第29話:反転的な日常

 上機嫌なエイミーに送り出され、ジェイは拠点裏側にある女子寮の方へと向かった。グロウルの部屋は幸いにも一階の正門寄りにあるため、窓から呼びかければ他の人に頼まなくとも会えると踏んで接近する。

 しかし、そのグロウルの部屋に大穴が開いているのが見えた。

「!?」

 大工さんが穴の具合を調べて話し合っているすぐそば、集まって騒いでいた女子隊員たちがジェイに気づく。

「あっ、グロウルさん好きな子」

「新人くんだー」

「グロウルさんナイスバディだったでしょ」

「気絶してもしゃあないやつだったね」

「ちがっ……」

 好きなのは違わないが、その話は完全なる風評被害だ。

 女性陣からの強力な揶揄をなんとかなんとかやり過ごし、グロウルの居場所を聞き出す。

 竜舎。

 まさかと思いながら、駆け戻ると――声が聞こえた。

[坊ー!!]

 腕が熱を持つということはつまり。

「グロウルさんっ!!」

[わーん、坊ー……!!]

 竜舎入口からほど近く、グロウルの柵に赤竜が再び収まっていた。

 柵の前には制服姿のフリードと、青いワンピースを着たルミナもいる。

「お、来たね」

「……寮の壁を破ったグロウルさんが錯乱していましたので、竜舎に転移させましたの。通訳をお願いいたしますわ」

「はい!」

[昼寝から起きたら、竜になっとったんや……!]

「お昼寝から起きたら竜になっていたそうです」

「戻れませんの?」

[やっとるんよ……]

「も、戻れないそうです……!」

[なんでやー……さっきまでは平気やったんに……]

 涙声が痛々しい。

 難しい顔で悩むルミナの横で、フリードが呟く。

「あの瓶、もしかして似たようなのが他にあるんじゃない?」

[はあ!?]

「瓶一本取り戻されただけで魔女が復活するのは迂闊だと思う。グロウルさんはいわば冤罪の被害者であって、勇者やお仲間さんとか、フシュトの魔女さんたちからの人望も厚い。……俺なら、絶対に解かれないように瓶を複数わける」

[うぐぅ……]

「何か言ってる?」

「いえ、呻いてます……」

「そ、そうか」

 彼は気まずそうに一歩引き、傍らの秘書に問う。

「ルミナはどう思う?」

「……たしかに……そうですわね。わざわざ『全身の血を抜かれて』と書いているのなら、あの瓶に入っていた量では足りなかったかもしれません」

「瓶はどこに……?」

 気絶していたジェイは詳細を知らない。

「グロウルさんが飲み干すなり砕け散ってしまいましたわ」

 カケラは回収したものの、組み立てるにも苦労する粉砕具合らしい。

「魔女のグロウルさん的に、呪物って分けられるのどうなの? そこらへん絶対俺らより詳しいだろう」

 フリードの問いに、グロウルの体が震え始める。

[……抜いた血を、小分けに入れよったんやな……! あの陰険神官娘めぇ!!]

「なんて?」

「えっと……抜いた血を小分けで瓶に入れたのではとのことです!」

 後半の罵倒は抜きで伝達する。

「ああー、やっぱりそういう……できるのかー」

 聞いたルミナが唇を噛んで悔しさを滲ませる。

「申し訳ございません、グロウルさん。複数ある可能性に気付いていれば、飲む前に瓶を調べることもできましたのに……!」

[……いや、ウチの方こそ迂闊やった……]

 伝えると、沈黙の帳が落ちる。

「「「…………」」」

 気遣いのグロウルは責任を感じてか黙り込んでしまったが、やがて強烈な光を発した。

 ジェイは嫌な予感がして制服のジャケットを脱ぐ。

 光が収まるなりやはり人間の——裸のグロウルが現れたので、慌てて駆け寄って着せた。

「め、めっちゃ気合い入れたら、戻れるわぁ……」

 青白い顔で笑ってみせる彼女が痛々しい。

 ルミナが厳しい表情で告げる。

「血が足りないから完全には戻れないのでしょうね。……そんな状態で気合い入れるだなんて、比喩抜きで寿命縮みますわよ。やめなさいな」

「ひゃっ……坊、ありがとな!」

「あわわわ!?」

 グロウルは慌ててジャケットをジェイに返してくる。

 直視できずに目を塞ぐジェイたちの目前で、今度は弱い光で竜に戻ったグロウルがぐったりと地面に体をつけた。

 いてもたってもいられず、駆け寄って彼女のお腹をさする。

「ぐ、グロウルさーん……!」

[坊……気持ち嬉しいんやが、あんたの腕が魔力吸うんよ……]

「!! ……すみません」

 離れようとしたところで尻尾に巻き上げられる。

[元気になったら乗せたるからな]

「……力になれなくてごめんなさい」

[何を言う。坊が《悪魔》から取り戻してくれたんやから、それで文句言ったらばち当たるわ]

 泣きそうだった。

「……相棒制度……」

[おう。ええぞ]

 降ろされて、フリードとルミナに向き合う。

「探すしかないということで、《血酒》の情報を外秘として飛竜隊に共有するよ。数は少ないが、他の国に飛ぶ国際配達だってある。国際の隊員はフットワークが軽くて喋り好きが多いから、余裕があるときは情報収集をしてくれるはず」

「加えて、グロウルさん自身が配達で動くことで《血酒》の気配を感知する可能性が高まりますわ。相棒制度にも申し込んでくださいませ」

 フリードからプレゼントされたであろうワンピースのスカートを揺らし、ルミナはジェイをびしっと指さす。

「……あなたにはたくさん資格を取って、万能選手な隊員になってもらいます。ボスさんとの約束を果たすため、なによりもわたくし自身の誓いのため、あなたを育て上げます!!」

 ボスとどんな約束をしたのか、ジェイにはわからない。

 しかし、隊員として育て上げてくれるのならばありがたいことだ。

「お願いします!」

 資格を取っていけば活動範囲が広がる。グロウルに報いることができる。

「よろしい! 明日からのフライトも頑張ってくださいませ」

「はい!!」



 隊長と秘書が去ってから、ジェイはグロウルの柵の中でグロウルと対峙する。

[明日からはウチか? ウチやろ?]

「うん。グロウルさんがよければぜひ」

[よーし、乗せたる!]

「ありがとう」

 彼女がもじもじとしていることが伝わってきて、顔を覗き込む。

「……どうしたの?」

[ウチな、飛竜になって長いけど……誰もたくさん乗ってくれへんから寂しかったんよ。放牧場には出られるけども、遠くには行けへんかった。……やから、坊が来てくれて嬉しいんよ]

 緑の目はあの少女と同じだった。

 胸が痛いのを無視して、回らない口を動かす。

「ぼ、僕も……グロウルさんと会えて嬉しい」

[ほんとぉ?]

「うん」

[ふへへ……嬉しいわぁ]

 表情のすべてから、目の前の飛竜が彼女グロウルであると感じ取る。

「……ルミナさんに相棒制度のこと聞いてくるよ。ちゃんと申請して……登録してもらう」

 隊長からは「専属にするには十分」と言われた覚えがある。

 登録できれば相棒だ。エイミーとミトアのように、フリードとローチのように。互いを信頼し合う関係でいたい。

 そしていつか血をすべて集めるのだ。

 その暁には、告白の決意を果たしたい。

[……これからもよろしくな、相棒]

 そっと差し出された指……爪が刺さらないように気をつけてくれるのがわかる大きな指を、ジェイは愛を込めて手で包む。

「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」

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王国飛竜隊は本日も盛況 金田ミヤキ @miyaki_kanada

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