Alphekka Meridianaー22ー
意外と粘るな、とは思ったが、同時に、この位じゃないと楽しくないとも思っていた。
木に打ちつけた捕虜の膝から下はもう骨だけになって風にカタカタと音を立てて揺れている。木の釘でぐずぐずに突き刺し。傷口に塩を撒き、失血死しないように都度火で炙って血管を遮断させる。それを何度も繰り返した結果だ。
足を折られただけで、その光景を見させられていただけの二番目の捕虜も、自分の番を想像したのか何度も気絶しているので、その都度パルメニオンに命じて叩き起こさせ、味方の足の肉を食わされている。
さっきのパルメニオンの話じゃないが、そろそろナニでも切り落としてやろうかと思った所で、二番目の捕虜の方が話し始めた。
「わ、我々は、陽動なんだ」
肩越しに振り返り、パルメニオンに座られているその捕虜を虫でも見るような視線で睨む。
尋問は言葉による戦いだ。拷問は手っ取り早いものの、時間をかけて溝を埋めて自陣営に引き込むわけではないので反発心を育てやすい。一矢報いようと嘘を吐かれる場合もある。最初から向こうの言い分の全てを信用するわけにはいかない。
現に、今拷問されている捕虜も、俺達が秘密協定を結ぼうと暗躍しているのを知らないせいだろうが、ラケルデモンが既に陥落し主力がこちらに向かっている最中だとか、ヴィオティア軍主力が既に別の山岳地帯を突破しただのと、威勢の良いことを言ってこちらを脅しにかかっていたしな。さっきまでは。
捕虜をよく観察するのは当然として――、後は勘の勝負だな。
「喋るのは良いが、後方遮断の際に得た情報との矛盾があるなら即座にお前も拷問を始めるぞ?」
はったり混じりではあるが、そうでも言っておかないと、また無駄話や嘘に時間を取られる。そうして、よくしなる木の枝で、木に打ちつけた捕虜の太股を打ち、最初に突き刺した釘で肉を抉らせて悲鳴を響かせて恫喝した。
既に喉が潰れた捕虜の絶叫は、人の物とは思えないような高域と低域の残響を残し、しゃべり始めた捕虜が微かに顔を俯かせ、まぶたを閉じた。が、オパルメニオンによってすぐに無理やり顔を上げさせられ、目を指で開かされている。
「あ、アカイネメシスが、支援を約束している。アテーナイヱの賠償金を肩代わりし、ヴィオティアの戦費も負担している。アテーナイヱ海軍の再編が終われば、港湾都市急襲作戦が始まるんだ!」
眉根が寄ってしまう。
ヴィオティアは確かに過去の大戦の際にアカイネメシスに下っている。ありえない話、とまでは言わないが、俄かには納得しかねる話だった。
アカイネメシスは、先の戦争ではラケルデモンを支援し、軍資金や木材を与えた。確かにその後、エーゲ海東岸の旧アテーナイヱ植民地の帰属で手切れになっているが、方針転換が急過ぎるんじゃないだろうか。
つか、国を変えただけの同じ作戦を繰り返すか、普通? しかも、成功したとは言い難いってのに。
そもそも、アカイネメシスが強大とはいえ、戦費もバカにならないはずだ。それを連続で出資して国庫は持つのか?
頭の中で軍船の値段、レスボス島経由で伝わってきているアテーナイヱに課された賠償金の額、そして遠征期間中に必要な食料の額を考えれば、アカイネメシスが投資した金額は、
「お前は、だんまりか? 言っとくが、お前がちゃんと喋らないなら、腹を裂くだけで止めを刺さずに、鳥の食うに任せるぞ?」
目は既に抉っていたので、青銅の冷たい刃を横にして腹を軽く叩いて一番目の捕虜を脅す。
「本当だ! アカイネメシスは、
自分達を助けろ、とでも言いたかったんだろうが、その態度が癇に障ったので膝をヤツの腹に入れて――もう何度目かもわからない嘔吐を避ける。胃液と血の塊、もしかすると内臓の一部かもしれない肉片が地面に再び赤黒い染みを作った。
「貴様等の代表は、その言葉の裏を読まなかったのか?」
軽く嘆息気味に、二番目の捕虜に向かってそう尋ねる。だが、頭の回転が遅い男なのか、全く分かっていない顔をしているので、俺は再び嘆息し、噛み砕いて質問してやった。
「ヴィオティアだけを存続させると思ってるのか?」
「エパメイノンダス様は、そんなこととっくにお見通しだ。だから、アカイネメシスの連中がトラキアとエーゲ海東岸植民地を奪う間に、お前等も、ラケルデモンも、滅ぼして統一国家を作る必要があるんだ」
国王の前で聞かされた名前をようやく第三者の口から聞かされた。表情の変化を読まれたことはパルメニオンのまとう空気から察したが、お互いになにも言わなかった。
「……証拠はあるのか?」
この話だけでも動ける、が、物的証拠があれば説得がしやすい。レスボス島で自由に動けるプトレマイオス達に連絡をとれば証拠固めも出来はするが、後手に回り、また、この防衛線の軍紀が緩んでいる現状、時間は短縮させたかった。
こういう時、敵の多い俺は不利だなと心の中で苦笑いする。この情報を中央に伝達させただけなら、俺への反発心から反対意見を口にする人間が多い。
と、捕虜がパルメニオンに向かってなにか囁き、二人でごそごそと――って、ナニやってんだ、こいつ等。
不意に捕虜の腰をまさぐり始めたパルメニオンに、眉根を寄せれば……。
「ありましたよ」
ひょいとパルメニオンが何かを俺に放り投げ――ああ、腰の荷物を漁っていたのか――右手で受け取る。アカイネメシスの硬貨が数枚。まあ、これだけでも証拠にはなるが、広く流通しているだけにやや弱いなと思った所で、もうひとつ、アカイネメシスの国教の聖霊のひとつであるプラヴァシをモチーフとした、鳥のような意匠の……護符? か、なにか。多分、お守りのようなものを見つけた。
パルメニオンに目配せする。無言で頷かれたので、そのまま俺はハルパーで一番目の捕虜の胴体を十字に皮だけを切り裂いた。
秋の夕焼けの中でも噴出す血の色が鮮やかに辺りを染め、冷え始めた空気のせいで割かれた腹や内臓からは湯気が立ち上っていた。これまで以上の悲鳴が物寂しく響き、二番目の捕虜は、それを見て気絶した。
「どうします?」
「後で使う。が、ここであったことを喋られたくはないので、すぐ殺す」
パルメニオンに訊かれて即答すると、荷物をまとめて手早く気絶した捕虜を担ぐ。
証拠は手に入った。しかし、アカイネメシスの意図についてはいまだ理解と納得が追いついていない。向こうは、
おそらく、かつての侵攻で十万を越す兵力でも屈服させられなかった
資金援助だけなのか、それとも援軍を視野に入れているのか。はたまた、戦後の混乱に乗じて再侵攻まで意図しているのか。
正直、今、アカイネメシスが大規模攻勢に出た場合、どの程度の都市が
「どう見る?」
結論の出ない頭で、足だけを本陣に向けて進めながらパルメニオンに問い掛ける。
「……正直、なんとも」
俺と同じで、アカイネメシスの真意を量れずにいるのか、パルメニオンの表情も浮かなかった。
「至急、新都ペラと王太子に伝令を出せ。あと、プトレマイオスにアテーナイヱの動きを探って貰おう。軍艦の艤装が始まっているなら、時間が無い」
パルメニオンが頷き「これで、失策は挽回ですか?」と、重い空気を誤魔化すようにおどけて見せたが、空々しさは否めなかった。
俺は軽く舌を出して答える。
「長期戦覚悟の敵と一戦したんだ。戦闘結果にもよるが、帳消しにはならないだろ。ただ――」
おそらく、カロロスは負けたと思っている。一勝を敵に与え、士気を上げさせた責任は重い。
「ただ?」
不思議そうな様子のパルメニオンに鸚鵡返しに訊き返され、俺は続きを口にした。
「耐えるだけなら、もっと適任者はいた。にも関わらず、俺に任せたってことは、ここまで読んでいたのかもしれないなと思ってな。まあ、状況的に今更俺を交代させ難いのは分かるし、失敗も成功も好きに伝えろ。それがアンタの仕事だろ?」
パルメニオンは、軽く笑っただけだった。
しかし……。
腐っても大国か。機会を見る目はまだしっかりしている。
このまま、同じ
危機の前だからと、この一戦を有耶無耶にするとは思えなかった。
情勢は、想像以上に混迷しつつあることを強く実感していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます