Alphekka Meridianaー36ー

「アーベル様、同盟軍までもが退いていきますよ⁉」

 横でがなり立ててるのは、俺に窮状を伝えてきて以降、ちゃっかり俺の側に付いてたあの伝令だ。

 レオに命じて後退させ始めている俺の軍団の重装歩兵の動きに連動し、同盟軍の足並みは大きく乱れていた。……いや、より正確には、戦いの始まりでは浮かれて適当に前進していた連合軍の足並みが、今は躊躇で歩幅が詰まり、横一列に並んでいたはずのラケルデモン同盟都市軍の布陣に、凹凸が出来ている。敵から距離のある左翼側では所々で歩みを止めたり、情報収集のために伝令を出す程度の様子だったが、ラケルデモン軍に近い――あれは、エーリスの市民軍だな――同盟軍の方陣は後退を始めたのがはっきりと見て取れる。

 ラケルデモン人の癖にやかましいコイツを殴ろうかとも思ったが、鉄兜を被ってるようだし、無駄だと判断して怒鳴りつけるに止めた。

「うるっせえな! 見りゃ解んだろ。つか、どの道、最初からアイツ等が殺る気あったように、お前には見えたのかよ? なら、変に戦って損害出されるより、温存して数の脅威を抑止力にした方がましだろ。これで終わりじゃねーんだよ、は。追撃されて被害なんて出したかねえんだ!」

「しかし、ラケルデモン軍が逆に包囲を――」

 食い下がるバカに、親指で背後に付き従うメタセニア人軽装歩兵を指し示し、次いで敵陣を指差した。

「極端な斜線陣だ、包囲にはまだ時間がかかる。その間に俺達が横腹に一撃をかます余裕はある。その後、ラケルデモンが戦場に留まろうが退こうが、そこは俺とは関係無い話だろうが」

 俺の言っていることを理解はしているが、いまいち納得はしていない顔だった。黙ったのは俺が指し示したメタセニア人の士気への影響と、敵の位置から導かれる当然の予測によるものだろう。

 ま、納得出来ないってのも分かるがな。俺の行動は、決して勝利のための最善の行動ではない。そもそも俺は、ラケルデモンを勝たせるために戦っているわけじゃないんだから。

 敵将を殺害できる確信が無くなったので敵主力に突撃を敢行するが、そのままラケルデモンと協調戦闘を行い敵を完膚なきまでに叩きのめすつもりはなかった。

 むしろ、ラケルデモン王が俺の突撃の意図を誤解し、戦場に留まって十分な損害を被ってくれることを、今の俺は望む。

 と、そこでいつまでも俺の横にいる伝令に疑問を感じ――。

「つか、お前も、先にラケルデモンの軍団に戻って俺等の支援攻撃を報告しなくていいのかよ?」

 そりゃ、駆け足で味方の軍団の背後を移動してるんだから、方向は同じではあるが今現在そこまで足を速めているわけではない。俺にとっては逆に疲れてしまいそうなぐらいの速度なんだが、これ以上足を速めると後ろの兵士が落伍したり、疲労で突撃の衝撃力を失いかねない。

 伝令は後ろの軽装歩兵と同じような装備なんだし、全力で走れば、既にラケルデモンの本陣へと帰還できているはずだ。喋れているところからも、息が上がって走れないってわけでもなさそうだし。


 ……微かに嘆息する。

「訳ありか?」

 人を指揮する立場になってから、表情の陰りには多少気付ける様になった。不平不満が無視できる程度なのか――能力に差があり、役割が違う以上、陰口を叩き合う程度の事なら放置した方が問題は少ない。誰も彼も仲良く、だなんて幻想を見るバカは俺はたった一人しか知らない――、根本的な構造改革や人事が必要な案件なのかどうか。

 コイツの場合は、後者のような気がする。

 現状、どこかの間者って確率は低い。次いで言うなら、ラケルデモンには割り振られた役割と、強制的な平等があるだけなので、自由はない。まして、軽装歩兵の伝令なら軍団内でどんな扱いなのかは、推して知れるというものだ。

 とはいえ、コイツが死のうが生きようが俺には関係ない。いずれにしても、この戦争以降会う事もないだろう。

「いえ……」

 ただ、短く答える姿が、言いたいことも飲み込む姿勢が、かつての少年隊を思い起こさせて、フフン、と、俺は鼻を鳴らす。

「なら、働け! 戦え! 貴様には特別に俺の横で先陣を切って突撃する栄誉をやろう。ほぼほぼ確実に死ぬがな、実力があって運が味方すれば生き延びれるだろう。名は?」

 誰何され、ソイツは一度顔を上げた。俺よりも背が低かった事に、今更気付いた。そして、意外と若い。俺と同じくらいの歳、か。

「……のアゲロス」

 良い目だった。自らの運命を、自らの足で歩むため、その第一歩を踏み出した者の目をしている。さっき告げた生存確率に嘘はない。だが、だからこそそこに向かって走れるならば、連れて行く。

 変われるのなら、それで良い。

 ここで死ぬなら、それまでだったってことだ。そう遠くない未来、ラケルデモンとも俺は矛を交えるのだから、その時よりも少し早く死なせるだけの話だ。


 敵方から鬨が上がった。名立たる者が討たれたのか、ラケルデモン市民軍の戦列の瓦解の始まりを告げるものか……。

 それに合わせたかのように、戦列後方では散発的な逃亡が始まっていた。だが、その進路上を俺の軍団が突っ切っているため、歩みを緩め、どこか呆けたような視線でこっちを見ている。

 ハ、と、俺は不敵に笑う。

「戦場にある全ての同士よ、聞け! 誇りあるものは我に続け! 栄えあるマケドニコーバシオ軍の隊列に加われ! 我が名はマケドニコーバシオのアーベル! これより、は我を先頭に敵主力へと突撃を敢行する!」

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