Alphekka Meridianaー25ー

 国境線の再封鎖を伝令が報告した翌日、王太子率いる騎兵部隊がヴィオティア遠征軍を包囲している俺達の……いや、俺と側近、パルメニオン、そしてテレスアリア兵がまとまりなく集っているだけの本陣へと到着した。

 テレスアリア兵の前に出る事も意識してだと思うが、兵装に乱れや汚れは無く、隊列を維持して行進する王の友ヘタイロイ。戦い方としては、堅実で安全な遣り方を意識したんだろう。損害は少ないように見えた。

 テレスアリア兵達は、まだどんな態度で迎えるのかを迷っている節がある。それは、完全に俺の責任ではあるんだが、俺の遣り方への反感はあっても勝利は嬉しく感じ、また、戦局に寄与しなかった負い目とそれでも論功による褒章を強請る気持ち、王太子への畏怖、マケドニコーバシオ軍がヴィオティア軍に梃子摺った非難、そうした相反する感情で一歩が踏み出せないんだと思う。

 ……王太子の周囲にいる王の友ヘタイロイは、クレイトスにリュシマコス、他にも武威で鳴らした者が多いので、テレスアリア兵のせこい考えなんてとっくに見抜いているはずだが、王太子達は、まだ何も明確な反応を返してはいなかった。


 本陣に入った王太子の手勢は騎兵だけが二百で、俺の兵は伴っていない。まあ、全員でここに来る必要はなかったし、残りは前線に投入したか、再攻略した国境線に配備しているんだろう。

 二列横隊で整列した王太子と王の友ヘタイロイ

 一方、こちらはまとまりもなく、各都市それぞれがあちこちに身内だけで固まっている状態だ。

 さっと王太子が視線を巡らせ――おそらく、俺のお粗末な指揮はパルメニオンや本国から聞いてはいたんだろう――微かに苦笑いを浮かべた後、高らかに宣言した。

「諸君! 盟友たるテレスアリア兵士諸君! 国境は再び閉じられ、最早残す所、門戸を閉ざした敵の野戦陣地がひとつである。敵の脱出を封じた諸君らの活躍に感謝する」

 高らかに、淀みも迷いもなく言い放たれた勝利宣言は、テレスアリア兵の疑念を即座に吹き飛ばしていた。

 ……いや、元々主体性のない連中なので、誂えられた場に逆らうよりは流された方が楽で有利だとでも判断したんだろう。

 ざわめきの後、それまで暗い空気があったことさえ忘れているような顔付きで、マケドニコーバシオを称えている。

 本陣にざわめきが広がっていく中、続いて俺の横にいたパルメニオンが一歩前に踏み出して振り返り、王太子達を背にその威光を借り着た上で、テレスアリア兵に向かって語りかけた。

「聞け! マケドニコーバシオ、ひいてはここにいるアーベル様は、犠牲を最小にする事に努めていたのだ」

 ……まあ、予想通りではあるが、俺の名前が出た途端、若干場の空気は悪くなった。が、ここで声色を落としては再度盛り上げられないとわかっているからか、パルメニオンはそのままに続けた。

 ここで俺が口を出せば、反発が出る。

 居心地の悪さはあるが、堂々とした態度で、パルメニオンに任せておくしかない。

「住処を戦場とされ右往左往する民草さえも救おうと、同族に対してさえも勝手な略奪を行っていたカロロスの行動を憂い、また、ヤツの甘言を弄する様を問題視していた。あの一戦は、そうした膿を出し、軍紀を引き締めるための止むを得ない犠牲であり、ここに集った真の盟友を救うために敢て今日まで汚名を被ったままでいたのだ!」

 策士だなと、素直に感心する。

 戦場周辺の村々での人や物資、財宝の略奪は、どの市民軍も行っていたが――古今、どこの戦場でも普通に見られることでもある。それを態々家に帰って口にする者はいないだけで――、その責任を全てカロロスにひっ被せて、罪や責任の免責と引き換えに騙される事を要求している。

 人は……特に弱い人間は、言い訳を求めている。ちょっとした悪事に身を浸すことは――周囲もしているのだから、自分だってしてもいいはずだと――簡単で、堕ちることに大した理由が要らない事を、ラケルデモン時代に俺は理解している。

 だが、この一戦が終われば日常に帰るこいつ等には、非道の言い訳が必要なのだ。

 戦場に出向いて、正当な手段で得たと主張できる手土産を持って帰還する。

 それ以上の名誉もあるまい。


 場は、既に誂えられた。ならば、その流れには乗るものだ。

 俺は、王太子に向かって三歩踏み出した上で、全く背後のテレスアリア兵を振り返らずに、王太子に向かって跪いて見せる。

「後方遮断の成功、おめでとうございます。敵の北上を防いだのはここに集う盟友たるテレスアリア兵の戦果であり、敗北はひとえに自分の不明の致す所です」

 言い訳がましく言葉を続けるよりは潔い方が印象が良いだろうと、短く報告する俺。

 王太子は、今回の防衛戦の責任者として堂々とした態度で「無論、失敗の責は負わねばならぬ」と、はっきりと口にしたが、テレスアリア兵が緊張したのを見計らって「だが、勝利のために必要な作戦と犠牲を咎める謂れのあろうはずが無い。テレスアリア兵諸君、よくアーベルを助けてくれた」と、俺を兄弟と呼んだ上で続け、豪快に笑って見せた。

 王太子が役職を意識させた上で、俺を兄弟と呼び、テレスアリア市民を恫喝した事に気付いたのは一部だけのように思えるが、それだけでも十分だった。

 流れとは、弱者の無秩序な集団が作るものではなく、巧者が先頭に立つことの方が重要なのだから。


 周囲はマケドニコーバシオを称える声で再び満ちた。

 国土に進入した敵軍はまだ残っているものの、完全に孤立させ、戦局はほぼ決しているという考えなのだろう。

 王太子がほんの一瞬で、好き勝手やってたテレスアリア兵を掌握する手腕は見事で、第一印象の重要性を改めて認識してしまう。

 無論、勝利を得た後という時節や、俺が煽って戦場に散らせたバカ共がいたらまた違ったんじゃないかとも思うが……いや、負け惜しみだな。防戦や持久戦という苦手な戦い方を求められていなければ、もう少し俺も上手くやれたような気もするが、今の王太子程の支持を得られたとは思えない。

 自分の立ち居地を理解しているつもりではあるが、こうした力の差を見せ付けられた際の鈍い心の痛みまでは消えない。


「パルメニオン」

 浮かれた空気の中、王太子達の側に今は立つわけには行かず、同じようにテレスアリア側で突っ立っているだけのパルメニオンに小声で呼びかける。

「はい?」

 周囲のテレスアリア兵に聞かれる心配はないが、一応、周囲の状況を探りながら俺は軽く首を傾げたパルメニオンに向かって続けた。

「借りが出来た。機会が巡って来るかは分からんが、必ず、なんらかの形で返す」

 正直、パルメニオンが俺を立てる演説をするとは思っていなかった。

 まあ、状況的に、テレスアリア兵を掌握しておくためには、俺を貶すよりも持ち上げて利用する方が得策と判断したからなんだとは思うが。しかし、他に目的があったとしても、俺が助かった部分が大きいのは事実だ。

 パルメニオンは、おそらく、勝利の一報の際に慣れたんだと思うが、そんな普段余り口にしない俺の台詞を、からかうでもなく、余裕を持って受け止めている様子だった。


「期待しておきますよ」

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