夜の終わりー8ー
一時休戦、っつーか、エレオノーレの心の戦列を突破する糸口も見えないまま話を打ち切ったんだが……。それによって、より拗れてきてる感じも否めない。翌日の昼になっても、誰も何の連絡もないってことは、状況に変化はなかったってことなんだし。
まあ、唯一の救いはエレオノーレの旦那が凡庸でそれを自覚してるってところか。
現在のマケドニコーバシオ王家の内部もそれなりに複雑で、現王家は傍流から成り上がっていて、存命の幼少の前国王が本来の直系となる。俺は直接会ったことはないが、ネアルコス曰く『前王は、ボク等よりも若いですよ』との事だ。才覚の有無までは言及されなかった。
ただ、一応とはいえ、穏便な交代だったらしく、年齢を理由に周囲の推薦もあって執務を取り仕切っていた現国王が、改めて即位したって形になっている。前王が生きているって稀な状況も、それに起因するらしい。
しかし、王の血筋に関する扱いが、本家から傍流になった一族の親戚と、傍流から王家になった一族の親戚とで、血のつ繋がりの強弱が変化してしまい、家格は極めて複雑化もしている。
エレオノーレの夫は、幼少の前国王から派生した分家の四男で、現国王との関係は薄い。家の領土はテレスアリア国境付近であり、一応、俺達の事も多少は知っている節はある。四男なので家を継ぐ可能性は低いし、元々戦士としての才能の乏しさも自覚している様子で、あらゆる意味で無難で無害って感じの男だった。
行き場がなかったからちょうどいいとは本人の言で、平穏に見える裏で次の戦争の準備が始まっていることさえ気付かずに『平和になったから聖地での大祭も楽しめそうだ』なんてほざく楽天家だ。
だが、だからこそエレオノーレと合いそうだとも思った。
俺はしなきゃいけないことが前にある時、いつでも出来そうな中身の無い話や、命に関わらないくだらない日常を話されれば腹が立つ。そんなだから、女との相性はすこぶる悪い。
話してみれば、後は二人でなんとかしてくれるんじゃないかと思う。話してくれるなら、だが。
……いっそ、扉を蹴破って、婚約者を放り込んでみるか?
俺と喋ってても平行線なら、腕っぷしで言うことを聞かせることしか思いつかないんだよな。
ともかくも、連れてきた兵士たちの住居の割り当て報告は朝一で受けたし、部下へのミュティレアに関する都市法なんかの説明は事務方の
それは分かっているんだが、じゃあどうするのかってことで思考がまとまらず、こうしてアゴラの柱廊をうろつく以外に術がない。広くさせられた部屋には、不機嫌なアデアも待ち構えているし。
長い溜息を吐くと――。
頼りになりそうなものの、逆に、引っ掻き回されるだけって気もする一番厄介な
「ご飯でもどうですか?」
人好きのする笑顔を浮かべるネアルコスに、渋い顔のままで返す俺。
「食欲が無い」
一応は、気を使って俺に声を掛けてくれたんだとは思うが……。
「いいですね、恋煩い」
いや、多分、気のせいだな。面白いから今回の全貌を把握して、俺の首根っこを押さえたいってのが本音だろう、この性悪は。
「……お前が破産するまで食うとするか」
十代が終わっても変わらない童顔のネアルコスの頭を掴めば、そのまま港へと続く目抜き通りへと足を向ける。
まあ、実際問題として、マケドニコーバシオ軍の王太子派の主力である
……エレオノーレも、俺の軍団兵のように金で言うことを聞かせられるなら、どれだけ話は楽か。
「ワインでも飲みますか? メタセニア産のを、アーベル兄さん持って帰ってきたんですよね?」
耳聡いな、と、取引開始のためにミュティレアの商人連中に味を確認させるために持ってきたワインの事を思い出す。ラケルデモンの風習に縛られ、理性の歳まで我慢する必要ももうないんだし、この状況では頭を鈍らせる酒に頼るのもやぶさかじゃない。だが……。
「今日、説得しなくていいなら瓶の封を開けるぞ?」
脅す様に言えば、ネアルコスは、あ、今日はまだ行ってなかったんだ、と、露骨に顔に出してから、小さな失敗を誤魔化すように、笑顔で舌を出すというあざとい態度を返してきた。
なので、必要以上に無愛想に「ちっとは手伝え」と呟く。
「なんと無粋な!?」
大げさな反応ではあったが、演技ではなく本気で――おそらく、他人の女の事情に首を突っ込みたくはないと思っているんだろう。口は突っ込んでくるくせに――驚いている。
色恋の噂は大好きな上、ネアルコス自身もそうした方面ではかなり奔放な癖に、妙な拘りがあるらしい。
「変わった男だ」
「アーベル兄さんにだけは、言われたくありません」
ネアルコスは、心外だと言わんばかりの顔をしているが、そもそも
むしろ、哲学的には、自覚のある俺の方がまだましだと思うがな。
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