第12話
「キャァァ―――!」
空間を切り裂くような女の声が劇場中に木霊し、バタバタとまだ劇場残っていた関係者が客席に駆け込んだ。
舞台の上、スポットライトを浴び、立ち尽くす男が一人。男が手に持ったナイフから滴り落ちる赤い雫の行く先には女が一人横たわる。
「こ、これは! どうしたんです? 一体何が……」
駆けつけた関係者達は舞台の下、客席の通路にいる男と女に聞いた。
「突然、あの人が女の人を刺したのよ」
女は男の腕にしがみついて体を震わせ答え、女が腕を絡めている男はコクリと頷く。舞台に立ち尽くしている男の視線は舞台下の女に向かって注がれ、男の視線を感じた女は唇をかすかに動かした。
「僕が刺したんだ……」
男は呟くように小さくそう言って、舞台から客席の方に体を向けると、ナイフを両手で握って大きく振りかぶった。
男の体の中心をナイフがとらえ、男は横たわる女の体の上ガクリと体を重ね、虫の息の女はその重みを感じて呟く。
「貴方……。嬉しいわ……。一緒に逝けるのね……」
痛みに苦しみながらぼやけていく視界に女を捕らえて男はニッコリ微笑んだ。
「そう、逝くんだ……」
一瞬のことで、何が起こったのかわからないまま、自分にしがみ付いて震える女を男は抱きしめる。
血まみれの舞台に男は女が更に怯えているのではないかと女を見つめたとき、女は射るような視線を男に向けてそっと唇を動かした。
「願いは叶うわ……」
その言葉はまるで何かの呪文のように男の耳に響き、男は女を逃がさないように胸の中に抱きしめ、女は男の背中に腕を回して体を密着させる。
「あの方には申し訳ないが、貴方が無事でよかった」
駆けつけた中の一人が男に向かって言った。
「なんせ貴方はこの劇場に無くてはならない人ですからね。いや、本当にご無事で何よりです」
人々の安心したような声にフッと、男の腕の中で女は微笑する。女の笑みに気づく者は一人も居ない。寄り添う二人は連れ立って舞台を後にした。
それぞれの想いはそれぞれの道を歩んだ。例えそれがどのような結果であろうとも。
物語を動かしたのは一人の女の一言。
己の欲望のための一言だった。
言葉は時に優しく、言葉は時に残酷に。男はその言葉に翻弄された。
言葉は人を惑わし、言葉は人に真実を。一人の女の水底に眠る意識を迷わせた。
言葉の力は強く、言葉の力は諸刃の剣。男は女に身を委ねた。
言葉の術は解放され、言葉の術で拘束される。意識に飲み込まれながら意識のもと動く。
欲望と理性は表裏一体。どちらが表でどちらが裏か。
男の願いは……。女の想いは……。
叶ったのか? 叶わなかったのか?
それは、それぞれ。それぞれの思いと気持ち次第。
「さてさて、今宵の舞台も終焉。事の起こりで吾人は……、いや、劇場は暫しの休息、暫しのお別れ。そう……、吾人も流される者。流れに逆らう事は無い。いや、吾人にあるのは……」
クスクスと案内人の笑いがこだまする中、劇場は幕を閉じ、静かに街の闇の中に溶け込んだ。
あぁ、そして、人々は物語を紡ぐ。
絡まり、解かれ、交わり、別れ……。繰り返される自らの物語を自ら観客として眺めることは出来ない。
そう、故に人は物語を紡ぐのだ。
同じ世界に居ながらにして、同じ世界に立たぬ者達。
全ての激情は劇場の中にて。
己のゲキジョウは何処に在りや。
さて。
アナタの物語は一体誰が、一体何が、一体何処で。
どんなゲキジョウを紡ぐでしょう。
ゲキジョウ 御手洗孝 @kohmitarashi
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