水色のりぼん

雨世界

1 うん。まーまーだね。

 水色のりぼん


 プロローグ


 ……なんだか、憂鬱だね、とくに雨の日はさ。と、雨降りの日、水たまりの中を歩きながら、君は言った。(……お願い。誰か私を助けて) 


 本編

 

 うん。まーまーだね。


「ちょっと、私と一緒に来て」

 いきなりそう言われて、空を眺めていた僕は誰かに手を引かれて、街の中を早足で歩き出した。

 見ると、そこには僕と同じ年頃に見える、中学生くらいの少女がいた。


 紺色の制服の上に、大きめのジャンバーを着て、足元に真っ白なスニーカーを履いて、頭に水色のりぼんをつけている、とても長くて美しい黒髪をした、生意気そうな少女が、こっちをじっと(目を細めて、にらみつけるようにして)僕の手を引いて早足で歩きながら、強い瞳で、僕のことを時折、見つめていた。

 世界には少し前から、小雨が降っていた。

 傘をさすか、ささないか、迷うくらいの優しい雨だ。

 その少女は、傘を持っていなかった。……僕も、傘は持っていない。


 僕たちは小雨の降る街の中を二人で早足で歩き続けた。


「あの、急になんですか?」と僕は言った。

「ごめん。私、『すっごく怖くて悪い人たち』に追われているの。理由は聞かないで。『なんでもないようなふり』をして」と少女は僕を見て、そう言った。

 それから少女は僕をビルとビルの間の隠し道のような狭い道を通って、こんなところがあったのか、と思うような、小さな空き地みたいな緑色の公園に僕を引っ張って言った。


「うん。ここまでくれば安心かな?」

 周囲の様子をきょろきょろと見渡して、『この場所がとても安全な場所(ところ)だと』確認してから少女は僕を見て言う。

「ありがとう。おかげで助かっちゃった。あなたが一緒に逃げてくれなかったら、きっと私は今頃、すっごく怖くて悪い人たちに捕まってしまっていたと思う」と言って少女は、とても明るい笑顔で、にっこりと笑った。


「どうして一緒に逃げる相手に僕を選んだの?」と僕は言った。(僕はすごくひ弱だった)

「うーん。まあ、すごく『ぼんやりとしていて、怒らなそうで、言うこと聞いてくれそうで、それに、すごく安全そうな顔』をしていたから」と少女は言う。

 その言葉を聞いて、僕が少し不満そうな顔をしていると、少女はすごくおかしそうな顔で、にっこりと笑って、「怒った? でも、当たっていたでしょ?」と僕に言った。(それから少女は僕に、「あと、優しそうだったから、かな?」と言って笑った)

 雨が止み、空は晴れて、太陽の日差しが、ビルとビルの間のところに、きらきらと輝きながら、差し込んでいる。

 水色のりぼんをつけた少女は、太陽の光が差し込み場所の中で、僕を見てにっこりと笑った。


「ねえ、こうして出会ったんだし、せっかくだから、少しの間、あの怖くて悪い人たちがこの辺りからいなくなるまでの間、一緒に遊ぼうよ。どうせ君、暇なんでしょ?」

 にっこりと笑って少女は僕にそう言った。


「……うん。いいよ。わかった。でも僕、遊ぶって言っても、あんまりお金持ってないよ?」と水色のりぼんをつけている少女を見て、僕は言った。

「別にお金は必要ないよ。ここで遊ぼうよ。小さな子供のころみたいにさ。なにか楽しいおしゃべりでもしながらさ。公園の中にある遊具で遊ぼう!」と少女は言った。

「わかった。そうする」と(なぜか自然と笑顔になって)僕は言った。

 僕と水色のりぼんをつけている少女は、それから少しの間、その緑色の公園の中で二人で遊んだ。


 それから僕と少女は、友達になった。

 それから僕たちが、さよならをする時間に(あっとう間に)なった。


 僕はこのとき、(少女とさよならをするとき)まだ少女の名前を知らなかった。

 それだけではなくて、そういえば僕は自分の名前をまだ、水色のりぼんをつけた、この不思議な少女に名乗っていないことに気がついた。


「あの、君の名前。なんていうの?」

 と、僕は少女に聞いた。

 すると君は「遅いよ。今更? まあ、別にいいけどさ。えっと、私の名前はね……」と言いながら、僕に自分の名前を教えてくれた。

 そのあとで、僕も自分の名前を少女に名乗った。(僕たちの名前には不思議な共通点があった)

 少女は友達になった記念に、って言って、その頭につけていた水色のりぼんを僕にくれた。

 僕がその水色のりぼんを、その場でためしに頭につけて、「似合ってる?」と聞くと、少女は、「うん。すごくよく似合ってるよ。すっごく可愛い」と僕に言ってくれた。

 僕はりぼんなんてすごく女の子っぽいものは、普段は絶対につけたりしないのだけど、それでも、少女に、すごく可愛いと言われて、なんだかちょっとだけ(悔しいけど)嬉しい気持ちになった。


「じゃあね、ばいばい。今日は、すっごく楽しかったよ」

 と言って、水色のりぼんをつけていた黒髪の美しい少女は、出会ったときと同じように、早歩きで、僕の前からいなくなった。


「さよなら。またね」と僕は少女に言った。

「うん。またね」と僕に手を振りながら、にっこりと笑って少女は言った。


 ……でも、それから僕が、その水色のりぼんをつけていた少女と再会することは、結局、一度もなかった。


 次の日、雨上がりの日の午後の時間。


 僕が少女からもらった水色のりぼんをつけて、ちょっと久しぶりにスカートもはいて、みんなのところに行くと、みんなは僕を見てすごく驚いた顔をした。

「どうしたの? まるで女の子みたいなかっこしちゃってさ」

「どうかな? 似合ってる?」と僕は言った。

 するとみんなは「うん。まーまーだね」とにっこりと笑って、水色のりぼんをつけている僕に言った。

 僕は頬を膨らませて、みんなに不満そうな顔をした。


 その日の帰り道、僕は昨日の雨の残していった、綺麗な水たまりを覗き込んだ。

 ……するとそこには、水色のりぼんをつけた、昨日、出会った少女がいた。

 水色のりぼんをつけた少女は、にっこりと嬉しそうな顔をして、綺麗な水たまりの中で笑っていた。

 蒸し暑い雨上がりの夏の日。そんな不思議な出来事があった。僕は、その日。なんだかちょっとだけ悲しい気持ちになった。


 ……できれば、もう一度だけでもいいから、君としっかりと手をつなぎたかったな。


 そんなことを、綺麗な雨上がりの虹を見ながら、いつの間にか、久しぶりに涙を流しいた、私(僕)は思った。


 水たまりの中に綺麗な虹を見つける。


 エピローグ


 雨上がりの綺麗な虹と一緒に。……あるいは、雨と一緒に消えてしまった、あの日の君(僕)と一緒に。


 ……ずっと、安全でいられるところにいようね。(危ないところには、いかないでね。みんなが、泣いちゃうかもしれないらかさ)


 水色のりぼん 終わり

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