夜の終わりー2ー

 つか、そもそも、エレオノーレの夫となるのはアデアの身内であって、俺の血筋ってわけではない。男女の関係というなら、踏み込めない責任は半々じゃないんだろうか?

 そこで、アデアへと顔を向け、言外にエレオノーレの夫は、お前の様に強気で踏み込めないのか、と、視線で問うが逆に睨み返されてしまった。

「会った後で嫌われるならその男の問題だ。会わせてさえ貰えてない以上、これは我が夫がけじめをつけるべき話だ」

 ……なんか、納得いかねえ。

 っていうか、そんな状態なのに、俺がさっさと結婚して女王になれと言った所で、素直に聞くとも思えないんだが。

 しかし、顔にそれが出ていたのか、念を押すようにもう一度アデアが「我が夫の責任だからな」と、繰り返した。

「あ――」

 唸るしか出来ない。

 説得とか、俺には一番苦手な仕事だ。助けを求めるように、そういうのが得意なネアルコスへと視線を逃がそうとしたが、アデアにがっしり頬を掴まれてしまった。

 真正面から、俺の瞳の奥を覗き込んできた、アデア。

「皆、早い段階から注意していただろう!」

 真剣に言ってくれているのは解る。怒っている顔の中に、真摯さというか、そういう真っ直ぐにこちらに向いている、純な感情がある。

「ま、そうなんだが……」

「そういうつもりがなかった、ってのは、ダメだからな?」

「ダメなのか?」

「さっきも言ったであろう! そういう誤解をさせる言動にも問題があるのだ! それに、我が夫もワタシと婚約しつつもいつまでもフラフラしてたから……!」

 堂々巡りでずっと怒り続けているアデアに、話の終着点が見えずに苦笑いしか浮かばない。

 いつまでも終わらない説教に、頭を掻く。

 このままじゃ、説得に向かう前に気力が尽きそうだ。

「つってもな」

 そもそも、今更、エレオノーレに会った所で、どうすればいいかなんて全く分からない。

 戦略も戦術も無く戦場に立った所で勝ち目はないし、それが読めない王の友ヘタイロイやアデアではないと思うんだが……。どうもエレオノーレの件に関しては、俺を買い被っている節があって困る。

 けりを付けようと俺だってしてるんだ。でも、どうすればスパッと上手くいくのかを教えてくれる仲間ヘタイロイはいなかった。

 ったく、解らないモノをどうしろってんだ。

「今回の件に限ったことではないぞ?」

 不貞腐れる俺を前に、不意に声の調子を変えて俯いたアデア。

「ん?」

 態度の変化に改めてアデアを見れば、呆れと諦めが混じっているものの、他にも何かを隠したような表情で、呟く様に囁かれた。

「女というものは、我が夫が思っている以上に厄介なのだ。

 大声を上げるのはあくまで感情の発露だ。

 本当に大切な事は、いつも小さな声で告げられる。

 しかし、アデアが、今、大事なことを言っているのは分かるんだが、その真意が分からない。

 そもそも俺は、ネアルコスと違って女関係は派手じゃないんだし、戦場で女を戦利品に受け取ることも無い。自重は普段からしてると思うんだが?

 そこでふと、他の誰かではなく、俺にとって今一番身近な女をアデアは指して言ってるのかもしれないという事に気付き――。

「……それは、お前もなのか?」

「なに?」

 どっか苛立たしそうに訊き返してきたアデア。

「いや、今の話の流れだと、アデアにも俺は何か最初に誤解させることをしていたのか?」

 なんの気なしに言った一言だったのだが、一瞬、ほんの一瞬だけだが、無防備な表情をアデアが見せるから、俺まで少し動揺した。

「そういう所が!」

「案外、可愛いな、お前」

 確かに、最初の出会いで誤解させることはあったかもしれないな、と、もうずっと昔、毒を盛りに王宮へと侵入したあの日を思い出す。アデアに見られた瞬間の俺は、暗殺者って態度じゃなかった。

 例えそれが、誰かの姿をアデアに重ねていたのだとしても。

「そういう所も!」

 こうしてムキになって言い返してくるが、嫌にならなくなったのはいつからだっけな。

「わけが分からんな」

「分かっているはずなのだ! なのに、我が夫は……!」

 態度から察するに、アデアの本当に伝えたいところとは少し違ってしまったのかもしれないが、まあ、機嫌が少しは直ったのでそこはよしとしようと思う。

 そこでようやく置いてけぼりだったネアルコスへと向き直ると――。

「どうした?」

 暴れるアデアを片手間にいなしながら訊ねれば、嘆息したネアルコスにしみじみと呟かれてしまった。

「いーえ、アーベル兄さんは本当に変わってるなって思っただけですよ」

 見方の問題だろ、と、心の中だけで言い返す。

 出来る事、したい事、したくない事、出来ない事……。本当の意味でバランスの良い人間なんていない。誰も彼もが、何所かしろ歪んでいるし、それがむしろ個性だ。

 そもそも、他人にどう見えているかは別として、俺自身の行動には一貫性があった。……はずだ。

 いつからか戦闘という手段が目的になりつつあったが、あの国ラケルデモンあの場所少年隊に居て、その程度の変遷で済んだのはむしろ幸運だったと思う。そして、その後も様々な経験を経て戦場こそ自分の在り処だと思うのは自然の事だとも。

 俺やネアルコスの配下に多い、傭兵にはそんなヤツも少なくない。他の場所で生きられなくて、戦場にしがみつくような人間が。

 ただ、どうも俺自身の資質はいち兵卒で終わらなかったようで、幸か不幸かは別として、王の友ヘタイロイへと取り立てられ、アデアとの婚約も交わす事になり――。

 戦場だけが俺の仕事場じゃなくなりつつある、いや、元々金勘定とか街道整備に治水といった仕事もしていたんだが、それらは突き詰めれば、戦争を行う上で必要な下準備だったから行えたことでもある。

 最近は、戦争の為の行動以外の仕事の比率が増してきている事に、気付いていないわけではなかった。

 ただ、その中でも、人間というものを相手にするのは、本当に、難しい。

 精神、感情、そうしたモノを量る秤が自分自身の中には無い。もしくは、ラケルデモンで壊れきった。多分、だからなんだろう。軍団兵への評価や感謝を計量可能な金できちんと表すのは。

 しかし、仲間や他国との交渉はそれでは済まない。無論、アデアとの事も。

 アデアや皆が嫌なのではない。

 だが、周囲から押し付けられる理想の形に自分自身を変えてしまうなら、俺が俺である理由もない。戦場以外の場所において特に、周囲の求める俺と、俺自身が信じるエンテレケイア――もしくは、今の在り様が乖離していくように感じる。

 悪い部分だったと言われても否定できないが、これまでの自分自身の中心にあったものが萎れていく。

 最近、ようやく言葉でここまでのことを考えられるようにはなったが、それまでだ。だからどうすれば良いかまでは解らない。哲学は得意じゃない。

 昔は、戦って、戦って……戦い抜いた果てに、最後は戦場で迎えると思っていたんだがな。

 ここ以外に、俺の業を振るえる場所は最早ない。しかも、皆といる事が嫌ではないから余計に困る。

 しかし、型に沿って流れるだけの今に、疑問を感じていないわけでもなかった。


 ……もしかしたら、俺がエレオノーレが変わったと思う原因の本質は、俺自身の変化と同じような部分なのかもしれない。だが、そうであるならば、尚の事、元々の主義主張が真逆の俺に拘るというのもおかしいように感じる。

 あー、ったく、どうしてこう、世の中とは上手くいかないものなのかねぇ。

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