第3話 春の息吹は強すぎて

 カーク子爵と10分程度何事かを打ち合わせをした後、カフェテリアで別れた。紅茶を美味しくいただく時間になる頃に店を出るというのも変な話だが。

 外に出て、ミアが大きく伸びをする傍ら、キャスケット帽を被り直しながら、俺はやり取りを聞きつつ疑問に思っていたことを問いかけた。


「師匠、実はナデシコさんについて、子爵に会う前からすでに情報を得ていたんじゃないですか?」

「レガロ君、どうしてそう思うんですか?」

「心当たりのある品の名前を出す時にあまり悩まなかったようなので」


 俺が予測を話すと、鋭いなあ、とミアが微笑んだ。


「仕事上、貴族のご婦人方のマナー相談にのってるんですけど、お姑さん、カーク伯爵夫人が典型的な保守気質で慣習に厳しい方だと、耳にしたんです」


 贈与士は、贈り物に関するアドバイスをする以上、マナーに関しても詳しくないといけない。

 その延長で冠婚葬祭の時の贈与物の相談や、渡し方や受け取りのマナー、添える手紙の文面など副業的に相談を受けることはよくあることだ。


「やれ、家事をするな、だの。包み物もろくに用意できないのか、だの。挙句の果てにこれだから異国人は、と貶して。こうして他のご婦人から噂を聞くってことは、人前でも言ってるんでしょうね。そりゃあ、ホームシックになる前にノイローゼになるってもんです」


 うふふふふふふ、とミアが据わった目で笑みを浮かべる。

 ギルド内で型破りと言われる彼女からしてみれば、明らかに嫌いそうなタイプであることは間違いない。


「だとしたら、ナデシコさんを一度故郷に里帰りさせるのも手なのでは?」


 やや渡すことに渋ったカーク子爵からその提案も実はあった。しかし、ミアは譲らなかった。


「帰ることで一時的に心の平穏は得られるかもしれませんが、今回の場合、根本的な解決にはならないんですよ。姑さんの異国人に対する偏見が強まり、ナデシコさんの方としては自分はダメな妻だっていう印象を強めてしまいます」

「うああ、めんどくせー」


 思わず敬語を抜かして本音が漏れてしまう。俺は見た目からは12歳ぐらいだし、実際まだ所帯を持つ年齢じゃないけれど、想像しただけでめんどくさい。

 同意するようにミアもため息をつく。


「子爵からしても、めんどくさいでしょうね。奥さんのことも大事ですけど、自分の母親ですから、頭があがらないし、責められない」

「あれ、意外とカーク子爵のことを援護するんですね? あんな風にけしかけてたってことは奥さんの味方をしろってことかと思ったのですが」

「実家を大事にするカーク子爵の現実感覚は大切だと思ってますよ? 生まれてくるであろうお子さんのことを考えてもそうですし、伯爵家としても一人息子な訳ですから、あまり仲が悪くなってもお互いに不利益にしかなりません。その辺、ナデシコさんも子爵の心労を考えて、姑さんとは仲を悪くしたくないって言ってるそうです」

「……なんというか、健気な人だな」

「はい。ナデシコさんの噂も聞いてますが、あまり悪いものは聞かないんです。むしろ、同情的な内容がほとんどなんです」


 なら、姑の方をなんとかした方がいいのでは、と俺は思ってしまうが、さすがにそこは領分が違うし、口を出せる問題ではない、か。

 となると。


「なら、なんで黒潮水を渡せ、ってふきこんだんですか? 子爵も懸念していた通り、慣習を破るようなものだし、それこそ実家との軋轢を生むんじゃあ……」

「多少はあるかもしれませんが、そんなのはどうとでもなりますよ。なにより、カーク子爵は奥さんのことを愛してますからね」


 一番大事なことであると言わんばかりに、ふふふ、と嬉しそうにミアが微笑んだ。先ほど即答したカーク子爵の様子を思い出したのだろう。


 そこへ、強い春の風が都の通りを駆け抜ける。思わずミアが風によって持ち上げられるスカートを抑え、俺も帽子を抑える。他の人々も強すぎる風に日傘を閉じたり、身体をかがめて風に堪える。

 数秒ほどでようやく風が収まると、ミアがふう、と息をついてスカートから手を放し、街路の側の花壇に植えられた花々へと視線を向けた。


「春風は様々なものを運んで変化を起こしてくれる分、その風が強すぎることもあります。支えてくれる根があるからでこそ、花は異国の地でも安心して咲きほこり、風に揺られることができるんです」


 先ほどの強い風に吹かれながらも、花壇に咲く花は折れたり倒れたりすることなく、見事な蕾をつけていた。その花壇の下に目を向ければ、土が盛り上がり花壇の石枠が崩れてしまっている箇所が見える。それは、花を支えるしっかりとした根が息づいている証拠だった。


 神妙な表情をしていたミアだったが、微笑むと都の中でも優美な建物、王城の方角へと向き直った。


「じゃあ、行きましょうか、レガロ君」

「はいはい。確か今日は王女殿下と会う約束でしたね……ってまさか」


 贈与士としての地位や幼い頃からの付き合いもあり、ミアは王女殿下と仲が良い。

 ……多少の無茶なお願いが通せるほど。

 ミアの意図するところに気づいて俺がうめくも師匠は答えず、鼻歌交じりで観光用の王城行きのトラムへと乗り込んでいった。


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