Alphekka Meridianaー37ー
俺を先頭に、五~八名程度の横隊が折り重なるようにして続き、鏃の様な縦隊が形成される。命令したわけではないが、合理的ではある。横列を広げすぎれば小回りが利かなくなるから。それに、そこそこに戦える人間ならば、戦闘中に敵に包囲されないように隊列を組もうとするのも道理だ。
状況は、そう悪くない。
軍をがっちりと掌握している感覚がある。
どの程度、さっき俺の飛ばした檄に従った者がいるのかは解らない。つか、そもそもが自発的な意思による逃亡には見えなかったんだし。ただただ何も考えずに戦場に来て、勝ちそうだから留まり、負けそうだから逃げようと考えている、主体性なんてないただの群衆だ。
だが、だからこそ流され易く煽り易いと踏んだ。無いよりはまし程度の連中だろうが、敵の精鋭に向かって突っ込むんだから兵は欲しい。し、亡くして惜しい者でもない。怒号のひとつで釣れるなら安いものだ。
神聖隊に関しては、その生活の全てを国費で賄うため、数はそう多くないと聞いている。ま、その分、実力もラケルデモン市民軍に勝らずとも劣らないらしいがな。
エパメイノンダスの真似ってつもりは無いんだが、敵が数の厚みでラケルデモン戦列の崩壊を狙うなら、より尖らせた縦列でその最も強固な一点を穿ってみるのも面白いだろう。
一撃でエパメイノンダスを殺り、そのままティーバ軍側面を掠めて旋回できれば、活路は開ける。成否は、速度と付き従ってる連中の技量しだいだ。
ラケルデモン軍の隊列が途切れる。戦場を突っ切った証だ。
さっと顔を左右に振って敵を確認するが、ありがたいことに騎兵の姿は見えなかった。
先駆ける俺の動きに合わせ、縦隊が旋回を始める。外側に行くほど移動距離が増えるので、若干隊列は乱れたが想定の範囲内だ。
味方が完全に方向転換を終える前に、俺は一歩先んじて敵陣へと向けて走る。重装歩兵は正面以外が弱い。奇襲もしくは強襲で時間を無駄にする以上の愚もない。
「俺に続けぇ!」
吼える様にひとつ大きく叫んだ後、身を沈める。
敵との距離は十分にある。隙は大きいが、俺は長剣を横に水平に構え状態を捻り、力を溜めた動作のままで、低い姿勢で敵の横腹めがけて駆けた。
十分な助走の元、大きく薙ぎ払う一撃に対し、神聖隊は迅速に反応した。掲げられた盾を前にし、俺はそのまま長剣を振りぬく。重量があり、青銅よりも丈夫な鉄製の刃が、神聖隊の大盾に食い込む。柄尻付近を握る右手の力は弱めない。刃が滑るのが止まれば、盾に得物を食われる。
渾身の力で振り抜くと同時。真正面から突き出された槍を手甲で弾き、柄を掴んで引き寄せるが、ラケルデモン市民軍に匹敵するという評判に嘘は無いようで、槍は奪えずそのまま力比べの格好に――。その隙に、左右から三、四いや、それ以上の槍が突き出される。俺は下がらずに、敵が踏ん張って倒れまいとするのを利用し、短い跳躍で正面の敵の胸元へと飛び込むと同時に、敵の鎧を思い切り蹴飛ばした。
槍は突かれるのが脅威であり、潜り込んで柄で打ち据えられる程度、怪我には入らない。
振りぬいていた長剣を持つ右手を返す。そのまま左手で柄尻を掴んで腰の捻りで引き、切り落とした盾の下。敵の脛当の上の太腿を一直線に返し斬る。
側面攻撃において、脅威は第一列だけだ。
なぜなら、密集陣においては、個々の兵士が方向転換するのに十分な間合いがなく、また、前面にも意識を集中しなければならないため、隊列としての反撃が極めて難しくなる。
しかし――。
この敵は、相当にヤる。
太腿を斬られれば大量出血で死ぬ。が、自らの先を悟ってか、俺の脚を目の前に転がってる敵の誰かが掴んでいる。振り解くのを後回しにしたのは、目の前に更に次の槍が迫っていたから。さっきまでと違い、緩やかに退くように足を運び、左右に短く撫でる様に敵を斬り、右足を掴んだままの敵の腕を、左足の鋲付きのサンダルで踏んで圧し折る。
追いついてきた軍団兵を盾に、一度間合いを取って戦場を見る。
素晴らしい、と、素直に感じた。
戦いが長引けば、疲労で心が折れる。それは普通、体力の限界よりも先に訪れる。だから、死ぬとわかっていても、足を止め、腕に力を込めるのを人は止めるのだ。
なのに、あのラケルデモン市民軍と戦い、今まさに側面を衝かれている敵の闘志は微塵も衰えていない。隊列を組めていない不利はあるものの、俺につき従ってきた雑兵では、四~五人掛かりでやっとひとりを殺す程度で、場所によっては敵の一人によって壊滅させられている小横隊もある。
神聖隊は同性愛により強く結びついた軍であり、恋人と戦うことで強い力を発揮するといわれているが……。ハ、反吐が出る。戦いとは、そういうモノじゃない。殺し合いの根底にあるのは、憎しみと……渇望だ。
誰かを愛して戦う、なんてそんな甘さは必要ない。
他人を愛するあまり、戦えなくなり、枯死しそうな女を思い出して苦いものがこみ上げたが、それを痰と共に掃き捨てて戦場を観察する。
敵将の位置はまだ分からない。
神聖隊は確かに小規模な軍に見えるが、それ相応の鎧をまとい、兵士に付き従われている者の姿は一見して見当たらなかった。
まさか、状況の変化に応じて後方へと退いたのか?
実際問題として、ラケルデモン軍が予想以上に押されていて、側面を衝いていたはずの俺たちに向かう敵は刻々と増えている。
焦りは禁物だと分かっていながらも、早く敵の頭をもぎ取らねばと気が急き、唇を噛みがら敵陣を探っている時だった。
「ラケルデモン王、戦死!」
ざわめきの中から、確かにそれを俺の耳は捕らえた。
さっきの敵の鬨も、士気が衰えない要因もそれだったのだ。
――戦いの流れが変わる。
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