第10話 英雄
健也たちには翔斗たちが見えているのか、明らかに翔斗と天音のいるほうを直視している。
「健也には僕たちが見えているのか?」
「そんな事ない。結界の中は誰にも見えないから」
健也は、うすら笑みを浮かべながら、目をギョロギョロとさせている。
「匂いがするんだ…… 絶望の匂いが。 すぐ近くから。 そうお前の匂いだ翔斗」
翔斗はここで戦うしかないと、立ち上がろうとしたが、天音は翔斗の手を抑え、待てと言いたげに翔斗に目で合図を送っていた。
「そこだな」
健也はそう言って結界に触れると、大きな音と地響きで結界に亀裂が入り始めた。
「ここで決着をつける」
翔斗は天音の手を振り払い、立ち上がり、母から受け取った小太刀を手に取り鞘を抜いた。
不思議と祖父を感じる。 まるで背後にいるようなそんな感じ。
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」
そう唱えると、小太刀は眩く光を放ち、瞬く間に長く鋭く伸び、立派な日本刀のように姿を変えた。
天音が翔斗の肩を軽く叩き話しかける。
「翔斗、この大百足は女王。こいつを倒せば全てが終わる。 大百足の弱点は目。そして人間の唾。 いい?結界を解くからね」
「解‼︎」
天音のその言葉と同時に結界は解け、辺り一帯の大百足たちが翔斗たちの存在に気付いた。
翔斗は唾を刀に吐きつけると、刀はさらに激しく光を発し、大百足たちは眩しさにたじろいだ。
「翔斗、構えて」
天音が叫ぶと、翔斗は言われるように刀を構えた瞬間、突風が舞起こり、翔斗を空中へと舞い上げた。
眩しさに怯んでいる大百足の目を目掛け、そのまま刀を振り下ろし、大百足の目を切り裂くと、大きな巨体の大百足は激しい砂埃を上げ倒れた込んだ。
「まだ、後ろよ」
天音の叫び声に救われ、間一髪で大百足の攻撃を交わし、再び大百足の目を切り裂いた。
周りに大量にいる大百足たちが、気持ちの悪い悲鳴のような断末魔の叫びを上げながら、泡のように消滅していく。
周りに気を取られていると、目の前の巨大な大百足の姿はなく、健也が立っていた。
「逃せ。そうすれば二度とお前たちは襲わないから。生きるためだけに、他の人間をひっそりと襲うから」
翔斗は刀に再び唾を吹きかけ、刃先を健也に向ける。
「わらわは健也の記憶を持っておる。知っておるぞ。思い出せ、お前は人間が嫌いだろう。他人が死のうが知った事ではなかろう? お前を虐めた人間、そこに群がる要領の良い人間、見て見ぬふりをする傍観者たち。お前はそれらを憎んでいたはずだ。お前は人間でありながら人間が嫌いなはず
「僕は人間が嫌いなんじゃない。人間が怖いんだ。 全てが憎いと思った事もある。人間なんて滅べば良いと思った事もある。 もちろん自分自身も含めて。 性根の腐った人間は腐るほどいる。人を陥れようとする人間もたくさんいる。心ない事を平気で出来る人もいっぱいいる。 けどみんな、生まれた時は同じで真っ白で、でも周りの人たちの影響や環境で色んな方向にいって、だから誰が悪い訳でもなく、その環境によっては自分も加害者になっていたかもしれなくて。 だから僕は、罪は憎んでも、人は憎まない。今ではそう思う。 そした人は弱い。誰かに助けてもらおうとは思わない。けど、知らず知らずに周りに支えられ、助けられながら生きている。 それが人と人との繋がり。 人は一人であって一人じゃない。弱さを知ってるからこそ、強くもなれる。だから僕は人間を守りたい」
健也の姿の大百足は不気味な異様な音を鳴らしながら翔斗から後退りを始めている。
「自分が死ぬかもしれないんだぞ」
「もちろん自分の命も惜しいさ。けど自分に人を守る力があるかもしれないなら、その可能性があるのなら、誰かのために、何かのために頑張りたい」
大百足は姿を真美に変え、翔斗に抱きつく。
「私を、殺すの?」
「お前は真美じゃない」
真美の姿の大百足は翔斗から距離を取り、大百足の姿に戻り、翔斗に襲いかかる。
「お前はいったいなんなんだー‼︎」
翔斗は襲いかかる大百足の目に、力一杯、刀を突き刺した。
「弱きを助け、強きを挫く、英雄だ」
鼓膜が破れそうなほどの断末魔の叫び声を上げ、大百足は泡となり消滅していった。
これで元の世界の化け物百足たちも全て消滅しているだろう。
「終わったね」
天音が翔斗の手を握る。
「うん。終わった……」
地響きと共に、地面が割れ、空が暗黒に覆われ、無数の竜巻が現れた。雷が激しく森林を焼き、この世界の崩壊がはじまった。
「この世界の支配者が消滅した事によって、均衡が崩れ、世界が崩壊に向かってるわ。 私たちも早く脱出しないと、崩壊に巻き込まれ消滅してしまうわ」
「また勾玉を翳せばいいの?」
「勾玉は龍乃神社の神域の空気と共鳴して、異界とを繋げた。 だからここでは無理」
激しい音と共に、落雷がすぐ近くの木に直撃し、翔斗たちの周りも火の海と化してきた。
天音はどこから出してきたのか、神社にあったような鏡を手に持ち、何かブツブツと呟いているように見える。
鏡が眩い光を発すると、目の前が真っ白になり、水滴が水溜りに落ちる音と共に、上下前後左右、全てが真っ白の世界に立っていた。
天音が翔斗を見てニコリと会釈すると、たちまち龍へと姿を変えた。
「やっと取り戻せた」
言葉の出ない翔斗を背に乗せ、白の世界を一直線に飛行し、その前方には眩しい陽の光が刺し、眩しさに手の平で目を隠す翔斗。
そこを抜けると、澄んだ空気と緑が広がる森林。
そして龍は翔斗を背に乗せたまま、ゆっくりと地上へと降り立ち、またも光を放ち、人間の姿、天音に戻った。
龍に変身した時に衣服が破れてしまったのか、白い肌を露わにし、生まれたままの姿で、顔を赤らめ、恥じらっている天音がそこに立っていた。
そして翔斗に強く抱きつき、口づけを交わした。
翔斗も目を閉じ、天音を強く抱きしめた。
天音は翔斗の両頬に両手を優しく当て、語りかける。
「私は龍神、神だ。神が人間に恋をするのは許されない事だと思う。だけど私はあなたを愛している。」
「僕もだよ。初めて会ったあの日、一目惚れだった。 記憶をなくして忘れていたけど、今は思い出した。 許されない関係かもしれないけど、それでと僕は天音を愛してる」
「翔斗、ありがとう」
そう言って天音は光の粒子となり消えていった。
「そうか……龍野天音……勝手に思い込んでたけど、龍野じゃなくて龍乃、読み替えると龍乃(りゅうの)。
そして翔斗は疲労からか、その場に倒れ、気を失ってしまった。
異界との時間のズレがあり、この数日間は、こちらの世界では数ヶ月にもなっており、母は事情を分かっていたが、事情を知らない周りの身内やご近所や翔斗の友達たちの意見もあり、母は警察に捜索願を提出した。
数日後、神社近くの草むらで倒れている翔斗を、地元の警察官が保護し、病院に運ばれた。
意識が戻ったあと、警察が何を聞いても過去数日間の記憶はなく、何も思い出せないとの事だった。
月日は流れ60年後、龍乃神社では、翔斗の孫が宮司をしていた。
そして参拝客に語りかける。
この神社には、淡く切ない、龍神様と人間の恋の物語りが書かれた書があり、語り継がれてるのだと。
そして、その書によれば、龍神様は未来永劫、この町を見守ってくれているのだと。
愛した人の子孫とその者たちの暮らすこの町を。
英雄 いつかの喜生 @yoshikun3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます