Alphekka Meridianaー33ー
「慌てるな! 各自、事前に定められた小隊毎に点呼を実施し、予定通りに布陣しろ。繰り返す、時間はある、慌てるな!」
この辺が経験の差なんだろうな、とは思う。
マケドニコーバシオ軍では、隊伍を整えるのにこんな騒ぎにはならない。きちんと脛当を着けずに足を縺れさせて転ぶ者に、兜を失くした者、違う隊伍にまぎれて迷子になる者。まあ、俺が今率いているのが寄せ集めのせいだってこともあるが……。
実戦経験の乏しさはこういう場面で出てくる。
元ラケルデモン、元
兵站ばかりではなく、楽な村のひとつぐらい攻めさせて置けばよかったかもしれないと思うものの、そこで数を減らされても連合軍内での発言権が減るし、厄介な問題だ。
そもそも、戦闘が始まるとしても、互いにただ適当に敵に向かって進むわけじゃない。今は、ヴィオティア軍が先に布陣を始めたので、それに合わせて十分な距離でこちらも隊列を整えている状況だ。敵が壁外野営地から出てきたとはいえ、戦端が開かれるまでには相当な時間的猶予はある。そもそも、布陣しただけでお互いにタイミングが合わずに、戦闘しないままに終わることだってあるのだ。
無論奇襲もあれば、伏兵もあるし、さまざまな戦術や戦略はあるものの慣れればそうした通常ではない何かの予兆には気付ける。そして今回は、別動隊が動いているという予兆は、無い。
ようやく密集陣を組み、通常通りのファランクスの方陣を組ませて最左翼に向かいはじめた自軍から視線を外す。
こちらの最右翼はラケルデモン市民軍とそれらが連れて来た
まあ、戦闘後の混乱でこちらに引き込めれば引き込む、ぐらいの気持ちの方がいいか。変に当てにして欲を出して、当初の目的を果たせず仕舞いでは目も当てられない。
対してヴィオティア連合軍の布陣は奇妙だった。いや、異様といっても過言ではない。
数的には、ほぼ同じであるがためにこちらよりも横の広がりは短く、かつ、ファランクスにおいて盾による防御に難のある最左翼の厚みが異常だった。兵力の半数とまではいわないが、四割程度の兵士を最左翼に布陣している。マケドニコーバシオ式の斜線陣だ。
しかし、マケドニコーバシオのように、弱点を補強し、耐えている間に攻撃を担当するだけの騎兵は存在していない。ラケルデモン軍とティーバ軍の正面に少数の騎兵が布陣されているので、通常通りの騎兵同士の戦闘と勝利した場合の小規模な嫌がらせ攻撃だけを行うようだ。
結局は、歩兵同士の戦いで決着をつけることになる、か。
ちなみに俺の軍団が対峙するはずの敵最右翼は……、無かった。
いや、冗談などではなく、敵が短く厚く布陣しているせいで、目の前にはただの野原が広がっている。もっとも、それならそれで敵と接触後に側面に回りこんで包囲するなり、遊撃隊として後方遮断に向かうだけだが――。
再び、主力であるラケルデモン軍とティーバ軍を見る。ティーバ軍は、その異様な厚みのある最左翼の最後尾を味方の通常通りのファランクスの最後尾と合わせている。
俺達が敵と接触するころには、正直、戦闘は終わっているだろう。
まあ、だから気を抜け、なんて言えはしないし、ラケルデモン軍が敗北するようなら、それに応じて敵に多少の打撃を与える必要もある。
退いて仕切り直すのか、そのままぶつかるのか。
エパメイノンダスとラケルデモン王の判断次第だが、おそらくこちらからは退かないだろう。では、敵側はどうか。
敵将は冷静だ。
もっと布陣に隙がある時を狙うのか、それともこのまま決戦に至のか。
互いに完全に布陣を終えた状態で、出方を伺う。
「おい」
今回はファランクスの最も後ろで指揮していた俺は、近くの伝令を呼び。
「陣所に残してきた補助兵に連絡して、小盾と剣を持ってこさせろ。後備の二百の兵を軽装歩兵に装備転換させる」
一瞬問い返したそうな顔をした伝令ではあったが、戦場での時間の損失と俺の性格を考慮してか聞き終えると同時に一目散に飛び出していった。そしてそのまま、視線を前に向け「聞いたな、後備は装備を変えろ」と告げる。
「それは、今必要なことですか?」
レオが、周囲の疑問を代表して俺に尋ねてきたので、軽く肩を竦めて見せる。
「接触まで相当の時間はある。全員の装備を変えればその隙にこっちに突っ込んでくるかもしれないからな。無駄にのんびりさせとくよりは、何があっても動けるように機動力を増しておいた方がいい」
レオが黙ったのは、納得したからなのか言っても無駄だと思っているかはわからなかったが、ともかくも命令は実行されるだろう。
ちなみに、俺の軍は指揮官のラケルデモン人を中央に周囲をメタセニア人で固める形になっている。最後尾ももちろんメタセニア人なので装備を変えるのがメタセニア人だけのことに関して多少はラケルデモン人動揺はあるようだった。が、鎧と大盾で身を包んでいる安心感からか、特に不満は出てこなかった。
逆に、多少不満そうなのがメタセニア人だったが、軽くしておけば逃げるのには役立つのが分かっているからか、抗議まではされなかった。
ああ、後周辺の同盟軍やラケルデモン軍は、バタつく俺たちを見て嗤っている様子ではあったが、俺に言わせれば、通常ではない布陣の敵を前に通常通りに構えている方がバカとしか思えない。
俺達がばたばたしている間にも、笛が鳴り響いた。
前進の合図だ。
ここの兵士の顔が見れる距離ではないが、顔をラケルデモン軍に向ける。待機に痺れを切らしてラケルデモン王が命じたのかとも思ったが、視野の端に捉えた敵も前進していた。
決戦だ。
「前列に向かいますか?」
レオが俺の横で尋ねてきた。だが――。
「俺が前に出ても、正面でぶつかる敵はいないんだし、ただの行進なら一任する。状況次第では遊撃隊として動くから、その際の指揮はお前が取れよ」
装備換えをしている連中を監督しながら答えれば、最初から俺がなんと答えるのか分かっていたのか「御意」と、一言だけ返ってくる。
「騎兵は敗北した模様、壊走しています」
レオの返事と入れ違いに入ってきた報告に、主力同士が向かい合っている戦域へと目を向ければラケルデモン騎兵がバラバラに逃げ惑う様子が見えた。敵の騎兵は追撃よりも、回り込むことを優先したのか、位置を把握できない。
こっちに回り込んでくるなよ、と、奥歯を噛み締める。俺は騎兵とも戦えるが、軍団兵はそうじゃない。メタセニア国家再建後のためには無傷で残ってもらっても困るが、この戦闘後にメタセニアの都市を占領するだけは残ってもらわないと困る。
焦れるような速度で進むファランクス。
しかし、確実に距離は縮まり、厚みのために突出しているティーバ軍がラケルデモン軍と接触するのが見え――。
互いに威圧するような雄叫びが響いてきた。
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