第3話 くっそ喰らえ!!
「っとに、頭かったいんだからあの教師ィ!!」
「桜っち、おかかー、ぁぶっ!」
親友の不幸をニヤニヤと楽しむ性悪女へと原稿用紙を投げつける。ちょっとだけすっきりしたさ。
「普通、あれだけ頼んだ生徒に反省文書かせる!? 土下座までさせてさァ!」
「あんたが勝手にしたくせに」
「そんなことはどうでも良いのよ!」
「遅刻クイーンに反省文で許してくれる秋田っちはマジ天使だと思うけどね」
は?
天使? 誰が? あれが?
御年何歳か知らないけれど、おっさんを通り越してお爺さんの域に突入しようとしているあの教師が天使? 白髪の生えた天使様ってか!!
「ミー子の目が節穴だってことはよぉく理解したさ」
「ひっどいなァ」
これっぽっちも傷ついた様子もなく笑う彼女に反応するわけにはいかない。ここで何か反応すれば相手の思うつぼなのだから。
「ああ、もう!!」
自分で投げつけた用紙を拾い集めて、さっさと書き切ることにする。反省文なんて入学して二年目のあたしにかかればお茶の子さいさいである。ごめんなさい、と書いておけば良いだけなのだから。
「それにしてもさァ」
「なによ」
こっちは昨日も夜遅くまで起きていたせいで眠たいというのだ。しょうもない話なら後にして欲しいものである。
「良いのぉ?」
「だから何が」
顔を上げれば、さきほど以上にニヤニヤしているミー子の姿。
おかしい。こいつがここまで喜ぶのはあたしが不幸な目に会う時だ……、
「逃げなくて」
「南無三ッ!!」
幸い、教室は二階。そしてあたしの席は窓に一番近い。
すぐ下は花壇であり、地面もコンクリートよりはるかに柔らかくクッションになってくれる。ここで、ここで逃げ切れればッ!!
「逃がすか」
「げふッ!!」
自由な空へランナウェイしたはずのあたしは、重量に逆らって宙を舞う。ああ、くっそ……。
「どこへ行く気だぃ……」
今日は厄日だ。
「春川ァ……!」
思った通り、女子の制服を着たゴリラがそこに居た。ゴリラの影からミー子がとても幸せそうにしているのが見える。いつか殺す。
「い、いや……、なんというか、とても良い空だったのでもしもあたしが鳥だったら自由に空を飛べるのに、的なサムシングをですね」
「ああ、確かに素晴らしい空だよ」
「さすがはゴリ、じゃなかった友川部長は風情がおわかりになる」
自然には敏感なのだろう。ゴリラだけに。
「いまゴリラって言いかけなかったかい」
「そんなわけないじゃないですか、筋肉部ちょギブギブギブ」
頭蓋骨から出てはいけない音がする。聞いた話によればゴリラの握力は凄まじいの一言であるらしい。聞いているだけならふぅん、であるけれどそれが自分の頭を掴んで居るとなれば話は別である。
「あんたさ……、また遅刻したそうじゃないか」
「さすがは部長、耳が早い」
というか本当にどこから仕入れているのさ、その情報。
「五百円になりました」
あいつはもう親友じゃない。
「言ったよね? もうこれ以上遅刻するんじゃないって」
「ですが部長! あたしが遅刻しても部長の成績には何の不都合もないわけでありましてですね!」
更に言えばあたし達が所属しているのはただの料理部である。コンクールに出場するわけでもないただの料理好きが集まる部活動だ。所属生徒の一人が素行が悪くて迷惑をかけることなんてないじゃないか。
なんて、理由は分かりきっているけれど。
「秋田先生に迷惑かけるなって言ってんだけど?」
はいはい、でしょうねこんちくしょう!
こんなところでもあたしの前に立ちふさがるか、あの教師は!
「なんで……! なんで……ッ!」
「あのぉ……」
「なんで、私はもう先生の生徒じゃないってのにあんたなんかがァァ!!」
「うごけがごけうあかぅよすかけづはッ」
ひぎゅぁぁぁぁ!? た、たす、たすけ!? 誰が助けてぇええ!?
死ぬッ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!! ゴリラにジャイアントスイングされるとか冗談抜きで死ぬぅぅう!!
「パンツ丸出しげっちゅー」
「みぃぃぃこおぉおおおおお!!」
まずい! 何か出るっ! 何か分からないけれど出ちゃまずいものが飛び出てくるぅ!?
あ、死んだ。
と思った矢先である。
あたしが地獄から解放されたのは。
これは、もしかして。
「先生ぇ!」
「友川くんか。このクラスに何か用事かな」
やっぱり。
あのにっくき教師の姿がそこにはあった。
恐るべきは女の本能と言うべきか。さっきまで立派なメスゴリラだった部長が、いまではちょっと筋肉質な美少女へと早変わりしている。
劇的なんて言葉で言い表すことが出来ないほどの変化だ。言うなれば、さっきまで低学年向け少年漫画タッチだったのが、瞳が大きな少女漫画タッチになったというべきだろうか。
……人体ってそういうものだっけ。
「申し訳ありません! 春川がまた遅刻したと聞き、居てもたっても居られず! 部員の不始末は部長である私の責任です! 先生に何とお詫びを言えば良いか!!」
この部長の厄介なところは、実際としてあの教師に好かれたい本心がありはしても、本当に心の底から部員の不始末は部長である自分の責任だと思っているところにある。
好かれたいからポイント稼ぎしているだけとなればあたしも無視するんだけど、なんだかなぁ……。
これだから元不良は面倒臭いんだ。
「友川くんが気にすることではない。さぁ、授業の時間だ。君も自分の教室に戻りなさい」
「はい、先生!!」
何があったのかは知らないが、あたし達が入学する以前から手の付けられない暴れん坊としての有名人だった友川部長をこの教師は懐柔することに成功したらしい。
いまではすっかり牙を抜かれた恋する乙女である。多少暴力的な部分は残っているけれど。
あぁ、やだやだ。
不良が教師によって更生されてハッピーエンドな物語? それはそれはなんとも心地良いお話でありますことよ!
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