新世代ゲーム少年録 V‐GAZE
一ノ路道草
ゲーム少年たちのワクワクとドキドキは、きっと変わらない
俺の名前は遠藤賢児。
名前に反して、正直そこまで学力はよろしくない。
だけど、誰でも人生たまには冴えてる時があるってもんだろうから、俺は精々いつかそんな日を夢見て、今日も高校で勉学をそこそこに頑張っている。
名前のわりにおとなしい弟の武志、そして親友の山田洋和と三人でゲームをして盛り上がるのが好きな、平凡かもしれないけど、まあそれなりに楽しく生きてる感じだ。
そんな俺が、これからゲームをするというのに一人でいる理由は、洋和が死んだからとか、実は武志が実在しないとか、二人とも今日失踪したとか、もちろんそういう訳じゃない。
去年から海外の大手電機メーカー、アイク・ダイソンとノーストップ・グラサンの共同によって、これまでになかった完全なフルダイブ型VRゲーム専用機、V‐GAZEの開発が公表されてたんだけど、先月ネットでそれを知った俺が、ダメ元で日本版のテストプレイヤーに応募したら、それに当選してしまったんだ。
俺が生まれるより何年も前から、すでにVRゲームと呼ばれる物は世の中にあったわけだけど、残念ながら、それらにはまだ課題がいくつかあって、そこまで世界的な盛り上がりというほどではなかった。
しかも今回も、実際この二社はかなりの大手企業とはいえ、日本ではあまり人気の無い海外製なもんだから、ぶっちゃけ「V‐GAZE?もしかして洋楽アーティスト?」ってくらい、俺が日々通っている山乃化市立伽椰貞高校では、まったく知名度が無い。
ある程度世界のゲームハードに詳しい日本のゲーマーたちも、「どうせまだ時期尚早だよ。フルダイブ型は、技術的にこれからなジャンルだろ?」と、あまり期待はしてない状況だ。
だけど、海外は意外と現状のVRゲームも好きな連中が多少はいるみたいで、向こうの掲示板では「ついに真のVRがプレイ出来る!」「日本の古いアニメみたいな時代が本当に来やがった!」なんて、それなりに話題になってるようだ。
今回俺たちテストプレイヤーが遊べるソフトは、まだあくまでV-GAZEの性能を宣伝をするためのお試しみたいなもんだけど、爽快なアクションなどで好評を得ている会社が開発を担当しているみたいだから、けっこう期待は出来ると思う。
出来れば、同じくゲームを愛する武志や洋和にも、この新世代の衝撃を体験させてやりたかったが、残念ながら今回のテスト版では一度起動してプレイヤー識別用のバイタルデータを登録したら、正式な販売まで違う人間が遊ぶことは、絶対に出来ないようになっているらしい。
昨日、武志に部屋に置いてたV‐GAZEの箱を速攻で見られてしまって、そこから洋和にもそれが伝わった結果、怒りの呼び出しを食らってプレイどころじゃなくなり、二人に「詫びコーラはよ」と言われて奢る羽目になったけど、まあ宝くじに当選したみたいな好運の代価としては、安いもんだよな。
そんな訳で今日、武志は拗ねて洋和の家へ格ゲーやオフラインのオープンワールドFPSをプレイしに行き、俺はこれから一人で、これまでとは一線を画す次世代ゲームを遊ぶって訳だ。
そして現在、俺は緊張を抑えるため、V‐GAZEの説明書をもう一度熟読していた。
プレイヤーには、このゲーム機を初めて起動する前に一つだけ、必ずやるべきことがある。
それは同封された缶ジュースを一本、残さず、すべて飲むことだ。
新世代のゲームを楽しみながら美味しいジュースを飲めるメーカーの粋な計らい……とかじゃなく、ゲームをプレイする時、プレイヤーの体内に入ったジュースに含まれる、ある成分が必要なんだ。
そいつの名前は、ナノマシン。
親にとっては映画とか小説とか、そういうフィクションの世界だったらしいけど、たしか十年前から一般家庭に登場して、今じゃ普通にある程度豊かな国なら、もうとっくに多くの人が利用している技術だ。
簡単な例だと、健康に良かったり、学生証とか運転免許のかわりになったり、コンビニとか駅の改札で財布代わりに使ったりする。
一部の人は、なんとなく恐いのか利用したがらないみたいだけど、今のところ特に、これはヤバいってレベルの事故は無く、単純に便利で値段もそこまで高くないから、大抵のやつは生まれた時や幼稚園、小学校辺りで投与されていて、周囲はみんな、ナノマシン持ちが当たり前だ。
俺の親父はSF作品やハイテク機器が好きで、正直いらないものまで俺たちにちょくちょく買ってくる流れで、俺たち一家の体内には、たぶん14種類くらいナノマシンが漂っていたと思う。
だから、今さらナノマシンの事はどうでも良いんだけど、問題はそのジュースを飲んだってのに、なかなかトイレに行けないんだな、これが。
別にこのV‐GAZEだって、いつでもプレイを中断出来るんだけどさ、まあ単純に、わざわざせっかくの最新ゲームプレイ初日をトイレで中断するってのが、俺は、嫌なわけだ。
……緊張のせいかな、ヤバイ。
説明書読んでれば気が紛れるかと思ったんだけど、逆効果だったかもなー。
これじゃ目の前にゲーム機があるってのに、いつまでたっても遊べねーじゃん。
「……いやいい加減にしろ、マジでふざけんなよ俺の膀胱」
脳内を満たしていた当初のドキドキやワクワクは消え失せてしまって、もはや自らの膀胱には、イライラをも超えていた。
俺が膀胱に対する失望や怒り、悲しみ、そして最後に、この宇宙の果ての暗黒のような感情を抱きかけていた頃、突然目の前に現れたまばゆい光を放つ救いの女神のように、尿意が込み上げてきた。
瞬間、俺は頭が理屈で尿意を理解するよりも早く自分の部屋を抜け出し、風に吹かれ舞う羽根のような身の軽さで階段を駆け降り、気付けばトイレの前に、ふと立っていた。
こんなに自分が冴えてるのは、ゲーム以外だと、たぶん生まれて初めてじゃないかと思う。
考えてみれば、ゲームをプレイするための動作なんだから、別に生まれて初めてじゃないかもだけど、まあ、それはそれで良いか。
とまあ、こんなくだらないことをボケ~ッと考えたあと、これで今日は最高の一日になると予感して、俺はニヤリと笑う。
よっしゃあっ、待ってろや次世代ゲーム!
すぐにぶっぱなしてくるからな!
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