Alphekka Meridianaー21ー

 木材の調達に苦労するギリシアヘレネスでは例外的に、マケドニコーバシオやテレスアリア山岳部ではオークを中心とした木々が密集している。切り出し、加工し、輸送する必要があるので場所によっては手付かずのままで、今回の戦場も国境線で大きな港がないために放置されている森林だった。


 さっき荷物を置いてきた場所へと戻り――。

「パルメニオン、そっちを頼むぞ、押さえとけ」

 肩に掛けていた捕虜の軽い方をパルメニオン目掛けて投げ、もう片方は大人三人が腕を広げてようやく外周を囲えるような古木の前に投げ出す。

 その瞬間、微かに呻き声が聞こえたので、コイツ等が起きるまで時間がないんだろう。

 俺は、皮袋の中から天幕を固定する時に使う青銅の杭を取り出すと、目の前の捕虜の右腕を取り――まずは腕力だけで手首を木に縫いつけた。

「ふっ……!? っつあぁあああ!」

 首の血流を止めて落ちると意外と気持ちいいらしいんだが、さすがに腕を貫く激痛で目を覚ましたようで、間近で聞かされた絶叫を耳を振って追い出し、近くに転がっていた石を手に取り杭を打ち付け、完全に固定する。

「おい! 待て、まて……お前、なんだ!? やめろ!」

「中々活きが良いな、もう少し待ってろよっと」

 軽くそう言い聞かせながら、必死でもがいている左腕を掴み同じように木に打ち付ける。さっきまで以上の絶叫が響いたと思ったら、背後からも声が響いてきて――俺は肩越しに振り返って、うん? と、首を傾げて見せた。

 パルメニオンがなにか言ったのかと思ったが、どうやらそうではなく、パルメニオンが上に座って手足を捻って押さえている捕虜が叫んだ様子だった。

「なんだって?」

 完全に一人目の捕虜を木に固定していたので、一歩パルメニオンの方に踏み出して訊き直すと、下に敷かれている男は露骨に怯えた。

「お前等、なんだよ。なんで、こんな……」

 軽く嘆息し、バカにするような目を向ける。

「これからそれを説明するんだろうが」

 と、二番目に使う予定の捕虜に構っていたせいか、木に固定した一番目の捕虜が「畜生! 放せ! てめえ!」と、怒鳴り始めた。

 俺はもう一度嘆息し、横に一歩ずれ、二人の捕虜に交互に視線を向けて言い放った。

「まず、お前等は必ず、ここで死んでもらう」

 するとパルメニオンが、捕虜を庇って信用を得るいつものやり方だと思ったのか口を開こうとしたので、それを手で制して俺は続けた。

「ただし、俺が充分に情報を引き出したと判断するまでは絶対に殺さない」

 いまいち意味が伝わっていないのか、二人の捕虜は訝しむような顔になったので、俺は苦笑いで補足した。

「人の形をしたままで死にたいのなら、口を早く割るのを薦めるぞ?」

「ふざけんな! テメエに言うことはねえ!」

 即座に勢いよく罵倒してきたのは木に固定された捕虜で、最初に拷問されると分かっているからか、注意を引いてもう一人を逃がして救援を呼ぶつもりなのかもしれない。

 まあ、腕を切り落とす以外に自分自身は抜け出せそうにない状況を分かっているので、もう一人に託しているんだろうな。もしくは、味方の目があるので無様な真似は出来ず、虚勢を張っているのか。

「まあ、素直に話すわけはないと思ってるので安心してくれ、一日でも二日でも、気が狂うまで遊んでやるからな」

 軽く微笑みかけると、パルメニオンの椅子が喋った。

「本当に、俺達はなにも知らないんだ」

 はん、と、鼻で笑い飛ばす。

「嘘だな。多方面作戦を進めるなら、伝令による情報伝達は相当に遅れる。しかも、ここで包囲されている前提で冬越しの支度をしているお前等が、戦略目標を知らないはずがないだろ?」

 図星だったのか、パルメニオンに押さえられている捕虜は口を噤んだ。


 不意に短い沈黙が場に降りてくる。

 俺は、軽く頭を掻いて誰にともなく言い始めた。

「お前等、もしかして、死ぬって実感してないんじゃないか? どっかで助けがくるとでも思ってるとか」

 ラケルデモンで少年隊の実習で使った奴隷は、もっと生きた反応をしていた。噂で自らの運命を知っていたからなんだろうが、許しを請い、自らの不運を嘆き、なんとか助かろうと言う切実さがあった。

 だから、どこか落ちいついた様子のこの二人がどうにもつまらなく感じ――。

「随分とお目出度いな。おい、パルメニオン、それの足を折れ」

 二人の捕虜の尊大な態度が、大した強さも無いテレスアリア人が攻撃命令を出せない俺を舐めている状況とどこか重なって感じ、冷徹にパルメニオンに命令した後、俺自身も腰のハルパーを抜き、木に固定した男に向き合う。

「おい! お前、まさか……」

 鎌状に湾曲したハルパーの切っ先を目頭に突き刺し、「ちが、やめろ! やめろぉ!」と、喧しく響く絶叫をそのままに、まずは右目を抉り出す。そのまま無言で左の目頭にも先端を突き刺せば「嘘だろ? なあ、なんでいきなり両目なんだよ! ふざけんな、抉ってみろ、絶対、もう、なにも喋らないからな? おい、聞いてるのか? 俺は!」と、混乱しているせいか、許しを乞うているのか、脅しているのかはっきりしない声が喧しくがなりたてていたが、左目を抉り出した段階で「ああ、あぁぁ……」と、ただの虚になった目で低く慟哭していた。

 肩越しに振り返れば、パルメニオンも捕虜の足をきちんと折ったようで、半泣きの捕虜の目を見て俺はようやくにんまりと笑った。

「不思議だよな。人間は、こうして、後戻りできない怪我を負わせない限りこれから死ぬって実感にも乏しいんだから」

 自分でも声が弾んだのは自覚していた。

 王の友ヘタイロイとして戦っている時には、殺し方も選ばなければならなかったし、無用な犠牲を避ける必要もあった。でも、今はそれがない。

 久々に疼いていた。

 すぐに殺したら勿体無い。

 荷物の中から、オークの枝を削り、子供の小指ほどの木の――針と言うには太く雑で、杭と言うには脆そうな、木の釘を手に取る。同じような木の釘は数十本準備してきたし、近くの木の枝を落として削って増やしてもいい。

「ど、奴隷になる」

「ん~?」

 背中からの二番目のおもちゃの声を聞き流しながら、途端に元気の無くなった一番目の捕虜に近付く。

「奴隷として、売り飛ばしてくれていい、だから、命だけは」

「お前は、俺の話を聞いてなかったのかよ。絶対に殺す。恐怖と苦痛の中で死ぬよりは、楽に死んだ方がいいと思うぞ? 狂い死にして奈落に向かうつもりか?」

 振り返らず、呆れたようにそう告げると、目の前の捕虜に向かって「俺は俺で勝手に遊んでるから、いつでも話し始めて良いぞ?」と、からかうように囁き、既に光を感じていないせいか、顔をあちこちに向け、歯をカチカチ打ち合わせている姿を笑いながら、一本目の木釘は太股に突き刺した。

「まずは、足からな。木釘だけじゃなく、他にも色々と準備してきたから、存分に楽しんでくれ」

 悲鳴の中でどの程度俺の声が捕虜やパルメニオンに聞こえたかは不明だったが、悲鳴が途切れると同時に俺は二本目の木釘を突き刺した。

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