第40話
荒れ果てた荒野に、まるで隕石のように落下してくる物体があった。それが地面と激突した瞬間、辺りにはすさまじい衝撃が伝わってゆく。
出来たばかりのクレーターの中心に、仰向けで倒れ込んでいる影があった。それはつい数分前にこの場所から飛び立った、竜鎧をその身に纏った陽だった。
彼は着地の衝撃で全身に痛みが走り、すぐに起き上がる事が出来なくなっていた。
少しの時間が経つと、彼の身体を襲っていた痛みは消え、彼はゆっくりと起き上がった。
彼は鎧に包まれたまま、独り言を呟いた。
「……薄々、そうじゃないかとは思ってはいたけど、まさか本当に地球だなんてな……まだ実感が無い」
初めは、全く別の世界にでも迷い込んだのかと、陽は思っていた。しかし、謎に迫るにつれて、彼も薄々感づいていた事だった。
だが、彼はこの星を地球だとはすぐには思えなかった。自分の常識がズレたものであり、見知った風景など何一つとして存在しない。
彼にとってこの場所は、正体を見た今でも、『異世界』だという事は変わっていなかった。
「ステラ達は、やっぱりクラムの言っていた通り、侵略者なのかな?じゃあ人類は、その侵略者によって滅ぼされたのか?」
謎が解けたばかりだが、新たに謎が生まれていた。
「まだ、分からない事だらけだ。でも、力の限界は、掴めた気がする」
拳を握り締め、確かな手応えに鎧の中で笑みを浮かべる。
何かになりたい、この世界で変りたい。そう覚悟を決めた陽ではあったが、今この状況で何をすればいいのかは未だに思いついてはいなかった。
彼は何かになりたいという目的を持ってはいたが、そのために何をすればいいのかを考えていなかった。
そんな時、どうしたものかと考えていた彼に、透き通るような声が掛かった。
「ヨウ、やっぱりここに居たか」
「!?」
「驚いた。ここはもう少し、平らな場所だったはずだが……」
声の主は、アメジストのような瞳を輝かせてたステラだった。彼女は、竜鎧の力を使って帰られた地形を不思議そうに眺め、小さく声を漏らしている。
「ステラ!?どうしてここが……?」
「あれだけ派手に騒いでいたんだ。分からない方がおかしいだろう?」
闇夜の中に響いていた轟音と、数多の光。彼女はそれを目印にして、陽の居場所を突き止めていた。
「何をしにここへ?」
「君を連れ戻しに」
即答する。彼女の目的は、それただ一つだった。
「……」
「正直言って、君が素直に戻ってくれるとは思っていない。だが、何度も言ったように、私には君の力が必要なんだ」
陽に対するステラの願いは変わっていなかった。以前の陽ならば、ふざけるなと一蹴しただろう。だが、彼はこの数時間の間に覚悟を決めていた。彼女達とも向き合う覚悟を。
「俺は……何かになりたいと、自分を変えたいと、そう思った。力を振るう覚悟もした」
「覚悟を……!」
一瞬だけ、ステラの目が輝いたように見えた。
「でも同時に、誰も傷つけたくないとも思っているんだ。あんたに力を貸した場合、俺はこの力で誰かを傷つけないといけなくなるんじゃないのか?」
「それは……そうかもしれない」
ステラは目を逸らし、下を向く。どうしてかいつもの彼女より、少しばかり感情が表に出てきていた。
「なぁ、あんたの目的っていったい何なんだ?俺には、三日月を倒す事だけが目的だとは、思えない」
陽の力に固執するその姿勢と、何かを急いでいるかのような、焦っているかのような違和感。陽はステラに、彼女の真の目的を聞いた。
「私の、目的……」
「あぁ、俺の目的は、自分を変える事だ。ならあんたの目的は?あんたに手を貸せば、俺は変わる事が出来るのか?」
ステラは弱々しく顔を伏せ、何かを考えている。
「……君ならば、私の話を理解してくれるだろうか?」
そんな事を小さく呟き、彼女は顔を上げ、語り始めた。
「私の目的は、民の救済……神の縛りから解放され、自由の命を手に入れる事だ」
「救済だって?」
陽の問いに、ステラは今までで一番真剣な眼差しで彼を見つめ、しっかりとした口調で自らの目的を語った。
「私達マーレの民は、30歳を迎えた年に、神の元へと還元される」
彼女の口から告げられたのは、マーレの民に関する事だった。
「それってつまり……」
「死だ。どれだけ健康であっても関係無い。30歳を迎えると、ある日急に、神界への門から降り注ぐ光に飲み込まれて消える」
生まれた時からずっと日本に住んでいた陽からすると、若すぎる死。そして彼の両親も、その辺りの年齢で他界している。
「私は物心ついた時から、それがおかしいと感じていた、けれど、他の人達はそれが当たり前だと言う。そして皆使命に縛られ、与えられた仕事を続けるだけだ……!」
ステラはその狂った死に、ずっと違和感を覚えていた。だが、誰にその事を話そうとも、笑われ、まともに取り合われる事は無かった。
「何度も気が狂いそうになった。歳を重ねるにつれ、仲間達の死に対する恐怖は膨れ上がっていった」
現在20代前半の彼女は、仲間達が何度も神界への門から放たれる光に飲み込まれ、神の元へと還元される姿を見てきた。
そんな彼女だからこそ、年々焦りも募っていった。
「私は、三日月の持つ技術を使えば、姿の見えない神にも対抗できるのではないかと考えた」
神界への門には魔法を撃っても効果が無い。それは彼女が実際に試したことだった。だが、魔法ではない他の力ならば?彼女はその小さな希望に縋るしかなかった。
「だが、私達の魔法では、壁を壊す事が出来ず、私は途方に暮れていた。そんな時に現れたんだ」
三日月の街を覆う壁は、彼女たちの魔法を一切通さない。神界への門も、三日月の壁も。どちらも、魔法しか手段を持たない彼女を絶望させるには充分だった。
半ば自暴自棄になっていた頃、未知の遺跡が見つかったとの報告が上がった。そこで、彼女は出会った。
「俺が、か」
「そうだ。私達や三日月とも違う存在。私の魔法が通じない相手を、一瞬で倒して見せた。そんな君に、希望を抱かないわけがないだろう!」
苦痛に顔を歪め、ステラは思いを吐き出す。彼女もまた、孤独と戦っていた。陽はその事を理解する。
「……あんたにも、抱えているものがあったんだな」
「……ああ。そして私は、君を奮い立たせるために、嘘までついたんだ」
ステラはとても申し訳なさそうな顔で、陽と視線を合わせて言った。
「嘘?」
「ローウェンは、生きている」
「!?」
ステラの口から語られた事実に、陽は驚愕する。言葉を飲み込んだ彼の身体は、小刻みに震え始める。ステラはその様子を見て、彼が怒りに震えているのだと思い、すぐさま謝罪の言葉を彼にかける。
「すまない、私のついた嘘は、君を追い込んだだけだった。私は、君にどう謝罪すればいいのか……」
「……った!良かった!」
陽は、泣いていた。ステラが嘘をついていた事に対する怒りよりも、自分の手で殺してしまった人がいなかったことに安堵した。
「……!」
「だが、怪我は、負っている……」
「そう、なのか……」
喜びに満ち溢れていた陽の表情が、少しばかり曇る。彼はローウェンに、謝罪をしなければならないと思った。
2人の間には、沈黙が流れ始めた。
「……ヨウ、私の目的は話した、君は私に協力してくれる気になったか?」
沈黙を破り、ステラが言葉を発する。彼女は今まで溜め込んでいたものを陽に吐き出す事が出来、少しだけ心が楽になっていた。
「……協力したいと、思った」
陽は少しだけ考えた後、ステラの提案に頷いた。彼にとってもステラの願いは、神がマーレの民に科せていた縛りは、おかしいものだと感じたからだ。
「……!なら!」
「でも、分からないんだ。俺が、本当にステラや皆の力になれるかどうか」
覚悟は決めた。限界を知った。だが、それで戦えるようになるかは別だった。
陽は自分が戦えるのかを知らなかった。今までのような戦いでは、守ってもらうだけで誰かを守れない。
そんな彼の悩みは、ステラの一言で解決する。
「なら、私が試してやろうか?」
解決する方法は、手合わせだった。
「丁度いい。君も確かめてくれ、私も覚悟を」
2人は背を向け合い、何歩か歩いた。
「わかった、よろしく頼む」
「それでは、行くぞ!」
ステラの号令により、2人の戦いは始まった。
-竜鎧- 才藤かづき @kadzuki0419
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