第3話「神に会った男の神託」

目眩で倒れてしまいそうなほどに、凄まじい速度で時は巡る。先日芽吹いたと思っていた植物が、もう花を開いていることなんてザラだ。


ベッドから身体を起こし、伸びをする。窓から差し込む光に目を細めていると、扉が控えめにノックされた。


「どうぞ」


「失礼致します……坊っちゃま、お早うございます」


「うん、おはよう」


扉から入ってきたのは、長い茶髪を揺らした妙齢の女性──サラだ。昨晩は誰が明朝俺の部屋をノックするか使用人間で壮絶な争いが起きたそうだが、どうやらサラはその戦いを勝ち抜いたらしい。


いい加減、そういう過保護なところとか溺愛精神はやめて欲しいところなのだけど。言っても聞かないなら放置するしかあるまい。


「並びに、坊っちゃま……御誕生日、誠におめでとうございます……うぅ……」


そう言うやいなや懐から手拭いを出して涙を拭うサラに苦笑を向けつつ、俺はこれまでとは違う充実感に胸を膨らませていた。


俺がレオヴィルツェン家の嫡男として転生してから、早五年が経つ。母からこの世界で生きる方法について学び、父からこの世界で戦う方法を学んだ五年間も、今日で一度幕引きだ。


「うん、ありがとう。サラ」


前世とは比べ物にならないほど密度の濃い時を過ごした俺は──今日確かに十歳の齢、神託の時を迎えたのだ。



サラが号泣しながら退出するのを見送ってから、俺はベッドから降りて衣装棚へ向かう。


いつものように貴族服に着替え、鏡の前に立って身だしなみを整えるのだ。前世ではそこまで頓着しなかったそれも、貴族ともなれば気を使わない訳にはいかない。


……貴族服って見た目は豪華なんだけど、前世のものに比べるとそこまで着心地良くないんだよなぁ……まあ五年で大分慣れたけど。


「……結構背伸びたな」


まだ幼いから当たり前と言えば当たり前なのだが、五年の間にかなりスクスクと身長が伸びたように思う。目測だけど、150センチはあるんじゃないだろうか。


ま、これからもっと伸びることを期待しようかな。最低でも、180センチは欲しいところだから。


扉を出て、だだっ広い迷路のような道をすいすいと抜けて食堂に辿り着く。そう言えば一度もこの道で迷ったことないな……今ならともかく、五年前ならよく分からないところに行きそうなものなんだが。


……ラッキー……か?


食堂に着くと既に父様と母様は席に着いており、ここからでもソワソワとした雰囲気が伝わってくる。……因みに、五年経っても彼らの親バカはあまり治らなかった。


「お早うございます。父様、母様」


「ええ、お早うノア」


「お早う、ノア。あと……誕生日おめでとう」


父様が噛み締めるようにそう言うと、壁際や扉で待機していた給仕の人達が凄い速度で縦に首を振るのが見えた。……恥ずかしいから辞めておくれよ。


「あ、それ私が先に言おうと思ってたのに……まあいいわ。ノア、誕生日おめでとう!」


「ありがとうございます」


そう言いつつ俺は食卓に着き少しだけ周りを見るが、やはりいつもと変わらない面々が揃っている。どうやら我が兄ルドルフはいないらしい。


当たり前と言えば当たり前なのだが、せめて弟の誕生日にくらい顔を見せてくれても良いのではないだろうか……手紙で俺のことは認知してるはずなんだが。


……勉強が忙しいのかもな。


それに、ルドルフももう十七歳。年齢やこの貴族序列一位という身分も相まって、色々絡まれてたりするのかもしれない。


……仕方ないか。せめて無事に帰ってくることを祈ろう。


父様と母様にそれを聞くことはしない。彼らは俺以上にルドルフのことで心労を負っているのだから、そのことを掘り下げて傷を与える訳にもいかないだろう。


俺は会ったこともない血縁のことを思いながら、食卓に並ぶ普段よりも豪華な食事を眺めていた。





ガタガタと馬車に揺られながら、俺たちは現在神殿のある方角へと向かっていた。最初は感動して絶句していた外の景色も、五年も経てばもう見慣れた自分の地元だ。


馬車に乗るのは久しぶりだったけど……相変わらず尻が痛い。クッションとかは問題ないんだけど、車輪の性能や地面の舗装があまりよろしくないせいで地面からの振動もろに身体に来る。


まあこれでもこの国最高レベルの技術士が設計した馬車だ。文句は言ってられない。……前世の車がどれだけ有難かったか分かるな。死んだ後で感じるというのも皮肉な話だが。


とは言え今から神託を行うという興奮が、そこら辺の鬱々を完全に吹き飛ばしているのだが。気分は遠足に行く幼稚園児、もうワクワクが止まらない。


ところが……


「……父様、母様。もう少し落ち着いて下さい。二人とも神託は経験されているんでしょう?」


ウチの親バカ二人は何かの試合の決勝戦直前なんじゃないかってぐらい緊張しており、落ち着きがなかった。


具体的には父様は両手を組み換えながら何度も深い息を吐き、母様は両手を祈るように合わせながら何事かブツブツと呟いている。


これ、自分の親だって分かってなかったら不審者にしか見えないな。


「し、しかしだな……これでノアの運命が決まるかと思うと……」


「ああ……お願い神様……」


ダメだこりゃ。これはあれかな、合格発表に行く親子が、何故か親の方が緊張しているアレの方が近いかもしれない。


それにしても、何となく分かってはいたけどこの世界……いや、少なくともこの国では『神託』というものはその者の未来を決める上で絶対的なものになっているらしい。


因みに俺はあの神様に予め能力を10個に加護を貰ったから緊張もクソもない。……やっぱりあの神様は俺に破格の施しをしてくれたんじゃなかろうか。


取り敢えずこれ以上言っても全く落ち着きそうにないので、俺はため息を何とか飲み込んで窓の外へ視線を移した。


「だ、大丈夫よ……ノアならきっと素晴らしい《職業ジョブ》になれるわ」


「……そうですね。ありがとうございます、母様」


戦々恐々と言った様子でいる母様に苦笑してしまうが、確かに職業のことは考えていなかったな。


職業。神が人間に与えし救済或いは祝福のひとつだ。その者の潜在的な素質から、様々な職業が選ばれる。言わば、その人にとっての天職が決まるわけだ。


しかしそれは、自分の意志で好きな職業を選ぶのが非常に難解であるということでもある。


例えばある人が剣士を目指していたとしよう。俺のように幼い頃から訓練を怠らず、周りからも認められるくらい頑張ったとしよう。


しかしその人が神託で剣士以外の職業を授かったとしたら、その者が剣士の道を進むのはかなり難しくなる。無論進むことは出来るだろうが、もし魔術系の職業を授かれば周囲が、世間が魔術師となることを強要してくる。


ここはそういう世界なのだ。だから鍛冶師などの職業を授かった者が騎士団の門を叩いたところで門前払い。その人は鍛冶師を目指す以外なくなってしまう。


勿論、職業によるメリットもある。剣士の職業を授かったものは、その後力をつける中で剣士に関連する能力を獲得しやすくなるのだ。


あの時神様から借りた本で見た中だと、【剣術】とか【斬波】とか。普通よりもそれらの能力が身につきやすいという訳だ。


そしてそれらの中でも、ぶっ飛んだ職業というのは存在する。【剣士】よりも多才、そして質の高い能力の獲得が可能な【騎士】、更にその上の【聖騎士】なんかがいたりする。


まあそれらとも一線を画す職業もあるのだが───これらは殆ど夢物語みたいなものだ。御伽噺や英雄譚などに記されているような職業だから、信じているものは少ない。


その職業の名は──【勇者ブレイブ】。聖なる女神の使い、天の意思、神々の代弁者云々……それだけ大層な名前で広まっているのには、無論理由がある。


曰く、一人で千の魔獣に匹敵する存在。

曰く、単騎で国の兵団を上回る戦力。

曰く、魔を絶滅させる唯一の希望。


その剣技は剣聖とも謳われ、その魔法は魔導王の再来と畏れられたそうだ。


まあここ百数年勇者なんて生まれていないそうだし、俺の場合でも事前に選んだ能力で期待薄だろうな。


それに、勇者が生まれる時は大概それに呼応するように『魔王』が生まれるときだ。一説では、世界の害である魔王を葬る為に神々が勇者を生み出すのだとか。


そんなことを考えていると、馬車の揺れが収まった。どうやら神殿に着いたらしい。御者の案内に従い馬車を下りた。



神殿は前世で言うところのパルテノン神殿に形状が酷似しており、いかにも神秘的な何かを行いそうな雰囲気を醸していた。


この場にはどうやら俺しかいないようで、周りを見渡しても人っ子一人いやしない。いるとすれば、目の前で分厚い書物を片手に持つ聖職者っぽい服装の人だ。


「よくぞおいでくださいました、リアム様、フィオネ様」


白髪の割とスラッとした老人が、父様と母様に頭を下げる。こういうところを見ると、やはり我が家は貴族なんだろうという実感が湧いてくる。五年経っても、この身分に慣れることはなかった。


「御託はいい。早く始めよう。準備は終わっているとのことだったな?」


「はい。後はご子息のノア様が祈りを捧げ、私が祝詞を言うのみで御座います」


「そうか……ノア、行っておいで」


さっきまでガチガチに緊張していた父様はどこへやら、そこには威厳に満ち溢れたレオヴィルツェン家の当主が立っていた。




「ではノア様、こちらへ」


先へ進む聖職者の後へ続く。ここから先は、俺と聖職者以外立ち入りは禁じられている。それが例え最も偉い貴族であったとしても、だ。


余程、神託というのは神聖視されてるんだな。


互いに話すことなく黙々と先へ進むと、何やら開けた場所に辿り着いた。天井が吹き抜けになっており、晴天からの日差しが美しく差し込んでいる。


視線を外して周りを見たが何か像が置いていたりする訳ではなく、無骨な白い石柱が幾数も並んでいるだけだった。


「ノア様、こちらで祈りを捧げてください。己の望むものを、願いを、そして救済を。神々は必ずや聞き届けてくださいます」


「はい」


真ん中へ案内され、そこに片足を跪いた。体勢はなんでも良いらしいが、まあ祈ると言えばこの体勢だろう。


そのままの体勢で目を閉じて両手を組み、祈る。前世は神様なんて信じちゃいなかったが、俺は実際に会ったのだ。祈るし、願いもする。


とは言っても、せいぜい『平和な異世界ライフ』くらいしか祈ることがないのだが──




──ふと、身体の周りを違和感が襲ったので俺は目を開く。


そこは、どこまでも続くであろう白い景色が広がっていた。影もなく、光があるかすら分からない不思議な世界。


酷く、懐かしい。ここに来たということは……


『ケンジ。また、ここへ来たのですね』


また後ろから声が聞こえたが、2度目なので驚くことはない。俺はゆっくりと振り返ると、そこに一人の女性が立っているのを目にした。


相も変わらずの白さと無表情に、不思議と安心する気持ちが湧いてくる。


「……神様。お久しぶりです」


こころなし、神様の顔が柔和なのは……気のせいか。うん。


というか、どうして俺はここに来たのだろう。五年前の話では死んだから特別にここに呼んだとか言ってた気がするんだけど……え、まさか神託の途中に死んだとかじゃなかろうな?


『ケンジ。貴方がここへ来たのは、私との繋がりを持つ貴方が神聖なる場にて祈りを捧げた為です。加護を与えた者と受けた者……それらは血の繋がよりも遥かに深いものなのです』


「……なるほど」


あれ? ということはこの神様に祈ってなかったら別の場所に行ってたか、もしくはここに来れてなかったってことか……


と言っても、俺がこの世界で知ってる神様なんてこの人しかいないんだけどな。


『ケンジ。本題に入りましょう。貴方が欲する力は何ですか?』


「…………え?」


え? どういうことだ? 神様からのお助けはもう終わったんじゃ……


「えっと、前の時に神様からの能力付与は終わったんじゃ……」


いやそりゃあ、貰えるもんなら貰いたいよ。でも俺だけそんな特別待遇で大丈夫なのか……?


俺の問いに神様はこう答える。


『ケンジ。あの件は死神の不手際の詫びです。そして神託は全ての者に平等に与えられるもの……貴方にも勿論、その権利はあるのです』


あぁ……それはそれ、これはこれ方式か。確かにいつ人が能力を授かるのかを考えた時、神託の時しかなさそうだものな。


うん、だとしたらかなりラッキーだ。流石に前のように能力本を渡されることはないだろうが、能力名ならまだ覚えているから大丈夫だろう。


『ケンジ。貴方が望むものは───』


「【回復ヒール】でお願いします」


『…………ケンジ。五年前の書物を記憶しているのですか』


珍しく呆れを多分に含んだ返答をされてしまった。なんだかその目も若干半目になっているような気がしないでもない。


「え、まあ……あ、でも名前だけですよ? 効果もうろ覚えですし……」


『ケンジ。やはり貴方のその記憶能力には目をみはるものがあるようです。本来はその者が魂から欲する力を我々が選定して与えるのですが……この世界においてその能力を望むということは貴方の魂がそれを欲しているということ。望み通り、貴方に【回復】の能力を与えましょう』


うんまあ、五年経っても忘れてなかったのは自分でも意外だったな。この事態はまるで想定していなかったわけだし。


取り敢えず色々話していたが、【回復】は貰えるようだ。いや本当に今回は幸運だった。この能力、確か効果が『精神力の続く限りその者の身を癒す』とかだったから、最後まで取るかどうか迷っていたのだ。


「ありがとうございます、神様」


『ケンジ。礼は良いのです。これは我々の意志、ひいては私の意志なのですから』


彼女がそう言った途端、不意に目の前が眩しくなり神様の姿が見えなくなっていく。


「っ、うぉ……!?」


瞬く間に視界は眩い光で覆われ、俺は思わず目を瞑った。




目を開いた時、そこには既に神様はおらず。どころか白い世界も消え失せて、そこには先程見た神殿の広間だけがあった。


「…………」


「ノア様? どうかされましたか?」


呆然としている俺を見かねたのか、老人が声をかけてくる。っと、いけないいけない。しかし光が思ったより強くて、まだ頭がクラクラする……実際には見ていない筈なんだけど、感覚的に結構眩んでしまった。


「……神託は、授かったのですか?」


「ええ、問題なく」


俺の返答に老人はほっと息をつく。彼からすれば、貴族の息子の神託が失敗したともなれば立場が危ういのだろう。難儀な事だ。


息をひとつ吐き、俺は老人に従って外へ出た。なんだろう、そこまで時間は経っていない筈なのに随分と懐かしく感じる。あの白い世界は時間の流れが異なっていたりするんだろうか。


神殿の外には、当たり前だが両親がソワソワと落ち着きなく待機していた。そんな二人は俺を見ると早歩きで近づいて来る。


「ノア、どうだったっ?」


父様が随分と落ち着きの無い様子で俺の肩を掴んで揺さぶってくる。だから俺の肩掴んで揺さぶらないで。脳が揺れるから。


……母様もそんなことしそうな勢いだったな。この人達大丈夫か本当に。いや、俺が絡まない限りはとてつもなく優秀な人達だし大丈夫だと信じよう。


「え、ええ。ちゃんと神託を授かりました」


「おお、良かったな! それで、一体どんな職業を授かったんだ?」


ええっと……どうやって見るのかなこれ。前みたいにステータスって言ってみるか……? いや失敗したら恥ずかしいし思うだけにして……


よし、ステータス。


俺がそう念じると、突如として目の前に光る薄い板のようなものが現れた。薄く透き通っているらしく、板越しに自分の手が見える。


そこにはいくつもの文字列が並んでおり、恐らくはアルセレナ文字であろうことが推測できた。


すげぇ……これこそファンタジー……感動してきた。


っと、ええっとなになに……


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名前ネーム》ノア・アインス・レオヴィルツェン

職業ジョブ隠密アサシン

階位レベル》1

能力スキル》【鑑定ジャッジ】Lv.1 【体術マーシャルアーツ】Lv.1 【気配隠蔽クリプシス】Lv.1 【魔力遮断インスレイト】Lv.1 【気配察知サーチ】Lv.1 【魔力感知ディテクト】Lv.1 【短剣術ダガーアーツ】Lv.1 【怪力パワー】Lv.1 【加速ターボ】Lv.1 【回復ヒール】Lv.1

称号レコード》【死神の使徒タナトス・アポストル

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……凄い。能力数10って思いの外壮観なんだな。というかこの世界の人達のステータスってこういう風になってるのか。


大概ステータスっていうのは生命力とか魔力量とか、攻撃力防御力なんかが記載されてるもんなんだけど。これは名前と職業、レベルに能力に……称号?


称号っていうと騎士団長の英雄とかが有名だけど……


え、待って何この物騒な称号。俺いつの間に神の使徒になってんの? しかも死神って……


……死神って、あの人の話だと俺のことを間違えて死なせた神様だったよな。でも俺死神になんて会ってないぞ? どころか使徒になった覚えすらない。


というか、自分を殺した奴の使徒になんかなりたくない。でもこの死神とやらから何かされてるんだよな……


うーん……何処かで会ったか?


しかし俺が加護を貰ったのはあの神様……まさか。いやでも、そう考えると……


……おいおい、嘘だろ───


「………ははっ」



───あの神様が、俺に色々施してくれた神様がだっていうのか?


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隠密過ぎる異世界転生 〜死神の加護を受けた俺は、楽してひっそり生きたい〜 朱ノ鳥 @akenotori

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