第28話:決意的な飛行

 本日の配達は王都から少し離れた大きな街。遠距離配達資格が必要になる円のギリギリ内側……という位置にあるそこは、飛竜隊の広報で開拓した新規顧客なのだとか。

 当然、昨日ようやく正式な隊員になったばかりのジェイ一人ではなく、何人かの先輩たちと向かっているところである。

 飛竜はドゥール、緑竜四兄弟の一匹。先輩たちは他の兄弟に乗っている。

[いぇーい、ジェイくんの操縦だー!]

「い、いえーい……!」

 体力があって体も大きい彼は、少しの風が吹いたくらいではびくともしない。重たい荷物をぶらさげても平然と飛んでいるところに他の飛竜たちとの違いを感じる。

[楽しいねー。今日はとってもいいテンキ!]

「ですね」

 雲がほとんどない晴天とうららかな春の日差しが心地よい。

[初めて飛ぶとこだね! わくわくだよ~!]

「ドゥールさん、飛ぶのが楽しいんですね」

[うん! 今日はどんなとこなの?]

「芸術街ってところです。呼び名の通り、芸術家さんやデザイナーさんが集まってるみたいですよ」

[たのしみ]

「ですね」

 ジェイも楽しみだ。

[アネゴにお土産買うの?]

「え?」

 なぜここでグロウルの話題?

[ジェイくんアネゴ好きでしょ]

「ふぉお……!? な、なぜに、なぜですか」

[えー? 見てればわかるというかぁ……飛竜中のウワサというかぁ]

「人のみならず飛竜さんたちまでも!?」

 航路と荷物配分の打ち合わせの最中、先輩方に隙あらばいじられていた。今も他の隊員たちがニヤニヤしている。

[アネゴきれーだもんね。飛竜のときも、にんげんのときも]

「いやあの、えっとえっと」

[おうえんする!]

「……応援アリガトウゴザイマス……」

 顔を覆いたくなったが、フライト中にそんなこともできず、進路修正に手綱を引き直した。先頭の隊員が手で合図をして、後方はそれに従う形だ。

 その後もドゥールはあれこれ話しかけてきたが、宥めてなんとか芸術街に到着する。着陸場所は町の入り口すぐの開けた平地。普段は音楽家たちがコンサートをしたり、出店が出たりなどする場所らしい。

 各々の飛竜から荷物を外して準備していると、ドゥールが制服の袖をかふっと咥えた。

「? なんですか、ドゥールさん」

[コクハクする? コクハク!]

「……。その。もう少し、お互いを知ってから……」

[ほかの人にとられるまえに、コクハク!]

「…………」

 見目麗しい才気煥発の大魔女。

 魅力的に思わない人の方が少ないだろう彼女――

「……こ、告白……」

[そう!]

「…………」

 先輩が呼ぶ声に気付いて立ち上がった。

「……。してみるよ」

[いえーいだね!]

「いえーい、です」

 決意を胸にしまいこみ、仕事に集中する。



 芸術街の依頼者は画材を扱う商人たち。王都の市場に集まってくる外国からの商品を運んでくれとのことで、様々なものを運んだ。

 現在、竜舎の脇でエイミーに思い出を語っているところ。

 ほぼ同タイミングで着陸したことで「気が合いますなあ」「ですなあ」などとふざけあっていたら、互いの行先を披露する流れになったのだ。

「いいなー、楽しそう!」

「面白かったですよ。報酬金の他にお礼と言われてパフォーマンスを見せてもらったんですが、大きなキャンバスに大きな絵筆で風景を描くんです」

「タメ口」

「ハイ。……いや、うん! エイミーさんは、」

「呼び捨てっ」

「エイミーは。……どこに行ったの?」

 彼女は嬉しそうに、植物で編まれた袋状のカゴを見せてくる。

 そこには採れたてと思しき綺麗な川魚が収まっていた。

「王都南西、パッジ渓谷! 漁師さんたちに道具を配達してきたよっ。これは分けてもらったのー!」

「すごい。良かったね!」

「えへへへ。あたしも釣りやるって聞いたら、今度釣りしようっておじさまおばさまたちに誘われちゃった。釣りやる女の子って珍しいもんね」

 そうは言うが、きっとエイミーは年配の方にも可愛がられるのではないかとジェイは思う。

 魚を食堂にも分けるというので、ジェイも運ぶのを手伝うことにした。

「そういえばさ、ルミナさんの最終授業、何にしたの?」

 研修最後は新人が好きな内容をリクエストできるのが慣習らしい。

「グロウルさんの血のことにしたよ」

 なぜ《血酒》を飲んだ伯母が悪魔になってしまったのか知りたかった。

「なるほろ。どんな感じ?」

「……飲んだ人が悪魔になるよう瓶の装飾を整えたのがマニエラで、『自分たちは悪魔を倒す正義だ』って示すために罪人とかそういった人に国内で飲ませてたんじゃないかということらしいです」

 マニエラにおける悪魔討伐の歴史を調べた彼女から、そう告げられた。百年と二十年前ごろから事件の発生が激減したのは《魔女の血酒》がマニエラから奪われたことに起因するのではないかとのこと。

 なお、グロウルの信奉者は悪魔崇拝のみならず魔女の一部にもいるそうで、そういった魔女たちが最初に《血酒》を盗み出したのではないかとの推測も付け加えて教えてくれた。

「ジェイ怒ってるね」

「それはもう怒りますよ! 激減したらしたで『悪魔は恐れをなして姿を消した』とか……都合が良過ぎ!!」

「あはは……」

 王国北東部出身のエイミーがマニエラへのフォローを入れる。

「歴史的にも政治的にも仲は悪いけど、仲悪いのってグローリアなら王族、マニエラなら教会関係者だからさ。そこから離れれば、いい人もたくさんいるよ」

「……はい。でも、教会の人たちはひどいです」

「あたしもそこはそう思う!」

 話しているうちに食堂に到着する。

 エイミーは慣れた様子で食堂の親父さんに声をかけ、カゴごと魚を引き渡した。帰り道にミトアとトイグランのことを教えてくれる。

「あの二匹、仲直りしたみたい。落ち込むミトアが餌を盗み食いされてるうちに、落ち込んでたことが馬鹿らしくなったみたいで」

 今では盗み食いをされては踏んづけるあの関係が戻ってきたそうな。

「あはは……」

「そうだ。これから予定ないなら、ミトアたちのとこついてくる?」

「予定。……あああありますね……」

「なんで目が泳いでるの……?」

 ドゥールの前での決意は、時間が経ってしまったこともあってか少々効果が弱まってきていた。

 拠点から連れ出されて竜舎のそばへ戻る。

 あっという間に聞き出されてしまったジェイはベンチに突っ伏すが、エイミーはきゃあきゃあとはしゃいで飛び跳ねていた。

「あはははは! そっか、グロウルさんに告白ね!」

「……うん……」

「いいと思う。少なくとも悪い反応じゃないと思うし、断られてもグロウルさんはジェイの面倒を見てくれる人だよ!」

 望みを繋げそうで良かった……という後ろ向きな姿勢でありつつも、なんとか立ち上がった。

 ジェイは背負いっぱなしだったリュックから、スケッチブックを取り出す。

 赤竜の姿のグロウルのスケッチ――それに色付けたもの。

 今日完成させたが、絵具と絵筆を買ってくれた彼女には真っ先に見せなければと思っていたのだ。

「おおっ! 色塗ったの? すごい!」

「芸術街の人たちに教えてもらいまして……」

 塗るときのちょっとしたコツを教わり、ルミナからもらった教本も参考に丁寧に色を塗った。初めての挑戦だったが、意外と上手くいった……と思う。

「上手」

「ほ、ほんとですか?」

「タメ口」

「……うん」

「ふふふ。……あたし、絵のこと全然わかんないけど、すっごい上手だと思う! グロウルさんっぽさも出てる」

「ありがとう!」

 何より嬉しい評価をもらって、うへへと浮かれるジェイに、エイミーは「こんなに明るくなって……」などと呟いてホロリとしていた。

「……でもあのこれ、描かれた側って気持ち悪かったりするんじゃ……」

「明るくなったと思えばすぐ落ち込む……気持ち悪くないよっ。ドワーフさんたちだって似顔絵に喜んでくれたんでしょ? 笑顔を思い出せ。思い出すんだジェイ!」

「うううう……はい……」

 故郷と自分自身による呪縛は解けてきていると思いたいが、ふとしたときに「自分ってなんてダメなんだろう」と思い込んでしまう癖はまだ抜けない。

 これからだと思いなおし、エイミーには色付きのミトアの絵をプレゼントする。画材のお礼としてはこちらが本命。

「ひゃああぁ、ミトアだー! あたしの相棒っ」

 飛び跳ねて喜ぶ姿に、胸が温まった。

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