エピローグ 幸せな日々の始まり
紋様魔術による柔らかな光に照らされたベッドで、銀髪の女性が眠っている。俺はそのベッドサイドに座り、その女性――クレアの寝顔を眺めていた。
どれほどそうしていただろう。おもむろにクレアが瞳を開いた。
「――リオン、側にいてくれたのね」
「ああ、体調は大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで。でも……まさか、つわりがこんなに辛いとは思わなかったわ」
「アリスはわりと平気そうだったからな」
クレアがダウンしているのは、お腹の中に俺の子供がいるから。そう考えると幸せな気持ちになると同時に、少し申し訳ない気持ちになる。
「……もう、弟くんったら、そんな顔をしなくて良いのよ」
最近は久しく呼ばれていない呼ばれ方をして、俺は思わずクレアの顔を見た。
「あたしにとってリオンは、愛する旦那様であると同時に、可愛い弟くんでもあるの。だから、甘えたくなったら、いくらでもお姉ちゃんに甘えて良いのよ」
「……クレア、ありがとう」
辛いのはクレアのはずなのに、気を使われてしまった。クレアにこれ以上気を使わせないように、俺は大丈夫だよと言ってクレアねぇの頬を撫でつけた。
「そう言えば、ノエル姫殿下から書状が届いていたわよ」
「……ノエル姫殿下から? 要件はなんだったんだ?」
「以前の借りを返してもらうって」
「あぁ……リズの一件での借りか、なにか困ったことでも発生したのかな」
「どうかしらねぇ~」
なにやら、意味ありげな目で見られてしまった。
なにを考えているのかなんとなく察しは付くけど、ノエル姫殿下が好きなのはクレアねぇ。クレアねぇの考えてるような事態になるはずがない。……たぶん。
その後、クレアねぇと他愛もない雑談を続ける。そしてほどなく、クレアねぇが再び眠りについたので、俺は部屋を離れることにした。
「あっ、リオンお兄ちゃん!」
廊下を歩いていると、ソフィアがふわふわの金髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
クレアは、俺のことをリオンと呼ぶようになったけれど、ソフィアはいまだに俺をお兄ちゃんと呼んで甘えてくる。
「だってリオンお兄ちゃん。そういうコトしてるときに、ソフィアにお兄ちゃんって言われる方が興奮するでしょ?」
「………………」
恩恵で心を読まれたらしい。そして、心を読めるソフィアに嘘をつけないので、俺は精一杯の抵抗として沈黙した。いや、最初は背徳的な感じで敬遠してたんだけどな。一度一線を越えてしまうと、今度は背徳感が、ごにょごにょ。
「そう言えばソフィア、今日はお仕事はないのか?」
以前ほどではないけれど、ソフィアは今でも料理研究の第一人者として働いている。二日に一回くらいのペースで出かけているんだけど、今日はお屋敷でのんびりする日のようだ。
「これから行くところだよ~。でもその前に、リオンお兄ちゃんを探してたの」
「俺? なにか用事か?」
「うん。あの、ね。今日は、そろそろな日だから……」
ぎゅっと俺の腕にしがみつき、じーっと俺の顔を見上げてくる。アリス、クレアと妊娠して、けれどソフィアはまだ。今日は当たりやすい日と言うことだろう。
だから俺は、ソフィアと今夜の約束を交わした。
「えへへ、ありがとう~。それじゃ、シスターズの誰かを呼んでおくねっ」
「お、おう」
追体験で、知識だけは豊富になっていたソフィアだけれど、最初の二人での行為が衝撃的すぎたようで、そっちの方向にはまってしまったらしい。
なにがどうとは言わないが、ソフィアの部屋に行くと、誰かもう一人いることが多い。
……いや、まあ、俺も嫌いではないんだけど。
「リオンお兄ちゃんって、相変わらず素直じゃないよね。好きって言えば良いのに」
「むぐぐ……」
「ふふっ、それじゃあ、ソフィアはお料理の研究に行ってくるね」
ソフィアは笑顔を振りまくと、軽い足取りで走り去っていった。
ソフィアの後ろ姿を見送った俺は、その脚でアリスの私室へと向かった。
そうしてやって来たアリスの部屋の前。扉をノックをして部屋に入ると、アリスとミリィ母さんがおしゃべりをしていた。
「アリス、ミリィ母さん。もしかして……邪魔だったか?」
「まさか、そんなことないよ。ねぇ、お義母さん」
「ええ、もちろんですよ、リオン」
アリスと、ミリィ母さんがそう言ってくれる。そして、それに続くように「あー」っと、同意してくれるような声が上がった。
ミリィ母さんの腕の中にいる、可愛らしい男の子の赤ちゃん。
俺とアリスの子供である。
ちなみに名前はリアン。リオンとアリスの名前をもじっただけではあるのだけど、フランス語では絆という意味がある。異世界転生を果たした俺達の子供にはふさわしい名前だと思う。
女の子の場合はまた別の名前、アリスティアの名前をもじって――とかも考えてあったんだけど、それは次回以降に持ち越しだ。
それはともかく――
「リアンも、俺が来て嬉しいって思ってくれてるのか?」
「あー」
俺が問いかけると、リアンはちっちゃな手を伸ばして微笑んでくれる。
「うぅん、可愛いなぁ……そして、俺の言ってることが分かってるみたいだ。将来は、凄く頭の良い子に育つんじゃないか?」
「ふふっ、リオンが親馬鹿になってる」
「俺とアリスの子供だからな。きっと賢い子に育つと思うぞ」
「そうだね。でも、私としては、元気に育ってくれれば十分だよ」
優しい眼差しをリアンに向ける。そんなアリスに、俺は同意した。
「でも、可愛いことだけは間違いありませんよ。今でも、こんなに可愛いんですから」
リアンを抱いているミリィ母さんが幸せそうに目を細めた。もしかしたら、俺を抱いてくれていた頃のことを思い出しているのかもしれない。
「ねぇ、リオン」
「……うん?」
アリスに話しかけられて、俺は首を傾げる。
「幸せだね」
「うん、そうだな」
間違いなく幸せな日々を過ごしている。
「前世のお父さんやお母さんにも見せて上げたかったね」
「……それは、どうだろう」
思わず苦笑いを浮かべた。孫を見せれば喜ぶかもしれないけど、それが息子と娘の子供だと聞かされたら、前世の両親は絶対に卒倒すると思う。
「あぁでも、天国で見ていてくれるかもしれないね」
「あはは……」
異世界転生があるのだから、天国だってあるのかもしれない。だけど、その場合、息子と娘が結ばれた上、息子はハーレムを形成していることまで見られている訳で。
……いや、ミリィ母さんに見られている時点で、いまさらなんだけども。
「それとも、どこかに転生して、幸せにやってるかもね」
「そう、だったら良いな」
若くして死んでしまった両親。
結婚相手を見せることも、孫を見せることも出来なかった。
だから、たとえ巡り会えなくても、もしどこかで俺達と同じように生まれ変わって、そして幸せな人生を送ってくれているのなら……それほど嬉しいことはない。
――大丈夫よ、裕弥、紗弥。私達はずっと、貴方達を見守っているから。
不意に、そんな声が聞こえた気がした。それは都合の良い幻聴か、それとも……
分からないけれど、一つだけ分かっていることがある。それは、俺がこれからも幸せを求め続けると言うこと。
この世界で出会った、大切な人達と一緒に。
◇◇◇
リゼルヘイムの南に位置するグランシェス領。
かつては当主が殺されるという大事件が起き、更には伝染病の発生、飢饉と問題が続き、復興は絶望的だと思われていた。呪われた領地。
だけど――
グランシェス領を驚くべき速さで復興。国内でもっとも豊かな領地へと上り詰め、新しく建築されたミューレの街は、この世界でもっとも優れた街と呼ばれるまでに至った。
その街を作り上げたのは、当時の当主が妾に生ませた子供――リオン。そして、妻として彼を支えた三人の女性に、シスターズと呼ばれる女性達。
それに、先代の時から仕えていた使用人を初めとした者達だといわれている。
そのことに関して、リオンはこう語っている。グランシェス領が豊かになったのは、みんなのおかげで、自分はなにもしていない――と。
事実、後世に残されている伝承には、リオンは姉妹ハーレム伯爵と呼ばれた色狂いで、ただひたすらに女性を追いかけ回していた、なんて話もある。
けれど、彼に付き従った女性達が残したとされる手記などにはこう綴られている。
彼がいなければ、なにも始まらなかった。彼がいたから、自分達は頑張れたのだ――と。
事実は定かではない。
けれど――リオンは幸せを求めて当主の座を継いだといわれている。
であれば、リオンは目的を果たしたのだろう。彼が歴史の舞台から姿を消すまで、彼の周囲には絶えず、三人の妻やシスターズ。
それに、多くの人々が集まっていたと伝えられているのだから。
俺の異世界姉妹が自重しない! 終わり
俺の異世界姉妹が自重しない! 緋色の雨 @tsukigase_rain
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