第27話:飛竜的な質問

 研修最終の翌日は午後からのフライトが一件。

 朝イチでの最後の授業も受け終えたジェイは、午後の勤務に備えて昼食を食べに拠点食堂へ向かった。

 本日の日替わりメニューは野菜のくたくた煮とミニステーキ&パン付き。入り口で札を取るなり迷いなく注文する。

 昼頃で混雑する食堂内で良い場所を探していると、窓際の席にいるフリードと目が合った。手招きされて相伴にあすかる。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。……ところでステーキ要らない? 口つけてないよ」

「……なんでステーキ頼んじゃったんです」

 ジェイが頼んだのと同じ日替わりメニュー。この日替わりメニューというのは「疲れ切っていて注文を考えたくない。でも同じものばかり食べたくない。ついでにボリューム欲しい」……などという隊員の願いを叶える取り組みなのだそう。

 どう考えてもフリードが食べられると思えなかった。

「ルミナが注文したんだよ……俺は単品サラダで良かったのに……」

 ぶつぶつ言いながら、くたくた煮のスープを口に運ぶ。

「……スープにつけて食べるのは……?」

 春野菜を名前の通りくたくたな状態になるまで煮込むこれは、栄養たっぷりなグローリア料理だ。澄んだスープはほのかな酸味と程よい塩気で良いお出汁。

 そんな料理であるから、ステーキとの相性も悪くはないと思うのだ。

「う……やってみるか……」

 ナイフで細かく切り分けていく。

 見ているうちにジェイの方にも届いたので食べ始めると、フリードがじっと見ているのに気がついた。

「その後、腕は大丈夫?」

「はい」

「良かった」

「心配してくれてありがとうございます。……」

 表情には出ないが、スプーンを動かす手が何度も止まる。

 食事を楽しめず、眠りも味わえず、どんな享楽も受け止められない。フリードはジェイの腕を心配してくれたが、三大欲求が欠けた彼の方が大変なことだと思っている。

「そんなに心配しないでいいよ。飛竜隊隊員の8割が厄介な体質か呪いを抱えてるわけで……少しくらい魔力が入った人間の方が飛竜は好むんじゃないかと俺は思ってる」

 確かめてはいないらしいが、その見解はルミナとも一致しているそうな。

 これ以上フリードの体質に踏み込むべきではないと感じ、話題を変える。

「……そうだ。隊長にお聞きしたいことがあったんです」

「パンもらっていいですか、とか?」

「いやパンはさすがに食べて欲しいんですが」

 さりげなく皿に置いていこうとする手を押し返す。

 むしろそれさえ残すつもりだったのかとかそんな驚きはあったものの、一枚の紙を取り出す。

 入隊のきっかけと趣味・好物を問う質問用紙だ。特定の飛竜に伝えたいことがあればというていでのコメントコーナーもある。

「おお? ……何かに使うのかな?」

「答えてもらったことを飛竜さんたちに伝えるんです」

 魔物と話せるアドバンテージの活用については、ルミナやグロウルと話し合ったり、飛竜たちと話したり観察したりなどとあれこれ探っていた。

 結果——「人間が飛竜のことを知りたいように、飛竜も人間のことを知りたい」という真理に辿り着いたのだ。

 試しに協力してもらったミトアにエイミーの好物を伝えると、彼は非常に喜んでくれていた。ほかの飛竜たちも同じく。

「面白い試みだね。いいと思うよ」

「ありがとうございます! ただその……どうしても僕が目を通すことになりますので、難しい場合は断ってくださって大丈夫です。書きたい部分だけ書いても大丈夫ですよ」

 そう前置きするようにと言ってくれたのはルミナ。事情がある隊員もいくらか存在しており、その人たちは謝りつつも断っていた。

 この企画を知って興奮していたローチが脳裏に浮かぶ。かなりの事情がありそうなフリードはどうだろうか……

「わかった、やる。いま書くから待っててくれ」

「! ありがとうございます」

 きっとローチが大喜びするはずだ。

 ジェイは空腹もあってすぐに食べ終えたが、フリードは食事の手を緩めるたびに書く。どちらの作業が主であるか一目瞭然だった。

「ちなみに、コメントってみんなどんなこと書いてたのかな?」

 差し障りない範囲で教えてほしいと言われ、あらかじめ本人達に許可を得た事例を紹介する(これもルミナのアドバイスだ)。

「えーと……『いつもありがとう』ってメッセージが多いんですが、例えばエイミーさんは『一緒に山に行こうね』だったり、トイさんファンの方は『愛してる』だったりと、皆さん自由に書いてくださってます」

「ほんとに自由だな……」

「はい」

「俺は『おでかけしよう』にしとこう。……はい、これ。ローチに伝えておくれ」

 折り畳まれた用紙を受け取って預かる。

「立ち会いでお伝えすることもできますよ」

「そっか。じゃあタイミングが合う時によろしく」

「はい。……」

「? どうした」

 意を決し、だんだんと自覚し始めた気持ちについて相談を切り出す。

「……隊長は、女性を見て胸が高鳴ったことはありますか?」

「…………。たぶん相談相手を間違えてるよ」

 三大欲求が欠けた彼には性欲がなく、必然的に恋心もない。気付いていた。

「だってその……恋愛の話をできるくらいに親しい同性の知り合いが隊長しかいないんです……」

「知り合いつくればいいのに……」

「……グロウルさんのことなんですよぉ……」

 話題はグロウル、これまで乗っていた飛竜について。いや、元飛竜というべきか。

 彼女が人間であったことは、伝説の大魔女であることを伏せた上で飛竜隊全体にも伝えられている。隊の女性寮で暮らし始めた彼女が、少々デリケートな扱いをされる存在であることは否めない。

「つまりあれか。人間に戻ったばっかりのグロウルさんに抱きつかれて気絶したのはそれもあっての——」

「違います! その時はタイミングが悪かったんです……!」

 抱きつかれる前から頭がぐらんぐらん揺れていて、体力が限界だった。

「わかったわかった。さっさと告白しておいで」

「無理ですよ……! 僕のこの想いはそもそもグロウルさんへの甘えと混同している可能性もあって、上空での緊張と興奮も影響しているのかと……それに、飛竜のグロウルさんも女の子のグロウルさんもどちらも見てて胸が苦しいんです……! グラタンを食べる女の子のグロウルさんと、普段お肉を食べてる飛竜のグロウルさんの表情と仕草がそっくり同じだってことに気づいたときにはもう、気づく自分の執着に恐ろしくなってしまうんです!」

 思えば出会ってすぐから彼女を目で追ってばかりいた。飛竜であるならば「故郷では珍しかったから」で済ませられるのに、いまでは彼女は人間だ。

「赤裸々かつ生々しい分析を聞かせてくれてありがとう。でもここ食堂だからみんな聞こえてるよ。性癖を共有したいなら別だが、いったん落ち着いた方がいい」

「わかる、わかるよ新入りくん! 私もトイグランちゃんに乗ってるときはもう――」

「だまれ変態」

 鋭い一撃が入って《トイさんファン》が崩れ落ちる。なお、彼女が飛竜隊の副隊長であることを研修中に聞いた。

「……相談されたって俺が助けになれるわけでもない。すぐ告白するか、アプローチをしてみてから告白するか。それとも何もしないか。これくらいじゃないか?」

「ううう……すみません、苦手分野なのにアドバイスをくださって……」

「ははは、事実だけどさらっと失礼だなー」

 フリードはくたくた煮の具材+ステーキを食べ終え、パンをスープに浸し始める。

「……そうだ。俺の方も相談に乗ってもらおうかな」

「僕にできることでしたら」

「ルミナって何色が似合うと思う?」

「色、ですか?」

「うん」

 金髪碧眼のルミナに似合うといえば……

「お綺麗な方なので、澄んだ青とか。ピンクも可愛いと思います」

「ふむふむ、青とピンク」

「なにかプレゼントなさるんですか?」

「服。いつもお世話になってるから、市場で買おうと思って」

 そこまで言ったところで、復活した副隊長が口を挟んだ。

「いやここは白でしょう」

 続いてほかの隊員たちも次々と声を上げる。

「金髪には黒も映えますぜ隊長」

「緑! 緑の髪飾りつけてるの似合ってました。緑が良いっす」

「その時に着てた赤のドレスも美人だった」

「ふわっと広がるスカートがいい! 足見えてめっちゃ可愛かった!」

「うわ、なんだいきなり」

 ルミナに似合う服の意見に加え、主に女性隊員からの手厳しいコメントが入る。

「やっとくっつくんですか?」

「その甲斐性はなんのためにあるんだとやきもきしてました!」

「お前らめちゃくちゃ無礼だな!?」

 一気にもみくちゃにされるフリードを見て、隊長としても、一人の人としても慕われているのだなと思った。

 ジェイは「お疲れ様です」とその場を後にする。背後でフリードが助けを求める声がしたが、勤務時間が迫っていて応じられなかった。

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