を整えているあたりは、慣れていることを考慮しても才能と言えるかもしれない。
「これが国語の成績にどうして繋がらないかなぁ……」
「申し訳ない」
「いやいやいやッ! 秋田先生が謝ることではありませんよ!」
「担任ですので」
現代文を担当している教師として宮尾先生にも思うところはあるのだろう。とはいえ、何度か彼の授業を見学させてもらったが、問題があるようには思えない。
生徒のすべてを教師如きがなんとか出来ると思うのは傲慢と言えるだろう。というのは本音だが、いくら元教え子とはいえ言って良い言葉とそうでない言葉はある。
「はァ~……!! 秋田先生……ッ」
「なんでしょう」
「好きッ!」
「ありがとうございます」
「ちょっとー、宮尾先生がまた秋田先生に告白してますよー!」
「え! 今回で500回目記念だったのに!! 誰か録画してませんか!!」
……仲が良すぎるのも、社会人としてどうかと思わなくはない。
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