第2話 望遠鏡の向き

 ライカ・コルグリアは主星系人口の大部分と同じく両性愛者で、フーリエは少なくとも同性愛者プラスアルファだ。


 もっともわたしだって実際に相手をしたことがあるのは片方だけなので、偉そうなことは言えない。フーリエに関しては過去の交際相手の傾向から、同一(ホモ)セクシュアル兼機械性愛者だという噂がある。

 所詮噂は噂だが、片方に関してはカリワまでの船中で暇を持て余した結果自分の手で確認していた。


 分泌液のうち九十九%は高分子ポリマーが吸収してくれるとはいっても、やっぱり違和感は残る。こんなことなら最初から脱いでしまえばよかったとも思うものの後の祭りだ。


 フーリエに制御盤を操作して貰い、非常電源をシャワールームに回す。無駄使い極まりないので、せめてもの節約にそれぞれ別のシャワーを使った。これ以上続けると、何のために安ホテルではなく花崗岩の塊に乗り込んで来たのかわからなくなってしまう。


 コントロールルームに戻ると、とっくに冷えきっていた備蓄食を再加熱して湯上りのフーリエが待っていた。手を振られたので、軽く振り返す。


「邪魔しちゃった? その、さっきから今にかけて」

「そろそろ休憩は取ろうと思ってたからねー。気にしない気にしない」


 鷹揚に笑うフーリエの貫禄はとても同世代とは思えなかった。外観偽装でスクールに潜入した特務スパイなのではと疑えるほど純心ではないものの、尊敬に値する友人であることは間違いない。


 そう、友人だ。パートナーと呼ぶにはまだ早かった。こっちの方では悪くないなと思ってはいるけれど。


「それで、フーリエは結局何がしたくてカリワまで来たんだっけ?」


 コクを抜け落ちたビーフシチューとホワイトシチューを一口ずつ相手の口に運んでから、そろそろ気になってきたことを尋ねてみた。

 主犯である家出娘の方に大した理由はない。思春期特有の不安定な情動、だとかなんだとかで十分説明がついてしまうはずだ。もちろんそれを認めたくない気持ちはある。けれど残念ながら、客観的分析を拒めない程度には、中途半端に理性的なのも自覚していた。


 けれども、彼女には不安定なところなどまったく見えない。隠れた内面があるのかもしれないが、だとしたらカリワに至るまでの道中で少しは唯一の同行者に打ち明けてもよさそうなものだ。

 そうしないのだから、何か重大な秘密があるように思えた。少なくとも、思春期特有の情動にとっては重大な秘密が。


初期観測設備 イニウォッチャーに残った運用時の非公的記録を攫うためには――」

「そこまではわかるけど。わざわざ家出先を探してたわたしに声をかけてまで、辺縁の小惑星の観測記録なんて攫う理由は? ガニメデ軌道上のミスラ望遠鏡を二十標準通貨ドルでレンタルするんじゃ駄目だったわけ?」


 表面的な説明を繰り返そうとするフーリエを遮って、質問を重ねる。


 カリワにあるのは宇宙最高の天文台などではない。ただの安全管理用の最低限の観測機械だ。残っているのも開発開始から開発放棄までの四ヶ月分のデータだけ。普通に考えれば、全長一キロもあるオフィシャルな衛星望遠鏡には較ぶべくもない。


 とはいえエンジニアでこそなくとも、わたしだって馬鹿なつもりはない。彼女の目的が、少なくともどちらを向いているかは予測できた。


「カリワは元々メインベルト最北の観測基地として目をつけられた。つまり、太陽系っていう円盤の北側に関してなら地球や火星やガニメデよりも正確に観測できていたはず。そういうこと?」


「大枠はねー。もう一つは、ミスラの向きかな」

「向き?」


「そう。望遠鏡っていうのは、地表に置いても軌道上に浮かべても、どうやったって一つの方向しか向けないのー。回転周期に合わせて三百六十度、それとレンズを斜めに傾けてもう少し、それだけ。ドーナツの視界を広げるために真横にレンズをつけたゲテモノなんかも造られてはいるみたいだけど、ガニメデのミスラは違うんだよねー」


 ピカピカに磨き上げられた鏡を使った高感度の解析装置。人類が広範な宇宙を最大限眺める方法はそれだけだ。

 例えるなら懐中電灯をデタラメに振り回して夜の道を歩くようなもので、見えているのは懐中電灯の光が当たる方向だけなのだ。


「特に系外観測用の大望遠鏡は障害物の少ない斜めの軌道に乗せられるから、太陽系の円盤に沿った向きは案外盲点なんだよねー」


「アステロイドだらけの真横を向いたら折角の反射鏡も岩のシミを数える役にしか立たないものね。じゃあ系外観測にかからない太陽系の内側で、かつ地球や月(ルナ)や火星の系内記録にも残らない、メインベルトの北に近い観測情報……」


「外側から見た主小惑星帯アステロイドベルト。そこに、私の見たいものがあるはずなんだよね」

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レイニー・アステロイド 蔵持宗司 @Kishiba

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