Alphekka Meridianaー39ー
背後から殴り掛かって来た拳を右肩で弾き上げ、そのままその敵の腕をつかんで、正面の敵目掛けて投げる。腕力だけでも投げられないこともないが、敢えてさして踏ん張らずに、敵を投げた反動で自分自身の重心を後方に――より性格には、俺の背後にいて、今投げ飛ばされたヤツがいた場所へと下がる。
さっきから、低く太い声が戦場全体に響いていた。
多分、これが、そうなのだ。なら、ここに留まれない。
投げつけられたのがこれまでのような死体ではなく、生きた味方であったため、正面の敵はまず味方を踏まないように助け起こすために混乱している。その隙に俺は背後へと向き直り、今度は一直線に敵戦列に身体ごとぶつかるような突きを見舞う。
俺の長剣の刃圏から外れていて、かつ、俺へと攻撃可能な敵は四。
躊躇なく駆け出す俺。
最も間合いが詰まっていた敵は得物を取るのは間に合わないと判断したのか、そのまま殴りかかってきたので癪は癪だが甘んじて歯を食いしばって受け、すれ違いざまに足を掛けた。地面で喚く頭を縫い付けるように踏みつけ、踵に重心を預けて回転。下の罵声が悲鳴に変わり、左の一人を意図的に無視し、右の三人に身体の正面を向けつつ刃を向けて威嚇し、足を詰まらせれば、その作られた隙に上段から斬りかかってきた背後の一人にもたれかかるように倒れこんで敵の腹に肘を入れてその反動で起き上がる。
後は一息で駆けて味方の戦列に紛れた。
俺に続いていたはずの者たちは、乱戦に持ち込む勇気が無かったのか、大人ひとりが横になれるだけの間合いで槍の付き合いをしている。まあ、半分はお遊びみたいなものだ。もしくは時間稼ぎ。距離があれば恐怖は薄れるが、その分致命傷を受けたり与えたりする確率は減る。
ただ、まあ……。
まだ踏みとどまっていたことは賞賛に値すると思った。とっくに逃げたか壊滅していると思ったんだが、一度後退した俺を後衛に下げ、前に出て行く後姿はそれなりには頼もしい。
はは、と、また少し笑って、血で濡れているのもかまわずに左手で前髪を掻き揚げる。
その上げた顔で戦場を見回せば、同盟都市の市民軍が崩壊し、撤退していた。マケドニコーバシオ軍は、影も見えない。
まあ、レオの事だし信用はしている。
必要十分なメタセニア兵は温存された。旧メタセニア領の占領支配は問題ないだろう。
残る仕事は――。
「来ました! ラケルデモン軍です!」
喜色を隠さずに叫んだ横の兵士の兜を軽く叩いて賛意を示す。鬨は、さっきから聞こえていた。あのままあの場所にいれば圧死させられる危険があるから下がったんだ。
俺達が横槍を入れてたせいで――、そして、敵がそれを攻撃しようとしていたため敵の攻撃面が分散していた。ラケルデモン軍と俺の寄せ集め部隊が、互いが視認できる程度に戦列が押し返されている。その距離は僅かではある。
しかし、敵集団が各方陣毎に異なった動きをしたせいで、過度に密集し、あるいは隙間が生じ、それぞれの軍団の動きが鈍っている。
今が、その時だ。
この一瞬を作るためだけに戦場に踏みとどまっていたのだ。
混乱している敵兵は、拠り所を探すように、誰からとも無く視線を彷徨わせている。予定にない、予想もしなかったこの事態に対し、最も信頼の置ける将へと自然と敵の意識が向かっている。
なまじしっかり鍛えているせいで、敵の兵士はその主の意向を求めている!
……いた!
さして目立つ装備でないのは、前線での鼓舞を意識していないからだろう。もしくは、俺のような暗殺者を恐れてか。
しかし、もう遅い。
視線は完全にヤツ捕らえている。もう、逃がさない。
ラケルデモン王は戦死した。レオに交代させた兵士でメタセニア領を維持して戦後交渉に移ることは可能だ。マケドニコーバシオが勝利するために残された所は、この戦争を仕組んだティーバの指導者の排除だけだ!
「敵将はここだ! 討ち取れ!」
切っ先を敵陣に向ける。突破しなければ敵戦列は五つ程度。距離は一足飛びとはいかないが、敵が逃げても十分に追いすがれる間合いだ。
俺の号令に、味方は即座に反応した。
敵も敗残兵に損害を出したくないと考えていたからか、前衛の三列程度が槍を突き合っていたため、遠戦を行うための距離と時間的猶予は十分であり、かつ、縦隊が功を奏してか負傷兵が多いものの数も十分に残ってる。
投石器を振り回し速度を乗せる音が響き始める中、まずは槍が投げ掛けられる。一呼吸の後「放て!」と、叫べば石が一斉に敵陣列めがけて投げ掛けられた。
視線が合う。
思っていたよりは若いと思った。マケドニコーバシオの国王に影響を与えたなら先生のような年齢を想像していたが、しっかりと鍛えられた身体と鋭い視線はまだ四十代ほどに見える。実際は五十を過ぎているとかそんな話を聞いたと思うんだが……。
倒すべき敵、敵となりえる人物に不敵に笑みかければ、なんの情念も読めないような真顔を返された。
そして――。
エパメイノンダスは即座に反応した。まず軌道を読み切り、投げられた三本の槍の二本を交わし、避け切れないであろう一本を掴み取り、槍から石へと投擲物が変わる瞬間に盾を掲げて身体を自身の左腕の大盾の中へと隠し、向けられた投石をことごとく盾で弾いている。しかも、盾の後ろから片目で俺を捕らえたままで、だ。
投石の雨が止むと同時にエスパメイノンダスは、俺とその手勢に向けてさっき掴み取った槍を投げ返してきた。
放たれた槍は風切り音を響かせ、驚くべき速度で俺の横をかすめると、直後、ドサッと重く湿った音が隣から響いてきた。
似ている、と、少しは思った。
エパメイノンダスも、周囲の自身の衛兵を全く省みず、本来は横の者を隠すはずの盾に自分が逃れ、自分だけを守って反撃してきた。そして俺も、戦場にいる以上、自分の身は自分でなんとかしろという考えだし、味方の犠牲よりも勝利を優先する。
ハン、と、一度鼻で笑う。
この癖の強さは偽者に出せる者じゃない。間違いなく、アレが今回の俺の獲物だ。
「投槍、投石は各個の判断で放ち続けろ! 腕に覚えがあるものは俺に続け! 敵将目掛け一直線に切り込む!」
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