Alphekka Meridianaー18ー
「これは?」
新都ペラから戻ったパルメニオンは、慌しい本陣の様子に訝しげに俺に訊ねた。
軽く肩を竦めて見せる俺。
「敵が小部隊を繰り出してる。お前が新都ペラに行った辺りからだが……糧秣を調達してるなら放置もできんだろ」
出撃準備をしているのはイコールコスからの援軍と、カロロスが――まあ、手段はともかくとして、配下にした他の都市からの援軍も含めておよそ八百。とはいえ、敵と接触する予定地の山岳の防衛線の兵士にも渡りはつけているようなので、優勢になる場合にはもう少し増えて千程度まで動くんじゃないかと予想している。事前情報では、百程度の遊撃隊を相手にするには十分過ぎる数だ。
敵の総数は会議の時点では四千五百という話だったが、現時点で多少の増減はあるだろう。ただ、部下に探らせてる限り、五千を超える事はなさそうだ。
こちらの防衛線に投入されている兵士は六千五百。王太子率いる別働隊は騎兵が千五百に俺の部下が四百なので、たとえ千の兵士を失っても、劣勢とは言えない。
むしろ、この膠着状態こそが問題とも言える。
戦力が拮抗していると言えば聞こえは良いが、どうも向こうは篭城作戦と、後方防衛線への嫌がらせなど、意図した戦線の停滞であり、逆にこちらは敵の思惑に嵌る形での長期戦となってしまっていた。
「敵の本隊から離れた部隊のみを襲うと?」
パルメニオンが俺と真逆の判断をしていることは、表情を変えないままでも質問の鋭さからなんとなく察したが、軽く肩を竦めて答える。
「テレスアリア防衛を掲げておいて、放置も出来んだろ」
「……あからさまな罠ですよ?」
だろうな、とは思っているが、そこまで口にする必要を感じていなかった。パルメニオンに対してというよりは、イコールコスのカロロスに対して。
おそらくあの猪は、数で劣る敵がなにか策をめぐらせているだろうという当たり前の事実さえ見えてないだろう。
まあ、だからこそアレに今回の戦闘を任せたんだが。
「だとしても、敵を知るためには必要な過程じゃないのか? 逆に、向こうがこちらをつついて戦意を探っている可能性もある」
パルメニオンは、どうしたものかと悩んでいる様子ではあったが、失望したように嘆息すると、そのまま諫言してきた。
「貴方の仕事は、それをうまく宥めおくことだと思うのですがね。責任問題になりますし、私はもしもの場合に貴方を訴える必要が出てきます。それはお分かりか?」
「反対か?」
言い返すことはせずに、それだけを訊ねるがパルメニオンの答えは簡潔だった。多分、俺自身がその危険性に気付いていないとは思っていなかったんだろう。おそらく、その上で、軽く考え過ぎているとの思いからの忠告だ。
「本音を言えば。しかし、この時点で作戦は止まらんでしょう」
「まあな。……ただ、ひとつ訂正するぞ」
はい? と、首を傾げたパルメニオンに対し、俺自身も戦支度を整えながら言い切った。
「もしもの場合と仮定しなくても、この戦場にあるすべての責任の所在はある。部下を御しきれないというお前の俺に対する評価にも、言い訳するつもりはない。が、王太子からの命令の範囲内で、俺の遣り方で探りは入れさせてもらう」
右手を腰に当て、太い溜息を吐くパルメニオンの内心ははっきりとは分からないが、処置なしとでも思っているのかもしれない。
いや、俺としても、カロロスに命じてから今日まで悩みはしたが、防衛線を指揮するならもっと適任の
それでも尚、俺をここに配置したってことは、予定が狂った場合に多少引っ掻き回される前提のように思う。これまでも、レスボス島攻略作戦では、占領直後にアルゴリダで一戦交えたりと、独断専行の前科は事欠かないんだし。
もっとも、正当な手段でないからこそ、結果は常に出す必要はあるがな。
「ん? アンタ、俺についてくるのか?」
盾は邪魔になるので持たず、兜も邪魔なので特注の眼帯だけを頭につけ、脛当と腹当てだけの軽装で長剣を背負ったところで、パルメニオンが槍――とはいえ、マケドニコーバシオ軍の制式装備の長槍ではなく、片手でも充分に扱える、俺の背丈よりも頭ひとつ分長い程度の槍だが――を持ち、基本に忠実に首掛け盾と半球型の青銅兜、籠手と武装し始めるのに気付きそう訊ねると。
当然だろうと言う顔をしたパルメニオンは「督戦が仕事ですからね。貴方の行動の全てを報告する責務があります。ですよね?」と、さっきの俺の言質を取って言い返してきた。
は、と、短く笑う。
周囲の連れて来た兵士が多少狼狽えたのを手で制し、二人だけで戦場に向かう旨を伝え、そのままパルメニオンへと視線を移す。
「まあ、でも、それなら少し手伝えよ」
パルメニオンは、何を? とは訊き返してこなかった。護衛兵を置いていく意味を、多分正確に理解しているからだろう。
俺は、昔と比べれば最近は丸くなったらしいが――、こんなことを思いつく自分を軽く笑う。
ラケルデモンの頃の知識と技術を久々に使わせてもらうつもりだった。
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