俺だけの【改印】スキルで復活させたのは、世界は自分のものと勘違いしている痛い魔王の女の子でした ~なのでそう言うことにして真実を隠し通します~

藍田要

プロローグ 俺だけの……

 玉座に腰を据える少女は、今日も今日とて自由気ままに生きている。


 そんな小柄な少女には禍々しい角が生えており、足元まで伸ばした赤交じりの黒髪がそれをより一層際立たせている。赤い瞳にきらりと光る八重歯。その顔は一見、体格に見合った幼さを醸し出しているが、所々に上品さが垣間見えるところが魅力的だ。


 しかしながらこの少女、魔王である。


 五百年前、世界を混沌へと誘った正真正銘の魔王なのだ。

 歴史書には、勇者や賢者が封印し世界を救ったことになっている。

 それは事実だった。が、何を隠そうこの俺、ルーク・セレンがその封印を解いたのだ!


 いや、違う。そんなつもりは一切なくて、解いちゃったというのが正解で。心の底から後悔しています。

 でも一応、封印解いちゃったけど、世界は今でも平和です。


 それは何もかも俺が全力を尽くしてだな……いいや、もうほんと勘弁してほしい。いつ世界が終わってもおかしくない状況です。


 そろそろ、いつものように魔王様の命令が下る時間だ。


「ルーク。私が今、欲しているものを当ててみて」


 魔王様は口角をくいと上げ、上目遣いで俺を見て問うてくる。


 そんなん、わかるかぁ!

 と、投げ出した時点で世界は滅びます。本当、冗談抜きで。


 別に正解せずとも、魔王様の気を煩わすことさえ言わなければいいのだ。ここは単純に、俺が最初に思ったことを言えば――って、恐怖のあまり何も思いつかねぇ!


「あ、ええと……」

「なに?」


 やばい。このまま黙っていても結果は最悪の方向に行ってしまう。

 何か、なんでもいいから言わなければ。


「の、飲み物とかですかね!」


 人差し指をピンと立て、嫌な汗を背中に感じながら答えを述べた。

 束の間の静寂。魔王様は冷たく赤い瞳を向けてくる。


 待て、何か間違えたのか? 気に障ること言ったのか? 何て言った?

 飲み物。飲み物って言ったんだよな? 気に障るわけがないよな?


 内心、今にも気絶しそうな勢いで震えていると、魔王様は無表情のまま


「……飲み物?」

「――っ」


 息を呑む。何ならこのまま殺してくれ。この状況の方が恐ろしいわ。

 完全に怒ってるもん。人を殺す目だもん。


 ビクビク震えたまま次の言葉を待っていると、不意に魔王様が笑った。

 なんだ? その笑顔はどっちだ!?


「ルーク」

「はひっ!」

「貴方もようやく私のことが分かってきたようね! お見事大正解! 私は今、喉が渇いているの」


 よ、よかったぁ。

 正解したのは偶然だし、魔王様の考えなんて突拍子が無さ過ぎて分かりようが無いけど、よかったぁ。


 一先ず胸を撫で下ろす。しかし、試練はすぐさまやってきた。


「それでね、久しく飲んでいなかった人間の生血を飲みたいの。でも、ルークの血を飲むわけにもいかないじゃない? だから、地上に行って人間一匹さらってきて?」


 おっと、滅茶苦茶難易度の高いお願い、基

もとい

命令が来たな。


 今までにも似たようなお願いはされてきたが、よく乗り越えてきたと思う。

 さて、今回はどう乗り越えようか。いや、もういっそのこと逃げ出してしまおうか。


「人間一匹、ですか」

「うん。何? どうせ私の世界

くに

の住民だし、誰でも喜んで身を捧げるでしょ? それとも、万が一抵抗されでもしたら困るとか? なら、幹部を一人連れて行っていいわよ」

「も、問題ありません。今すぐさらってきますんで」

「そう? なら、なるべく早く。そしてできれば、若い女がいいわね」

「しょ、招致しましたぁ……」


 そうして、俺は逃げるように王の間を後にした。

 実際の所、世界は魔王に支配などされていない。


 魔王様自身は五百年前に封印されたことも知っているし、俺が封印を解いた張本人であることも知っている。


 ただ、後に詳しく説明するが、どうやら幹部の半分は封印されずに済んだらしい。その幹部の力だけでも五百年もあれば世界を支配しているだろうという魔王様達の考えに、あったばかりの俺には首を横に振ることができなかったのだ。多分、否定していたら今頃俺はここにいない。


 当の昔に外に残った幹部は倒されているみたいだが、魔王様の中では世界のどこかの国を統治していることになっている。


 全ては俺の責任なのだが、あそこで馬鹿正直に答えていたらそれこそ五百年前の二の舞、いやそれ以上の惨劇が起こっていただろう。

 今の世には勇者がいなければ賢者もいないのだから。


 よって、俺は今から支配もされていない世界の若い女性をさらってこなければならないわけだが、無論そんなことはできないわけで。


 そこで思いついたのが、この見た目血に見えなくもない、トマトジュースだ。

 味は全く異なるが、見た目は一緒だろ。これが血だとしてもボトルに入っている時点で生血ではないけど。


 もしこれで世界を滅ぼしそうになったら、俺は生きることを諦めてこの身を捧げよう。そうすれば、嘘はばれても今よりは楽な生活が待っているはずだ。きっと。


「し、失礼します。魔王様」

「思ったよりも早かったわね。いらっしゃい」

「はは」


 俺は恐る恐るトマトジュースの入ったボトルを持っていく。

 まず、人間を連れてきていない時点で首を飛ばされないかが心配だ。


 以前、ほんの少しだけヘマをした幹部がそうなったのを目にしている。

 もういい、どうにでもなれだ!


「お、お待たせいたしました。人間の生血でございます」

「うん。どっからどう見ても生血じゃあないわね」

「はい。生血ではありません」


 こっわ! 秒で過ちを指摘されたよ。

 もはや、俺の死は時間の問題か。田舎の家族にまだ一ミリも恩返しできていないのが悔やまれるが、俺は精一杯生きたよ!


「まあいいわ。ところで、この血はどうやって手に入れたの?」

「う、腕を切り落として……命だけは助けてやろうと思いまして」


 言うな。苦しすぎる言い訳だってことは俺が一番わかっている。

 死を覚悟した人間の言い訳は寧ろ勇ましい。それぐらいに思ってくれるとありがたい。


「ふふふっ。貴方はそれでも人の子? 私よりも魔王らしい所業ね」

「はへ?」


 どうしてそうなった? 

 魔王様だったら、肉ごとむしゃむしゃいくものかと思ったのだが。

 甘すぎると言われてもおかしくないよな。普通。


「生血を飲むのに殺すわけがないでしょ。敵ならまだしも、今は私の世界の人間なんだし。少し飲んだら生きて返すに決まってるわよ。貴方って虫も殺せないような顔をしておきながら、意外と残忍なことするのね。嫌いじゃないわ」


 そう来たかっ。

 吸血鬼みたいに吸えるってことだよな。だったら最初にそう言ってくれれば、こんな嘘つかなくて済んだのに。まあ、無理な話だが。


 とか何とか言っても、ボトルの中身は血ではなくトマトジュースなんだよな。


「では、さっそく」


 魔王様は小さな手でボトルを受け取ると、蓋を開けてぐびぐびと飲みだした。

 その様子を、固唾を飲んで見守る。数秒後には首が飛んでいるかもしれない。そんな恐怖に襲われながら。


「っぷふぅ」


 一気に飲み干した魔王様は小さく可愛いゲップをした後、口元を袖で拭った。

 一口目に止めなかったということは、味は悪くなかったのかもしれない。

 が、血ではないことは明白だ。


「あの、魔王様……いかがだったでしょうか」


 恐る恐るトマトジュースを飲んだ感想を聞いてみると、魔王様はボトルをその場に落とした。

 ボトルの割れる音が頭に響き、俺のガラスのハートにも日々が入る。


「……これ」

「は、はい?」

「何これって聞いてるの!」

「んあ――」


 魔王様の怒鳴り声に、俺は自分の死を悟った。

 そして、死を実感するまでも無く、意識が飛んで行ってしまう。


「ルーク! ルーク! 貴方はどんな人間からこの血を採ったの? 私が今まで飲んできた血の中でダントツに美味いわ! おかわり、おかわりよ!」


 魔王様はあまりの美味しさに興奮している。

 そんな可愛らしい様子を、気絶してしまった俺に見ることはできない。


「ん? 何よいきなり眠っちゃって。起きなさい、起きなさいルーク! っもう、起きたら、この血の在処を吐かせてくれるわ」


 玉座の端で眠る俺を見て、魔王様は涎を滴らせる。


「ゴクリ……ひ、一口だけ味見しちゃお。カプ」


 倒れる俺に跨ると垂れる髪を耳にかけ、そっと八重歯を俺の首筋に食い込ませて血を吸っった。


「うん。悪くないわね」


 ペロリと唇を舐めた魔王様は、静かに俺を抱えて寝室へと運んでくれる。

 そんな魔王様の悪戯や、小さな優しさを、俺は知らずに生きている。

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俺だけの【改印】スキルで復活させたのは、世界は自分のものと勘違いしている痛い魔王の女の子でした ~なのでそう言うことにして真実を隠し通します~ 藍田要 @aida-kaname0000

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