Alphekka Meridianaー15ー

 防衛陣地に哨所、そういった場所を到着後にまずは視察したが、予め王太子や王の友ヘタイロイが指示を出して築かせた要塞群は非の打ち所は無かった。大軍で抜けられる峡谷や、山路には必ず複数の陣地を構築して封鎖していたし、意図的に破壊された道路も――もっとも、これに関しては、案内しているテレスアリア人指揮官は微妙な顔をしていたので、戦争後の再整備を約束することとしたが――いくつかある。

 軍だけではなく、大人数での移動では水の補給は絶対だ。雨天に期待なんて安易な遠征は出来ない。

 占領地に築城しているなら尚更。


「お見事ですな」

 世辞と言うわけでもなさそうだが、防衛線を確認し終え、感心した様子のパルメニオンに軽く肩を竦めて返す。

「ああ、つか、テレスアリア兵には、戦闘よりもこういった作業をさせていくつもりだしな」

 一瞬首を捻っていたようだが、そこは歴戦の指揮官とあってすぐに意味を理解したらしい。

 ……もっとも、それも半分だけだろうけどな。

 反乱に備えて軍事技術の移植を最小限にしている部分もあるが、それ以上に兵の性質の問題も大きかった。ギリシアヘレネスでは稀な大穀倉地帯にあり、その穀倉地帯を作った大河に恵まれ水にも食料にも不足の無かったテレスアリア兵は、マケドニコーバシオ兵と比べ闘争心に欠け、自ら積極的に難事を打開するというような性質がないのだ。

 従順ではあるので扱い易いが、その分、能力も低くまとまった兵士。それが、王の友ヘタイロイにおけるテレスアリア兵の特徴だった。

 なので、あくまでテレスアリア兵は工兵として築城技術を磨かせるし、戦闘においては攻勢よりも守勢に回らせ、壁役に徹させる。防御を固めた重装歩兵を殺すのは、それなりに重労働になる。盾の隙間を縫って槍で突き、尚且つ、それを急所に当てるのは熟練の兵士でも中々難しい。そうして作った間に、俺の軍団の様な遊撃隊や、重装騎兵の突撃で敵の防御の弱い地点を攻めさせ、粉砕する。

 なので――。

「これから、テレスアリアの将軍連中……とはいえ、市民軍を率いてきた其々の都市の代表との折衝だが、お前もなにか話すか?」

 古い遺構を再利用して作られたマウロウニ山――敵の陣取る平野の北東部にある山脈の一部で、ここを突破されればテレスアリア内部へと敵を侵入させることになる――の本陣で、会議のために陣の最奥に建てられた木造の詰め所への道すがら訊ねると、パルメニオンは大袈裟に首を横に振って断ってきた。

「まさか! お任せしますよ、私は、あくまで今回は督戦ですので」

 ふぅん、俺を試すか。

 まあ、それならそれでいいか、と、衛兵に扉を開けさせる。周囲の山に生える硬いオーク材で建てられた新しい部屋は、独特の木の匂いがした。

 長いテーブルが中央にでんと構え、その周囲には既にテレスアリアの将軍が席についている。連中の背後を抜け、上座に着くと、全員を見回して俺は開会を宣言した。

「状況を説明しよう、まず、今回防衛線の指揮を執ることとなったのアーベルと、パルメニオンだ」

 紹介すれば、ちらほらと見知った顔もあり、礼をする者も見受けられたが、たった数年でマケドニコーバシオに対する印象を完全に操作できていない部分もあり、あくまで対等だとする都市の代表は、腕組みしたままだったり、値踏みするような視線を向けているものもいる。

 そしてそれは、俺の紹介に合わせて一度前に出て簡単に名乗ったパルメニオンに対しても同様だった。

 まあ、緩い支配下にあるとはいえ他国は他国だしな。他所から来た指揮官が上に乗っかれば、反応はこんなものだろう。王太子派の積極的な内政介入で恭順を示してるのが約四割で、中立というか日和見でやばくなったら逃げそうなのが同数で、残りの二割は反抗的……とまでは言わないが、隙があれば主導権を奪いたがってるって感じか。

 ざっと印象から今回の幕僚になる連中を把握し、立ち居振る舞いから能力を測る。

 緊張で上手く喋れないとか、そわそわするとか、そういう点は誰にでもあるが、こちらからの挨拶に対する視線の動きや微かな重心の移動、細かい仕草、そうした点に内面は必ず表れる。

 人の行動は、日常の積み重ねによって決まる。ある日、突発的になにかが出来るようになったり、裏切りを打つわけではない。

 それらを踏まえ、俺とパルメニオンの挨拶に対して、同じように名乗っていく指揮官を見れば、軍の指揮に値する――王の友ヘタイロイと同程度の能力者――のヤツはいなかった。もしこの場で俺が戦いを挑めば、最低限抵抗できている姿勢や構えのヤツはいない。

 マケドニコーバシオの常備軍では指揮官の基準を満たさない、もしくは、筋肉の動きからみて、偵察や糧秣の調達、輸送のための十名程度の小部隊の指揮なら可能ってところか。


 軍議とはいえ、誰に対してでも同じ事を言えば混乱や不和の元になる。相手の理解力に合わせた話をしなければならないのだが、この場合、細かい背景は一切不要だろう。

 と、いうか、具体的な終着点を見据えてここにいるテレスアリア人はいない。精々が戦利品の分配と、開放地域における利権争い程度だ。

 それなら、耳当たりの良い言葉で機嫌をとっておくだけでいいだろう。

「まず、実質的な戦闘においては、我々マケドニコーバシオ軍が行なうので心配する必要は無い。既に、王太子と王の友ヘタイロイが海路で敵の背後への上陸作戦を開始している」

 おお、と、各所から感嘆の声が上がり、何人かは手を叩いて歓迎した。それを手で制して、静かになった所で更に続けた。

「もし、敵がその動きを察知して出撃した場合、その後背を我々が衝く事が出来る。もしくは、空になった要塞を落としても良い。仮に、こちら側に攻めてきたとして、地の利も数も圧倒的にこちらが有利だ。機動力に勝る重装騎兵が敵の背後を衝くことも出来る。このまま防衛を続ければ、勝利は揺るがない」

 うなずいている人間は多いし、俺を快く思っていない顔の連中も、難しい顔はしているが、反論できる余地がないんだろう。

 まあ、それも当然なんだがな。言ってることは、当たり前のことで、戦術や戦略はおざなり、勝利の根拠も数的優勢というだけ。群れて安心する人の心理に付け込んだ、安易な理屈だ。到底王の友ヘタイロイの軍議で出せるような意見ではない。

 いや、王の友ヘタイロイに限らずとも――俺の横で、どこか退屈そうにしているパルメニオンを見れば、程度の低さが分かるというモノだろう。

 しかし、攻勢に出ず、動かす予定のない数合わせの軍団には、この程度でいいのだ。むしろ、複雑な指示を出したり、大きな戦略について話せば、無能な連中が変な動きをするせいで、かえって混乱する。

「我々マケドニコーバシオは、テレスアリアの地を重視している。共に、侵略者を追い出そう!」

 士気を鼓舞するだけの、軍議というよりは演説会に、拍手喝采で幕を下ろす――はずだったが、不意に声が割って入ってきた。

「待たれよ! なぜ、援軍は直接こちらに向かわなかったのか?」

「と、いうと?」

 話を聞いてなかったのか、バカが、と、怒鳴りたいのを我慢して周囲を見渡す。声の出所は禿頭の男で、体格も悪くなかった。装備を見ても、それなりに大きな都市からの援軍を率いているのが分かる。

 俺達が到着する前にも、なにかと騒いでいたんだろう。周囲から、どこか煙たがるような視線がそいつに向けられていた。

「もうじき、実りの秋になる。近くの山を見よ、楢の実はまだ緑だが大きく膨らんでいるではないか。敵に時間を与えればそれだけ、テレスアリアの大地の実りを奪われるのだ。すぐさま攻勢に出るのが、守護国となったそちらの役割だろう」

 まあ、正直、勝つだけならそれで充分ではあった。戦略的な部分と、戦後のヴィオティア処理に関して話すべき相手かを探るため、のらくらと言を弄してみるが。

「人的な損失は、秋の実りと等価というわけでは無いはずだが?」

「それは、戦うために参集した者に対する侮辱だ!」

 テーブルを強く叩いて言い返す禿頭。

 なんだ、ただの暴れん坊か、と思いつつ、ふむ、と、考える素振りをして見せてから逆に問い掛けてみた。

「では、どう攻勢にでるのかご教授頂けるか?」

「ファランクスは、数の優位が大きく出る。正面からの決戦で充分である!」

 鼻で笑いかけたのは、横にパルメニオンがいるから飲み込んだ。所詮、テレスアリア人に期待するだけ無駄なのだ。

 さっきの俺の手抜きの演説と同じ事を、本気で口にされては呆れるのを通り越して、滑稽で笑いをとりに来てるとしか思えない。

「彼の意見に賛同するものはいるか?」

 一応、周囲にそう問い掛けてみるが「マケドニコーバシオが動いているのなら、それを待ってからでも」「攻勢に出るとしても、まだ情報が……」「犠牲を避けるのも戦争の瀟洒だよな……」と、この男に目をつけられたくないのか、正式な発言ではないが、ぼそぼそとそんな囁き声が聞こえてくる。

 そう、優勢だからこそ、保身を重視に考える人間も多いのだ。

 顔を顰める男が怒鳴る前、それを制するように俺は口を開いた。

「もう一度言う、我々は、テレスアリアを重視している。この意見も必ずマケドニコーバシオとして諮る。それで構わないか?」

 拍手喝采で、士気高揚とはいかなくなったが、誰かが吊るし上げられる事もなく、ほぼ均等に不満を分散させて閉会となった。あの禿頭も、引っ込みがつかなくなる前に制したんだし、最低限、抑えられるだろう。

 ……今後を思えば早めに排除したいんだが、親マケドニコーバシオ派の都市代表によれば、この戦場に近い北東の港湾都市イコールオスの援軍の指揮官であり、中々に難しい対応を迫られそうだ。


「あんな会議でいいんですか?」

 パルメニオンに、マケドニコーバシオ人用に用意させた詰め所への移動がてらそう訊ねられたが、会議に実際に参加しているパルメニオンも、連中の体たらくは見てるだろと、肩を竦めて答える。

「ああ、優秀なのは王の友ヘタイロイに引き抜いたからな。対案を求めてもろくな意見は出ない。なら、士気の向上をさせときたかったんだがな」

 他にも、優秀だが反抗的な連中は、俺が始末している。

 さっきのあの男も前以って殺しておけば良かったんだろうが……、いや、逆か? あの手のバカを抑えられなくなって、実力もなく粗暴なだけのヤツでもでかい顔をしてるのかもしれない。

「とはいえ、正式にイコールコスからの援軍隊長ですからね」

 俺の嘆息の意味を性格に理解したのか、パルメニオンがいつも通りの口調で俺を宥めるように言った。

「分かってるっての、軍を危険に晒さない限りは手出ししねぇよ」

 俺が確約していないからか、パルメニオンは腰に手を当てて嘆息していたが、ふとなにか思いついたらしく、頬をにやけさせながら付け加えてきた。

「まるで、昔の誰かさんのようですね」

 パルメニオンと視線がぶつかる。恥ずかしさで、頬が紅潮するのが分かった。いや、まあ、確かに昔の俺も怒鳴り散らして、言う事を聞かせてた事はあったんだが。

「……中々に、言うな、お前も」

 弁明のひとつも出来ずに、そう口を尖らせる俺だったが、即座に「大丈夫ですよ」と、パルメニオンに肩を叩かれ、なにがだ? と、視線で訊ねると、パルメニオンはどこか優しい笑顔で続けた。

「失敗から学び、成長できる人間は貴方が思う程、多くはありません。さっきのアレが貴方のように変わるとは、私には思えない」

「褒めてるんだか、貶してるんだか」

 再び嘆息してパルメニオンを見おろす俺に、パルメニオンは年甲斐もなく悪戯っぽく笑った。


「警戒してるだけですよ。職務に忠実に、ね」

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