おとぎ話のようにはいかない

小紫-こむらさきー

白馬の王子様なんていない

「金の糸でったドレスよりも、ガラスの靴よりもキャンディみたいなダイヤモンドが付いた指輪よりも…」


 言葉を詰まらせながら俺を見上げる日葵ひまりの髪を撫でた。

 ミルクティーみたいな色をした髪がそっと揺れて、腕の中にいる彼女がしゃくりをあげた。

 彼女が首元から取り出した細い銀色に光るチェーンには、あの日渡したピンクゴールドのリングに黄色い宝石をめた指輪がぶら下がっている。


「この指輪が世界でいちばん…綺麗で素敵だもん…」


 明るい茶色の瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれたのを指でぬぐって、彼女の顎をそっと持ち上げた。

 目を閉じた日葵ひまりの白くて細い喉元が上下する。

 俺は、桜の花びらみたいな彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。


※※※


 おとぎ話が好きな幼なじみがいた。

 幼なじみは日葵ひまりと言って夢見がちな子供だった。

 小さな頃の彼女がよく欲しがるのは、金で出来たドレスや、キャンディみたいに大きなダイヤモンドが付いた指輪、それにガラスの靴。

 どれも準備は出来なくて、子供だった俺はおばあちゃんの金色の風呂敷ふろしきをテープでめたドレスとか、でかい飴が付いた指輪をあげた。でも日葵は「ちがうもん!」ってそっぽを向いて俺が作ったものを持ち帰りはしたけど喜んでくれたことはなかった。


 おとぎ話が好きなまま日葵ひまりは大きくなった。

 メルヘンが好きなブスならヤバいけど、彼女はめちゃくちゃ美人に成長をした。

 ミルクティーみたいな色をした髪の毛はつやつやしてて、さわっていると仔猫を撫でているような気持ちになるし、明るい茶色の目は大きくて、目にラメでも入れてるのか?ってくらいきらきらと輝いている。

 おとぎ話の世界に異世界転生をしてもヒロインになれそうだななんてこっそり思ったりもした。


 相変わらず日葵ひまりはおとぎ話の世界が好きで、俺のことを王子様なんて呼んでからかってきた。そのせいもあって中学でも高校でもクラスの奴らは俺と彼女をやたらセットにしたがった。

 そんなこともあって付き合ってはいないけど、俺と日葵ひまりは二人で一人みたいな状況になっていた。

 悪い気はしない。それどころかうれしいとすら思っていた。

 でも、彼女に本当の白馬の王子様が来たら…ただの幼なじみでしかない俺はきっと見向きもされなくなってしまう。

 だから、曖昧な今のままの関係性でいいと思ってた。

 でも、俺の進路が決まって地元を出ることが決まって、少しだけ焦った。

 

 焦って結論を出そうと一人で突っ走った俺は、何を血迷ったかバイト代を全部ぶっこんで手作りの指輪を作り、プレゼントをしたのだ。それが高3のクリスマス。

 渡した時、彼女はきょとんとした顔をしてた。返事も聞かずに…というか黙って指輪だけ渡して俺は一人で家に帰った。

 きっと明日になればお礼を言うとか、指輪を付けてくれるはずだって信じていた。

 でも、彼女はその指輪を付けてくれることはなかった。

 それがショックで俺は日葵ひまりを避けるようになった。

 

 あんなしょぼい指輪、日葵ひまりからしたら邪魔だったのかもしれない。王子様って呼んでいた幼なじみが勘違いをしたのは気持ち悪かったのかもしれない。

 直接聞くことなんて出来なくて、せっかく彼女が話しかけてくれようとしても八つ当たりをして避けてばかりだった。

 眉尻を下げて、不安そうな顔をして無言でうつむく彼女の顔にイライラして、八つ当たりをしてしまう自己嫌悪で更にイライラした。

 

 結局指輪の失敗や、変なコンプレックスと劣等感は消えなくて、ギスギスしたまま高校を卒業してしまった。

 離れた土地に進学するしちょうどいい機会だった。

 今もたまに、日葵ひまりに対しての最低な行動の数々を思い出して後悔で胸をかきむしりたくなる時がある。


 そんな俺も大学を卒業して、就職をして日々を過ごしていた。

 そして、転勤で地元の支社へ行くことになり数年ぶりに地元へ戻ってきたのだ。

 久々の実家暮らしで、両親もなんだか上機嫌な気がする。

 高校のクラスメイトに飲み会に誘われたのも少しだけ気が重いけど、うれしいものがある。

 何人か集めると言って名乗りを上げたメンバーの名簿を見て、少しだけ胸に重苦しい影が落ちた。

 日葵ひまりの名前があったからだ…。

 まぁあれだけ美人なんだから、卒業してすぐに彼氏が出来たりしたと思う。

 名字が変わっていないことにほっとした。そんな気持ちを誤魔化すように「最近は女の方に名字を合わせる男の人もいるってことだし、わからんぞー」なんてわけのわからない保険をかけたりしていた。


「よ。久しぶり」


 待ち合わせの時間、田舎特有の駐車場の大きな居酒屋の駐車場で待っていると、後ろから肩を叩かれた。

 聞き覚えのある声におそるおそる振り向く。

 あの頃と変わらないミルクティーみたいな色をした長い髪。

 弓なりになった整えられた眉毛と、大きなアーモンド型の目。


しゅうくん、元気だった?」


「あ、ああ」


 顔を逸らしたけど、不自然じゃなかっただろうか。

 胸がドキドキして、耳まで熱くなる。もしかして顔が赤くなったりしてないだろうか。


 日葵ひまりと何を話したのかいまいち覚えていない。

 そのまま山下や登坂が合流して、女子も声をかけてきて俺たちはそのまま解散まで話さずに飲み会を終えた。

 何人かが代行や、家族の迎えで帰るのをある程度見送った俺は、駐車場の植え込みから立ち上がる。

 日葵ひまりの姿がさっきから見当たらない。まぁ…帰ったか。

 後で話そうと思っていたわけじゃない。でも少しだけ名残惜しさを感じながら歩き出す。

 久々の地元の夜道は風が心地よくて、大きな道路を通る車の音がやけに大きく聞こえた。


しゅうー!待って」


 タッタッタと軽快な足音と共に、日葵ひまりの声が聞こえて振り返る。

 お酒を飲んだからか彼女の肌はうっすら赤くなっている。上着の下にはタイトな服を着ていたみたいで彼女の体のラインがわかりやすい。

 ドキッとしたのを悟られないように俺はすぐに前を向いて知らんぷりをした。


「コンビニから姿が見えたから走ってきちゃった」


 日葵ひまりは、隣に勝手に並ぶと俺の顔をのぞき込んで微笑んだ。

 相変わらずというか、更に彼女は綺麗になっていて少し垢抜けたくらいの俺じゃ釣り合わない気がしてしまう。


「美人の一人歩きは危ねーぞ」


 平気なふりをしてなんでもないように言う。

 でも、日葵ひまりの顔をしっかりと見ることが出来ない。

 彼女にとっての白馬の王子様にはなれない。そんなことはもうとっくにわかっている。

 気の良い友人としてなら、また友好的な関係性を築けるんじゃないかなんて淡い希望を持ちながら彼女の隣を歩く。


「じゃあ、家まで送ってよ王子様」


 所作なさげにぶらぶらと揺らしていた手を急に取られる。やわらかい感触と、それにふさわしくない緊張感。そして罪悪感。

 体がこわばったのは伝わっていないだろかと変な汗がき出てくる。


「俺は王子様なんかじゃないって。相変わらずお姫様みたいなこと、言うんだな」


「私がこういうことをいうのは柊だけだもん」


 頬を膨らませた日葵ひまりがツンとした表情で斜め上を向く。

 声を出して笑ってしまいながら、やっと彼女の顔をまともに見ることが出来た。


「あ、やっとまともに顔、見てくれた」


 ふふっといたずらっぽく日葵ひまりが笑う。

 俺があの時もっと大人だったら、指輪のことも聞けたのかな。そうすれば別れたりしなくて済んだんだろうか。

 過去のことを考えても仕方ない。終わらせたことをいつまでも未練がましく言うのはやめようと自分に言い聞かせながら、日葵ひまりと並んで家路を歩む。


「じゃあな」


 日葵ひまりの家の前。まだ実家にいるんだな。よく通りがかったのを思い出して懐かしくなる。

 やっと俺の手を離した彼女に「気を付けて帰れよ…」と言おうとしたけど、その言葉が出る前にやわらかいもので口を塞がれて体をわずかに仰け反らせた。


 両肩は日葵ひまりが手を乗せているし、胸にはやわらかいものが触れている。

 やわらかい感触の合間から熱くてぬるっとしたものが俺の歯茎をそっと撫でる。


「んん゛!!!」


 驚いてくぐもった声が漏れる。

 背伸びをしているからか、体重を預けてきた彼女に押されて玄関横の壁に背中をぶつけてしまう。


「なん…」


「えへへ…お姫様からのご褒美だよー」


 唇を離した日葵ひまりがへらっと小さな子供みたいに笑った。なんとなくさっきよりも顔が赤い気がする。

 呼び止める暇もなく、彼女はわずかに開いた玄関の扉に体を滑り込ませて家へと帰っていった。

 せっかく友達としてやっていこうと決意したってのに…。どういうつもりなんだよ。

 そんな気持ちを抱えたまま、悶々として家に帰った。

 

 翌朝起きても結局昨日のことが頭から離れない。

 メールアドレスは変えた上に、メッセージアプリの連絡先も男友達のものしかわからない。


「なんのつもりなんだよ…」


 頭を抱えて独り言が漏れる。

 直接家に行くか?とも考えたが、20代も半ばになる男が幼なじみとはいえ未婚の女性の実家にキスの理由を聞きに行くなんてありか?と考える。そして「なし」だという結論を出す。


 今日が休日でよかった。仕事になる気がしない。

 そう思いながらゴロゴロしていると玄関のチャイムが聞こえた。

 ばたばたと母さんの足音がして玄関で談笑する声が聞こえる。近所の人でも来たのかな…とぼーっとしながらスマホをいじっていると階段を上って足音が近づいてくる。


―コンコン


 控えめなノックの音。生返事をしてすぐに「しまった」と思うけど時すでに遅し…。

 こんな風に母さんはノックなんてしない…と気が付いた時には、部屋の扉は開いて、ニコニコと笑っている日葵ひまりの顔が見えた。


「着替えるから!たんま!」


「ふふ…下でおばさんとお茶でも飲んで待ってるね」


 なかなか扉を閉めようとしない日葵ひまりを追い出して、俺はバッとスエットを脱いで適当なシャツを着る。

 洗面台に走って向かう時に母さんと日葵ひまりの視線を感じた気がするけど無視をして髭を剃って顔を洗う。


「…」


 歯も一応しっかりと磨いておこう。

 ちがう。大人としてのマナーなだけで俺はなにも期待していない。ちがう。


 誰に対してなのかよくわからない言い訳をしながらいつもより少し念入りに歯磨きまで済ませた。

 寝癖を直して、リビングに戻ると母さんは意味ありげに笑っている。視線が生温かい気がして鬱陶しい。


「どういうつもりだよ」


「デートのお誘い」


 あらまぁ…という母さんの声が聞こえて恥ずかしくなった。俺はそのまま日葵ひまりの細い手首を掴むようにして部屋を出る。


「おじゃましましたー」


 暢気のんきに挨拶をした日葵ひまりと手を繋いだまま、人通りが少ない河原の公園までやってきた。

 手を離して彼女と向き合う。風が吹いて、ミルクティーみたいな色をした髪がさらさらとなびく。


「あのさ、からかうならああいうことやめろよ」



 綺麗な顔に誤魔化されないぞ!と意気込んだせいで少し言葉が強くなって自分で少し慌てる。

 でも、俺と向かい合わせになった日葵ひまりは、そんな俺ひる怯んだりする様子もない。


「からかってないよ」


 まっすぐに俺を見て、真面目な顔をして彼女はそう言った。


「ずっとずっとしゅうのことが好きだった」


 そう言った日葵ひまりは、少しだけ目をうるませる。

 目元を自分の指で拭った彼女は俺から目を逸らさないまま言葉を続けた。


「王子様って言ってるだけで満足だった。ずっとしゅうは私を守ってくれてそばにいてくれるって思ってたの」


「は?」


 両片思いって奴かよ…と肩の力が抜けそうになる。

 でもすぐに、あのことを思い出す。俺が意固地になってしまった原因…距離が離れてしまったきっかけになった指輪のことだ。


「指輪…付けてくれなかったじゃん」


「それは…ちゃんと告白してくれなかった仕返し。でも…あんなにしゅうが怒ると思わなくて…謝ろうと思っても避けられちゃうし…」


 ああ…そういうことか。

 お互いにわかってくれて当然で、理想通りにならなかったからと癇癪を起こしていたのか…。

 自分たちのこととはいえ、あまりの幼さに苦笑いが浮かんでしまう。


「ごめん」


 もう大人になった。まだまだ出来ないことは多いけど、それでもあの頃よりは年齢を重ねたなら、同じ間違いは避けることが出来る。

 一歩踏み出して、泣きそうになっている日葵を抱きしめる。


「王子様にはなれないし、豪華なドレスもガラスの靴も用意できないけど…日葵のことは幸せにするから…俺のお姫様になってくれよ。指輪も…新しいのを買うから…」


 我ながら馬鹿馬鹿しいまでにロマンティックな言葉だな…と頭の片隅で思うけど、日葵に告白をするならこの言葉が一番だなって思ったんだ。


「金の糸で織ったドレスよりも、ガラスの靴よりもキャンディみたいなダイヤモンドが付いた指輪よりも…」


 言葉を詰まらせながら俺を見上げる日葵ひまりの髪を撫でた。

 ミルクティーみたいな色をした髪がそっと揺れて、腕の中にいる彼女がしゃくりをあげた。

 彼女が首元から取り出した細い銀色に光るチェーンには、あの日渡したピンクゴールドのリングに黄色い宝石を嵌めた指輪がぶら下がっている。


「この指輪が世界でいちばん…綺麗で素敵だもん…」


 明るい茶色の瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れたのを指で拭って、彼女の顎をそっと持ち上げた。

 目を閉じた日葵の白くて細い喉元が上下する。

 俺は、桜の花びらみたいな彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。


「私のわがままに全部付き合ってくれたのも、おとぎ話が好きなことも…馬鹿にしないのはしゅうだけだったの」


 やわらかな唇に触れて、すぐに離れる。

 しばらく見つめ合って、日葵ひまりから再び唇を重ねられた。


しゅうは、私の夢を守ってくれて、ちゃんと迎えに来てくれたもん。立派な王子様だよ」


 指輪をチェーンから外して、彼女の指にそっと通す。


「大好きだよ」


 俺は王国の主でもないし、白馬に乗ってもいない。

 ここは魔法もないし、しゃべる動物も魔女もいない。そんな世界では、おとぎ話のようにはいかないことも多いだろうけど、これくらいは言ってもいいと思う。


 王子様とお姫様は仲睦まじくいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし。

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