第9話 小さな街

 

小川の流れは緩やかだった。


深さは足首にさえ届かない浅い川ではあったが夜中に裸足になって入るのは気持ちの良い事では無かった。


 

比重が重いせいか捨てられた魔魂は流されもせずに川底に溜まり、僅か10分程も拾ったら脱いだ靴の横には小山が出来ていた。

 

目見当 でポケットに仕舞える量を越えたので僕は川から上がった。


濡れたままの足で靴下を履くのは嫌だったので川辺に座り足が乾くのを待っていた。


月明かりに照らされた水面みなもを見詰めながらエミリアの事を考えていた。 


磨り減ったサンダルを履き着古した白いシャツを着た彼女と二人で分け合って食べたパンの味。


売られたのだと言うエルフのエミリアを救う方法に思いを馳せていた。


世知辛くやはりこの異世界も金だった。 


売られたと言うなら買い戻せば良い。


だがこの異世界で僕は小銭さえ持たぬ一文無しで、通りでパン一つ買うことさえも出来ないで居た。 


 

重さで歩くのもままならない量だった。


ポケットに詰め込んだ金とプラチナは向こうに帰ればまとまった金になるだろう。


向こうでは簡単に手に入り、そしてこの世界では稀少で高値で売り捌ける様な物。


このゴミ屑として捨てられた金やプラチナの魔魂の様な物を探せば良い。


道端で拾った金とプラチナもポケットから取り出した。


川底で拾ったのもあわせて山にして置いた。 


何故ならもうポケットに入れたままでは歩くにも大変な重さになっていたからだった。


僕は街を歩き始めた。 


帰った時に妹に見せる為にこの世界の建物や街並みを撮りながら、少しずつ僕は街のレイアウトを覚えていった。


 

魔魂換金所のある商店街らしきメイン通りの中程で、小さな路地に入って裏通りへと抜けてみた。


その通りには所々に閉店した屋台が置かれ、建物はと言うと石積みの2階から3階建てでさながら集合住宅の様だった。

 

通りはせいぜい200メートルほどで、その終わりには高さ10メートル程の石積みの壁が作られていた。 


突き当たり迄探索した僕は今度は壁に沿って歩いてみた。


 

高い蔦の張った壁はこの街をグルリと取り囲み、それはどこかヨーロッパの城壁を彷彿とさせた。 


壁の外からは時折唸り声が聞こえた。 


話に聞く『魔獣』と言う獣のものなのだろうか。



 

歩いてわずか小一時間程の、ここがその程度の小さな街なのだとようやく理解した。


この世界に飛ばされて二晩が過ぎようとしていた。


しかしまだ僕の知識は貧弱たった。


まどこの異世界の僅か1キロメートル四方を知ったに過ぎなかった。







スマホを取り出して時間を見るといつの間にか午前2時を過ぎていた。 


タイマーは『03:54:39』を表示して、やはり午前6時頃にまた転移するだろう事が分かった。

 

昨日初めてここ世界に飛ばされた時に僕は通りの片隅に立っていた。


何がそうさせたのかはまだ分からなかったが今日は魔魂の換金所の前に転移していた。


転送される場所が違った事に何か理由は無いかを考えていた。


まかり間違えば妹の待つ向こうに戻った時に動物園の虎の檻の中か、走る電車の前に現れてもおかしくないのだから。


何か法則があるはずだ、いや在って欲しかった。


スマホのタイマーが転送の時間を刻んでいるのだから何かスマホの中にその理由が在るはずだった。


魔魂換金所の前に転移した事の理由を探ったが、スマホの中に在ったのは昨日撮った交換所の写真位なものだった。


・・・・たがもしも撮った写真が理由なら?・・・・


向こうで最後に撮ったのが庭でビデオを構えていたみのりの写真だった。もし写真が何かの理由なら転移先は庭か妹の前と言うことになる。


今は情報が少なすぎて精々こんな仮説しか建てられなかった。





夜中に彷徨うろついて怪しまれるのを避けようと、僕は再び橋の下へと降りた。


小川の両側に敷かれた石畳に腰を下ろした。


もし今眠りについて目覚めてもこの世界だったら・・・そんな不安に囚われて今夜は寝れそうも無かった。


寝ようにもゴツゴツとして冷えた石畳の上だ、敷く為に買ったウレタンシートも無いのでは横になる気も消え失せていた。


(エミリアの火傷の薬を買わなきゃな・・・)


(あの酔った男と約束したんだからライトも幾つか買っておかないとな・・・)


月明かりに照らされた小川の水面を見詰めながら、そんな今日あった出来事を思い出していた。




猛烈に眠気が襲ってきた。


すぐ傍に集めた屑玉の小山があった。


このまま寝てしまったらせっかく拾い集めた屑玉を置いて行く事になると気が付いて、慌ててカーゴパンツのポケットに詰め込んだ。


1グラムや2グラム等と言う量では無くて、1キロはありそうな量だった。


「お引き取りを」


あの店でそう断られたら・・・と思うと心配になった。


向こうに帰ってもやるべき事が山積みで、今は少しでも寝ておかないとと思い石橋の下で横になった。


現実と理想が違うのは知っているつもりだった。


アニメやラノベの異世界物語で、道で屑拾いをして橋の下で寝ている主人公など聞いたこともない。いや見たこともない。


しかし現実はここに、石橋の下に転がって居た。





疲れていたのか気付かぬ内に眠って居た。 


目覚めた僕は家の芝生で寝転がって居た。 


そこは昨夜、みのりをスマホで撮ったのと同じ自宅の庭だった。


重さで脱げそうになるカーゴパンツを左手で引き上げながら僕は玄関の鍵を開けていた。


日曜日だからまだ寝ているだろう両親を起こさないように、そっと静かに階段を上がって行った。


部屋のドアを静かに開けてみると、僕のベッドにもたれかかりながら妹のみのりが眠っていた。 


昨日僕を送り出した時の服のままだった。


「みのり、自分のベッドに行って寝なさい」 と、肩を揺すりながら耳元で囁いた。


「おにいちゃん? おにいちゃん、おかえりっ!」


みのりは寝惚けたまま僕の首に両手を回して抱き付いて来た。


心配で夜中になっても眠れなくて、そのままここで僕の帰りを待ったのだと彼女は言った。


「シャワー浴びてくるよ」 


僕は野宿して汚れた体を洗い流したくて、彼女にそう言うと風呂場へ向かった。


「お腹空いたでしょ?何か朝ごはん作っておくね」


洗面所から聞こえた妹の声に、「ありがとう、みのり」と頭を洗いながら答えていた。


着替えを終えてキッチンに行くとベーコンエッグと焼いたパンが食卓に並んでいた。 


みのりはカップスープにお湯を注ぎながら、「温かいうちに食べてね」と僕に微笑んだ。


二人で朝御飯を食べた。 


昨日もそうだったが昨夜あった事が夢の様に思えた。


僕は貴金属の買い取り店やアルペンの開く10時まで寝るつもりだと妹に告げた。


「疲れた顔してるから早く寝たら、私もシャワー浴びたら寝るつもり」 みのりは皿を洗いながらそう言った。


「おやすみ」 


僕はそうみのりに言って部屋へと向かった。


ベッドに横たわる。


スマホのアラームを10時にセットして僕は目を閉じた。






何か柔らかいものが顔に当たり僕は目を開けた。 


妹が裸で僕のベッドに入っていた。


「みのり、自分のベッドで寝なきゃダメでしょ」 そう言うと。


「一緒に眠りたいの、凄く心配したんだよ」

僕の首筋にキスをしながらそう呟いた。


僕は裸の妹を抱き締めながらいつの間にか眠りに落ちていた。



 

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