エピローグかもしれません

 さて、ひとつ明らかになっていないことがある。

 僕はそれを本人の口から聞き出すべく、再度シダキ様に檻をつくってもらい、ツバキバラ様を閉じ込めた。シダキ様が笑っているのを気にも留めない様子で、赤い角の檻を殴ったり蹴飛ばしたりして抵抗した後、ツバキバラ様は諦めて、ふてくさるようにあぐらをかいた。

 僕は論理的かつ感情的に、ツバキバラ様へ言葉を浴びせる。長話に痺れを切らして自分から白状してくれるのではないかという期待を込めて。

「マモネさんとタツネさんは、自分たちの前世の不幸の原因といえるオオクラを彼女たち自身の手で葬り去るべく、金平糖に毒性を保持したままの着色料を塗り、それを僕たちの元へ納品しました。そしてそれをオオクラ様に献上するのは、ツバキバラ様、あなたの仕事です。

 ですがあなたは、納品された金平糖に対して、ある不可解な処置をするように僕に命じました。覚えていないとは言わせませんよ。金平糖のトゲトゲを削り、それを酒で洗浄するように言ったのです。ああ、この作業がどれだけ面倒なことであったでしょう。僕は泣きながら――ええ、本当に泣いていましたとも。泣きながらその作業に従事しているところを、この慈悲深いシダキ様が見かねて、声をかけてくれたのです。そして僕があなたの命じた理不尽な指令のことを正直に話しますと、シダキ様は何かを察したようでしたが、その内容を僕に教えることなく、金平糖を大きくしてもらえば作業が減るはずだからと、マモネさんのところに連れていってくれたのです。そういえば、あれが彼女との初対面でした。まさかあのときは、彼女がオオクラを仕留めようという悲願をその胸の内に抱えているとは思いもしませんでしたけれど!

 おかげでマモネさんは自分たちの計画がバレたのではないかと不安になったわけですが、それはここでは関係ないのです。むしろ、彼女たちの願いが、ある意味では横取りされたということに問題があるのですよ、ツバキバラ様。あなたは彼女たちの身の上話に一切の興味を示さなかったわけですが、あなたが突起を削いで酒を纏わせろと命じたために――正確には、その酒のせいで、オオクラは苦しむことになったのです。彼女たちの用意した毒は、ほとんど無力化されたんですよ。いうなれば、彼女たちふたりが宿敵に向けて健気に握り締めた小さなナイフを、あなたは叩き落としたばかりでなく、チェーンソーでその宿敵を葬り去ったわけです。おかげで彼女たちの罪は軽くなりましたけれども。

 さあ、ここが僕の納得がいかない部分なんです! どうしてあなたは、あんな理不尽な命令を僕に下したのでしょうか。結果だけ見れば、まるで彼女たちの思惑に気づいたあなたが、彼女たちが手を汚す必要はないだろうと代わりにオオクラを裁いたようにも見えます。ですがそれならば、わざわざトゲトゲを削る必要なんかないのです! 今回の手口がまさにそうであったように、金平糖の突起は、表面積を増やすために都合のいい役者なのですから、それを削ぐのはいささかナンセンスなんですよ。酒を塗りたくりさえすれば、オオクラを仕留めることができるんですからね。さて、ツバキバラ様。そろそろ観念して、あなたが何を思ってあんなことを指示したのかを白状なさってください。そうでなければ、面倒くさがりのあなたは、唯一の部下であるこの僕に、よりにもよって姉妹の復讐を代行した慈しみの神として扱われることになるんですよ!」

 これだけ長々と心を込めて主張をしたのにもかかわらず、信じられないことに、ツバキバラ様の返答は「じゃあ、そういうことで」だけだった。

 僕は涙目になりながらシダキ様を見る。彼はため息をひとつしてから、あぐらを組んだツバキバラ様へと視線を流した。

「自分の口で説明したくないほど恥ずかしいなら、代わりに僕が君の弱点をスルガくんに教えるけど、かまわないかい?」

 ツバキバラ様は目を逸らすと、ふんと声に出してから黙り込んだ。沈黙は、了承と見なしていいらしい。

 シダキ様が僕に説明してくれたのは、次のようなことだった。昔話をする都合上、なんとなく子どもに聞かせるような口調になってしまうけれど、そこは見逃していただければと思う。


 僕が転生するよりもはるか以前のこと。転生体としてではなく、神界で生まれたツバキバラ様とシダキ様は、それはそれは昔からの友人でした。ツバキバラ様の方は友人という点を否定していますが、この不一致はさほど問題がありません。

 さて、まだ小さかった頃でさえも、ふたりの力はかなり大きなものでした。特にシダキ様は、幼少期より角を体表にいくつも生やすことができました。

 あまり納得がいかないかもしれませんが、この「角を生やす」というのはかなり難しい作業で、自分の力の一部を固めて体の外に出し、それを回収するというのは自殺にも等しい行為でした。意外と、つくった角を再度エネルギーに変換して体内へ取り込むということが難しいのだそうです。たいていの場合は、角にしたもののエネルギーを回収できずに本体が衰弱していくようです。檻をつくったり自分の部下に与えたりを自在にこなすシダキ様の、いかに器用で偉大な神であることか。

 さて、シダキ様は昔よりイタズラ好きというか、物事を観察するのを好む傾向がありまして、自分のその能力を用いて、誰かを驚かせてみようと思い立ったようなのです。その矛先は、あわれ、友人であるツバキバラ様に向けられました。

 まず、ツバキバラ様を呼び出しておいて、しばらく待たせておきます。そしてシダキ様は、白く大きな布を頭から被りました。布はすっぽりと、小さな彼の体を包み隠したので、ちょうど人間が恐れているもの――オバケのような格好になったのです。

 そしてツバキバラ様の後ろに回りこむと、バケモノのような声で彼の名前を叫びながら駆け寄ったというのです。これだけだと、奇妙な布が自分の名前を呼んで追いかけてくるだけなのですが、シダキ様はその力を駆使して、このオバケをもう少し不気味に仕立て上げました。布の下の体から、無数の角を出しては引っ込めたのです。固めの布は角が貫くことを許さなかったので、絶えずぼこぼこと体の表面を波打たせるバケモノが完成いたしました。この頃のふたりは、人間でいうところの4歳か5歳くらいの年齢でありましたので、このバケモノは幼いツバキバラ様を酷く怖がらせたのです。

 人間には先端恐怖症という病が時折見られますが、この日以来ツバキバラ様は、いうなれば突起恐怖症とでもいうべき心の傷を抱えることになりました。戦好きでもあるツバキバラ様は、刀や剣など先端の尖ったものはとても好むのですが、先端が少し丸まったもの――ちょうど、金平糖の表面の突起のようなものを見ますと、たちまち気絶してしまうのです。

 さて、何百年もの時が過ぎまして、ツバキバラ様にはスルガという部下ができ、退屈ながらも穏やかな日々を送っておりました。しかしある日、神界にとって脅威となりうる悪魔が神として認められると、ツバキバラ様は新たに、その神様に菓子を献上する仕事を命じられたのです。その菓子というのが――さあ大変! 何と彼にトラウマを引き起こす、金平糖だったのです。

 ツバキバラ様は酷く困りましたが、あることを思いつきました。自分の部下に、金平糖の突起を全て削らせればよいのです。しかし、いくら気に食わない上司であろうと、やすりで削ったままの金平糖を与えるのはいかがなものかと、彼の小さな良心は痛みました。やすりで削ったままではさすがに衛生上よろしくないだろう。何か起きて責任を取らされても困る。消毒をした方がいいかもしれない。だが、口に入れても問題ないもので、消毒できるものといえば……。そうだ、酒だ!

 そしてツバキバラ様は、削った金平糖を酒で消毒して、何食わぬ顔で神様へ献上したのです。それがこのあと、どんな事件を引き起こすのか知らずに……。


「しょうもないですね」

「うるせぇバカ!」

 檻の向こうで、ツバキバラ様は血管を走らせて僕に怒鳴り返した。

 なんと馬鹿馬鹿しいことだろう。慈しみの神の正体は、突起物恐怖症だったのである。

 トラウマをつくった張本人であるシダキ様が、ツバキバラ様をかばうように――いや、貶めるようにかもしれないが――少し情報を付け加えた。

「突起といっても判定が微妙でね。角自体は怖くないみたいなんだよ。先が丸まってると、ダメみたい。かといって指とかは、怖くないんだって。たぶん、長さがあるからじゃないかな。足の指なんかは丸まってるし短いから、あんまり得意じゃないみたいだね。ああ、猫の肉球ってあるでしょ? あれはてんでダメみた――」

 彼の言葉は、檻を殴りつける音に遮られる。ツバキバラ様の拳が、ついに檻にヒビを入れたのだ。

 すると檻は光の粒になり、シダキ様の体へと戻っていった。

「最強の檻にヒビを入れるとは、怒りってのは怖いもんだね」

 自由になったツバキバラ様は、恥ずかしさを誤魔化すかのように、わざとらしく足音を立てて帰って行った。

「突起恐怖症なら、普通に教えてくれればよかったのに」

 彼の背中が見えなくなった頃、僕がぽつりと呟くと、シダキ様は小さく笑って僕に語りかける。

「きっと、自分の部下に弱みを見せたくなかったんだろうね。ツバキバラはどうやら、僕に対するものとは少し違った形で、君のことを信頼しているようだから」

 シダキ様は言い終えると、少し真面目な顔をして僕に向き直った。

「ところで、実は君に伝えておきたいこと――および、今後についてのお願いがあるんだけど」


「いらっしゃいま――ああ、スルガさん!」

 気持ちのよい挨拶をもらう。初めて来たときよりも、心なしかその笑顔は明るいもののように感じられた。

 おそらく、こっちがマモネさんの、本当の笑顔なのだろう。長い付き合いではないが、そう推測できる。いつ、自分たち姉妹の仇が毒に倒れるのだろうか。そして、いつ自分たちの犯行がバレて、処罰を受けることになるのかと、脅えて生活をしていたならば、心の底から笑うことなどできないだろう。

 マモネさんは、自分の妹を理不尽に奪った悪魔への復讐心や罪悪感から、ようやく解放されたのである。毒殺計画が立てられたのはオオクラが神として迎えられてからのことであるから、実際に重苦しく感じていた期間というのはそこまで長くないだろうけれど、人間として生きていた頃からの悔しさを足したなら、何十年にも及ぶ苦しみが、絶えず彼女の小さな背中にのしかかっていたのだ。

 図らずもという形ではあれど、僕の上司――尊敬すべきツバキバラ様が、彼女たちの罪の意識を軽くしたことに、僕は彼女たち以上に感謝している。


「スルガくんはどうやら、あの娘に心奪われているようだね」

 突然の指摘に、僕は心臓が止まったのではないかという錯覚に陥った。シダキ様の口元は笑っているが、真っ直ぐに僕を見つめている。怒りのような感情は浮かんでいない。ただ、あまり普段のシダキ様からは感じたことのない、哀れみのような色がその瞳に映っていたのが、妙に頭に焼きついている。

「彼女の前回の一生――つまり、オオクラ様に妹を奪われた生活ではなく、たぶんもっと前の輪廻の中で、おそらく君たちには交流があったんだ。それも、とびきり悲劇的なやつがね。魂の記憶を隠すシールが何重にも重なりすぎて、それ以上は僕にも透かして見ることができないんだけれど、君たちふたりは――少なくとも、君だけは、彼女に対して、単なる一目惚れや恋愛などでは表現できないような、深い想いを抱いていると思うんだ。結ばれなかった過去を背負って、今度こそ報われようという強く熱い思いが、君の背後に見えるんだよ。

 さて、一応新しくて責任重大な仕事を押しつけられたタツネとは違って、マモネくんに対するほぼタダ働きという処罰は、なんだか軽すぎるような気がしないかい? こういう言い方をしてはなんだけど、彼女は毒を盛った張本人だ。ふたりが同時に復讐を発案したのだとすれば、毒を盛った分だけ彼女の罰が重くなるのが当然だと思うんだよ。

 だけど僕がそれをしなかったのは、君に対して脅しをかけるためなんだ。ちょっと言い方が悪いけど、自分で的確だと思ってるよ。あまり気を悪くしないでね。

 惚れた弱みというのを、外野の僕が言うのは変だけど、彼女に対する罰を、いくらか君に償ってもらいたいんだ。とはいっても、今回の一件に協力してもらったように、これからも僕のプライベートな問題関心について調査をしてほしいんだ。端的にいえば、パシリというやつかな。僕の口から詳しいことはいえないんだけど、とある事情によって、君は色々と便利な魂なんだよね。たぶん君になら、仮の肉体のまま人間界で生活することだってできる。その点で、君は僕よりも優れているといえるんだよ。僕は人間界に下りることはできないからね。

 オオクラ様信仰のように、人間の世界で不当に悪魔が力を振るうということがありえるんだ。今後も起こりうるだろうし、実際に現在進行形のものもある。僕とて全知全能ではない。特に人間が絡むと、僕は太刀打ちできなくなってしまう。

 もちろん、常に人間界にいてほしいというわけじゃない。神界と、人間界……そしてもしかしたら、魔界や地獄を跨いで、君には色々と調べ回ってもらいたいんだよ。マモネくんの犯した罪の、代償としてね。

 何度も言う。これは脅しだ。あの女がどうなってもいいのか、というやつだ。ふふっ、こんなに悪役らしいセリフを言ったのは初めてだ。

 さあ、どうかな。この話を引き受けて、ツバキバラの元で働きながら、ときおり僕の小間使いになるか。それともマモネくんを棄てて、彼女に重い罰が下るのを見届けるか。もちろん僕には、君の答えはわかっているけどね」


 あわれ、マモネさんに深い愛情を抱いてしまっている僕は、シダキ様の思惑通り彼の使いになることを受け入れつつ、何事もなかったかのように片想いの相手の様子を見に来てしまったのだ。

 とはいえ、しばらくは何か事件が起こることはないだろう。なんだかんだで神界は、基本的に平和なのだ。少し前まで、蚊に向かって交通安全教室を開いていたくらいである。

「まさか、私に会いに来たわけじゃないですよね? 何にしますか? どれもオススメですよ」

 彼女はいたずらっぽく笑い、尖った耳がぴょんと跳ねた。

 まあ、あなたに会いに来たんですけどね。それを伝えるのは、まだまだ時期尚早な気がしている。まだ、付き合いも浅い。ある意味では弱みを握っているような状況で、彼女に言い寄るなんて悪党のすることではないか。

 僕は、悪党じゃない。神様でも悪魔でもない、ただの精霊だ。

「それじゃあ、金平糖をください。シダキ様の分も」

 嫌がらせで、ツバキバラ様の分ももらおうかと考えたが、止めておいた。ひどく怒られるだろうし、怒る前に失神してしまうかもしれない。不満こそあれど、僕はツバキバラ様のことを嫌っているわけではないのだ。尊敬するべき点はシダキ様よりも圧倒的に少ないけれど、シダキ様よりも愛着がある。シダキ様もツバキバラ様も、タツネさんもマモネさんも、僕は大好きだ。つい最近、とあるタマゴ型の悪魔を嫌いになったけれど。

 僕の周りは、大好きな魂で溢れているのだ。これから様々な事件に巻き込まれる中で、嫌いな相手が増えてくるかもしれないけれど、それ以上に、よき友人たちが増えていくだろうことを期待している。


(また別のお話で)

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金平糖のトゲトゲを削るお仕事をしています 柿尊慈 @kaki_sonji

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