第2話 時代の変化。


「ぜぇ! ぜぇ……ッ! セ、セーフっすよね! ちょ、まだ深川っち返事してなかったもんねッ! じゃあセーフだ! やりました! 春川選手優勝! 優勝ですッ!」


「深川」


「は、はい……」


「無言で土下座しようが遅刻の事実は変わらない」


 朝のホームルームは静かに行うべきである。などと論じることもない。十人十色の生徒を見守る身として、その時代その時代に合わせた方法があるだろう。

 だからといって、息を切らして飛び込んできた生徒の遅刻を取り消してやるつもりもありはしない。


「御代官さまァ……、そこを、そこをなんとかァ……!」


「堀之内」


「はい」


 他の生徒も彼女を助けようとはしない。さすがに今月に入って五度目ともなれば、彼女の現状を楽しむことを選択しているようである。実に、友だち想いの生徒達であることだ。


「これ以上遅刻したってバレたら、部長にあたし殺されてしまうんすよォォ!!」


「友川くんはとても優秀な生徒だ。殺人などという愚かな選択肢を取りはすまい」


「比喩っすよ! ああ、もうッ!!」


 私だって教師である前に人間なのだ。

 人間であるのだから当然であろう。


『はァ~~! これだから先生は』


「ほんっっと! 頭固いっすね!!」


『ほんっっと! 頭固いんだから!』


 彼女の怒り顔に君を思い出すと言えば、君はどんな顔をするのだろうか。

 怒るだろうか、呆れるだろうか、それとも、笑うだろうか。


 もっとも、


「ホームルームが終わったら職員室に来るように」


 それを確かめる術などありはしないのだが。



 ※※※



「また春川ですか。懲りませんねぇ、彼女も」


 遅刻の罰である反省文の用紙を受け取った彼女が怒り心頭に職員室を出て行く姿を他の教師たちは微笑ましいと笑って見守っていた。

 むかしであれば、遅刻したのにその態度は何なんだ! と怒鳴る教師も居たものだが、時代が変われば人間も変わるものか。


「ですが、ご存じですか? 去年と比べるとぐっ! と遅刻頻度が下がって、宿題提出率も上がっているんですよ? さっすが、秋田先生ですよ!」


「彼女が頑張っている証拠でしょう」


「かーッ! そこで一切照れる様子も見せずに言い放つ先生に痺れる憧れる!!」


「出た出た、宮尾先生の秋田先生贔屓」


「これがないと一日が始まらなくなってしまった私は大丈夫かしら……」


 三年前に我が校の講師となった新人は、元私の教え子だ。むず痒いものがないわけではないが、教え子が後輩となるのは講師冥利に尽きるのではないだろうか。

 大げさな彼の態度を同僚たちは笑って流す。昨今の人間関係問題を考えれば、私は様々なものに恵まれていると言えよう。


「さッ! 先生方、そろそろ授業の時間ですよ!」


 先日お生まれになったお孫さんの写真を見ている時とは打って変わって引き締まった態度を取る教頭先生の号令のもと、私たちは日々の業務へと向かうのである。


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