親と子のあり方は、きっと変わらない

「なんだこいつらっ、うわああああ!」


「いやあっ、離して! 誰か、誰かぁー!」


 平和な心優しい人々が住む町に、突如悲鳴が響き渡る。

 物々しい黒さの近未来的な装備を身に纏った謎の集団が、罪のない市民に襲いかかっていた。

 物陰に身を隠していた中年の警察官が、後ろに控える若い警官へと振り返る。


「……本当に行くんだな、山下」


「はい。島田さん、覚悟は出来てます!」


 そして勇敢な二人の警官は、自らへの危険を省みず、また一人の市民を毒牙に掛けんとする、集団の前に立ち塞がった。


「動くなっ、警察だ!」


「貴様ら、いったい何者だ!」


 再三の警告と威嚇射撃にも関わらず、こちらへと向かって来る不気味な集団に、二人は発砲した。


「山下っ、撃てええ!」


 ――しかし。その光景に、島田という中年の警官が胸に抱く、強い信念と覚悟によって引き締められていた表情が、驚きに染まる。


「なにい!?」


 謎の黒ずくめに向かって真っ直ぐ吸い込まれるように放たれた二発の銃弾は、謎の見えない障壁によって、あっけなく左右に弾かれたのだ。


「あっ、あんなのアリかよ……」


 いまだ大きな動揺を隠せない山下に、冷静さを取り戻した島田は、声を張り上げる。


「怯むなあっ! 続けて撃てえ!」


 二人は更に拳銃を発砲したが、それらすべての銃弾は、なんの効果も与えることが出来なかった。


「島田さん、もう、残弾無しです……」


「……ああ。だが、俺達が派手な囮になった隙に、多くの市民が逃げることが出来た。意味は、あったんだ……」


「島田さん……」


 ふと、異変を感じた島田が叫ぶ。


「山下っ、逃げろ……!」


 突然、黒ずくめ達の中でもひときわ大柄な男が両手から放った赤い光の球が炸裂し、二人の近くで凄まじい爆発を起こした。


「うわああああっ!」


 爆発の衝撃に吹き飛ばされ、ふらつきながらも軽傷だった山下の視界に、意識を失い、仰向けに倒れている島田の姿があった。


「しっ、島田さん! しっかり!」


 そんな山下のすぐ背後に、ぎらりと光る剣を持った、黒ずくめが立っていた。


(くそおっ! ここまでなのかっ……)


 スローモーションのように自分へと振り下ろされる刃を見て、無念そうに歯を食い縛り、眼を閉じる山下。

 しかし、そんな優しく勇敢な青年の未来は、まだ絶ち切られてはいなかった。


「き、君はいったい……」


 禍々しい死神の刃を、山下よりも更に年若い青年が、軽々と片手で受け止めていたのだから。


「名乗るほどのもんじゃありません。それより貴方達の、人々の幸せを想う暖かい勇気を、俺は感じました」


 とても常軌を逸した武装集団を前にしているとは思えぬほど、青年は山下に優しく微笑んだ。


「この星のためなら、俺は戦えます」


 そこへ、謎の青年に掴まれていた剣を不意に手放し、黒ずくめが殴りかかる。


「……危ないっ!」


「ははっ、大丈夫!」


 青年は突き出された黒ずくめの腕を掴むと、逆にその力を利用して、あっさりと投げ飛ばしてしまった。


「来いよ、ここからは俺が相手だ!」


 そこからは、圧倒的だった。

 青年は謎の装備に身を固めた集団を物ともせずに、その卓越したすべてが流れるように臨機応変な格闘術によって、次々と制圧していく。

 何故だか青年には、連中の超常的な力が、まるで通用しないのだった。


「……凄い。本当に、何者なんだ……」


「山下、無事だったか……」


「島田さん!」


 痛みで苦しげながらも起き上がった島田に、太陽のように明るい笑顔を見せる山下。


「誰かは知らないが、俺達が彼の邪魔をしてはいかん。それよりも手分けして、まだ付近にいるかもしれん市民を誘導し、安全を確保するんだ」


「了解っ!」


 二人が離れていくのを見て、青年は黒ずくめの集団に囲まれながら、不敵に笑う。


「そろそろかな……来いっ、パラベラム!」


 青年の体を、白磁のように輝く騎士の甲冑のような装甲が覆っていく。

 最後に青年の顔を兜が覆い、細長い眼の部分が、キラリと一筋の青白い光を放った。


「白騎、着装! さあ、行くぞっ!」


 叫びと共に回し蹴りを放つ瞬間、青白いオーラが一帯に渦巻き、黒ずくめ達を吹き飛ばした。


「よし、行ける……なにっ!?」


 青年の頭上で、超高層ビルのように巨大な、赤いオーラが渦巻いて、それがゆっくりと地に降り立とうとしていた。


「この気配は……奴か!」


 そう叫んで、青年は青白い流星の如きとてつもないスピードで、赤いオーラの元へと駆け付けた。


「やはりお前か、ヘル・ジェネラルッ!!」


「また会ったなぁ、スペースレンジャー。はっはっは、ぬあーっはっはっはっ!!」


 とてつもないオーラの中心から、そう高らかに笑い叫ぶのは、青年とは対象的に眼の部分が赤く光る、漆黒の騎士のような姿の男だった。


「また懲りずに、今度はこの星を狙うか。何を企んでいる、ヘル・ジェネラル!」


「知れたことよ、この町の地下深くに眠る超古代人が残したグルス粒子兵器を奪い、この宇宙を我が手にするのだ!!」


「そうはさせない……来いっ、ステラ・フラメアッッ!!」


 青年がそう叫ぶと、目の前に二メートル近い長さの白い槍が姿を現した。


「白槍、起動っ!」


 一切の継ぎ目がないと思われた槍先が縦横四つに別れ、青白い光を放ちだした。


「あの時は邪魔が入ってお前を逃がしたが、今回はそうは行かないぞ」


「くっふっふっふっふ……」


 底知れぬ威容で噛み殺すような笑いをこぼす、ヘル・ジェネラル。


「なにがおかしい?」


「どんな気分なのだ? かつてはあの栄光あるスペースレンジャーも次々に倒れ、既に貴様一人しかおらん気分は?」


 その言葉が逆に、それまでずっと険しい表情だった青年を、山下達と出会った時の穏やかな笑みに戻した。


「……いなくなってなどいないさ。すべては彼らと、この宇宙を駆け抜けた想いで、今も繋がっている。お前こそ、お前の後に繋がる者なんて、もう何処にもいないようだけどな?」


「抜かすなああああ!!」


 壮絶な迫力で空高く飛び上がったヘル・ジェネラルが黒剣を振り下ろすと、赤黒い光の奔流が、瞬く間に青年へと迫った。


「ふん。何処までも、哀れな奴だ……」


 同時に地上から、兜の内ではどこか冷やかな眼で青年がヘル・ジェネラルに狙いを定め、白槍が青白く、鋭く閃いた。


 二つの強大な力は完全に拮抗し、やがて眩い閃光を放ち、大爆発を起こす。

 その余波が収まるよりも早く、赤黒い巨星と青白い流星が空中で激突した。


「何故こうも邪魔立てする! この腐りきった世を正すには、最早これしかないのだ!!」


「腐りきってしまったのはあんたの方じゃないのか。この星に住む彼らの暖かい心が、お前には、もう見えないのか!!」


 幾度かも分からぬほどに剣と槍が衝突し、そのたびに解き放たれるエネルギーの輝きが、空を水平線の果てまで切り裂いた。

 そして、無限のように続くかに見えた神話の如き戦いにも、いよいよ終わりが訪れようとしていた。

 一際凄まじい光の激突に、疲弊していた両者は無防備に飲み込まれる。

 共に深く傷付いた二人は息を荒げながら、最後の一撃を繰り出した。


「すべてを焼き絶やせ、ツォーン・へンダーッッ!!」


「暗闇を照らし出せ、ステラ・フラメアッッ!!」


「「うおおああああああっっっ!!」」


 それは、互いの最後の死力を尽くした一撃であったが、これまでの神々が振るうが如き力は、すでに先の衝突を最後に、見る影もなくなっていた。

 ゆえに、ヘル・ジェネラルの剣を青年の槍が跳ね上げ、振り下ろした槍先が、ヘル・ジェネラルを真っ二つに切り裂いた。


「ぬぐおおおっ……おのれっ、おのれええええ……!!」


 天から地へと堕ちる断末魔の叫びを上げながら、ヘル・ジェネラルが燃え上がるように血を流し、落下していく。

 その墜落する業火を背に、青年がどこか寂しげに呟いた。


「あんたは強かった。だがそれは、間違った強さだった。さようなら、父さん……」






 とあるゲーム機の前で横になっていた子供と、その父親が眼を覚ました。


「うわあ、今日も楽しかったね、お父さん!」


「ああ、前より上手くスペースレンジャーになりきってたじゃないか。カッコ良かったぞぉ、元太」


「お父さんもヘル・ジェネラルのマネ、すっごく似てた!」


「ははは、だろう? けっこう好きなんだよー、ヘル・ジェネラル」


 そう、実はこの親子はつい先ほどまで、とあるフルダイブ型のVRゲームを遊んでいたのである。

 そのソフトの名は、V‐GAZE3専用ソフト、宇宙戦士スペースレンジャー ヴァリアブルレボリューション2。

 子供向け特撮ヒーロー番組である、宇宙戦士スペースレンジャーのキャラクターたちに誰もがなれる、名作と名高いソフトのひとつであった。


「さあ、そろそろ下へ降りようか。晩飯抜きにされちまう」


「あはは……お母さんならやりかねないもんね」


 階段を降りるにつれて、カレー特有の食欲をそそる匂いが強くなる。


「やったあ、今日カレーなんだ!」


「良かったな、父さんも楽しみだ」


 にこやかにテーブルへと向かう二人の前に、一人の女性が待っていた。


「あら、ゲーム終わったの?」


「うんっ」


「まあ、流石にいい時間だしな」


「そう。二人とも、なにか忘れてることがあるんじゃない?」


 それを聞いて、二人の表情が段々と青ざめていく。


「元太、宿題と勉強やったの?」


「……やってません」


「そう。あなた、今日は私のお掃除、手伝ってくれる日じゃなかった?」


「……はい」


「罰として、今月末のお小遣い半額ね」


「ひいっ、そっ、そんなあああ……」


「ぐわああああっ、ばっ、馬鹿なあああああ……」


 夕陽を背に一件の家から、子の悲鳴と父の断末魔が木霊した。

 白い燃えかすのようになって崩れ落ちる二人を背に、母親が呟く。


「貴方たちは、さぞや仲良く、楽しく遊んでいたのでしょうね。だけどそれは、間違った楽しさだった。悪く思わないでね……」


 やがて、没収出来るお小遣い額を計算して、母親はニヤけだした。


「ふふっ、ふふふふ……これで来月待望のピックアップガチャは五百連回せちゃう。待っててね、平本くん……」


 人は、間違いを繰り返す。

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新世代ゲーム少年録 V‐GAZE 一ノ路道草 @chihachihechinuchito

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