Alphekka Meridianaー9ー

 王太子及びその救援に向かった王の友ヘタイロイから得られた情報をまとめると――。

 ヴィオティア遠征軍は四千五百程度で、ファランクスを組みやすい平野部に野営しているようだった。拠点を構築しているかは不明だが、遠征軍の人数的にヴィオティアからの兵站線は確保されていると考えて間違いない。

 破られた南の山岳地帯は放棄され、北と西の山岳地帯にテレスアリア軍を中心とした部隊を置いて、それ以上の進行を抑えている。

 状況は良くないな。

 領土の拡大を意図した侵攻なら、放棄された南部山岳地帯に軍道を通し、盆地内の人間を奴隷に使い城壁を備えた都市――ヴィオティア軍が侵攻した場所は、山地に塞がれた場所なので、商業的には重要ではなく、テレスアリアも俺達も特に手を出さず、城壁のない村が散在している場所だった――の建造を行なうだろう。

 そうなれば、再攻略は容易ではない。

 盆地に取り残されたテレスアリア人はおよそ一万。とはいえ老若の者も含む数字なので、兵士四千五百で押さえ込むのは難しくないだろう。


 予想される戦場は、山岳部もしくは、山に囲まれた盆地状の平原。

 後者の場合は、もう策を講じる余地がない。ファランクスは移動に難があるが、その分平野部では絶大な防御力を発揮する。しかも、向こうも斜線陣を使ってくるとなると、後は単純に兵の質と数の問題だ。


「この程度の数なら、一息で揉み潰せばいいでしょう」

 そんな声を上げたのは、テーブルに座れていない若い王の友ヘタイロイで、口調にはどこか侮るような響きがあった。

 黙っているだけの奴よりはましかと視線を向け――、微かに溜息を吐いてしまった。

 これまで、若い世代の連中はテレスアリアの反抗的な都市の鎮圧や、トラキア征伐といった、大規模衝突ではなく小競り合い程度の戦場しか経験させていないことがここにきて痛い。

 複数の情報を照らし合わせれば、そう簡単な仕事ではないことは分かるし、なにより、この一戦が最後の戦争ってわけでもないのだ。

 中央にも現国王派を抑えるために兵力を裂く必要があるし、テレスアリア兵に至っては、ようやく大麦の収穫が終わったところで、この時期に大兵力を徴発すれば商取引や物流への影響も計り知れない。

 雰囲気的には、俺が叱っても良さそう……というか、周囲はこういう好戦的な手合いは俺が黙らすことに期待している節がある。

 が、村争いの際に、王太子が若手の成長を期待している部分には気付いていたので、やや出遅れると――。

「ビロン、クレタス、お前等はどう思ったぁ?」

 俺や古株の意見では反発されると思ったのか、それとも議論面での成長を促そうとしたのか、リュシマコスが今回の村争いの仲裁で派遣され、そのまま王太子と最前線を経験した若い世代の二人に問い掛けていた。

 二人は顔を見合わせ「……すみません、その、王太子の指示通りに動くので手一杯で」と、先に緊張した面持ちで答えたのがひょろっとして背の高いビロンで、髭の濃いクレタスは「山岳地帯に陣地を構築し、一度、ヴィオティア軍と対峙しましたが、前衛の小競り合いが何度かあったものの直接衝突はなく……その実力の程までは……」と、どこか渋い顔で続けた。

 まあ、そうだろうな、としか言えない。初陣でそんなにほいほい活躍できてたまるか。戦場でパニックを起こさなければ好し、焦らずに敵を見れるようなら上々と言ったところだ。

 しかし、威勢の良い事を言い出した奴は、この二人に意見を言わせた意図を逆に解釈したのか「戦力で勝るなら、そのまま全軍を前進すればよかったのではないか」と、クレタスに食って掛かっている。

 自分なら上手くやった、とでも売り込みたいのかもしれない。

 バカが、と言いたかったが、若い世代同士の議論も過熱してきていたので、割って入らずにもうしばし見守ることにする。

 確かに、一般論で言えば、数的優勢のまま正面衝突になればそれに越したことはないが、前衛を捨てて後衛が側面攻撃に出たら? もしくは、衝突する前に敵が陣を引いたら?

 もし敵が不利を悟って逃げた場合でも、追撃するのか、戦場を確保するのか、等、考慮する要因は多い。

 まあ、この若い世代はともかくとして、王太子達はそれを考慮の上で陣を張っていたはずだが、今、そこまでつっこんだ議論になるのか……。


「兵を無駄に失えば、防衛線の維持もできないだろう」

 やや弱い声でクレタスが言い返せば、言い返されたことに驚いた――おそらく、ビロンの後に発言したので、クレタスは追従するとでもしれない――若いのが、唾を飛ばして言い返している。

「それが消極的と言っているのだ、敵に時間を与えれば、動揺がテレスアリア全土に広がり、また、統治者アルコンを変えると言い出しかねないだろう?」

 正論ではあるが、それだけ。具体的な戦略がないのは、むしろその強い口調から透けて見えている。

「だからこそ、マケドニコーバシオ軍を温存しテレスアリアに配備しておく必要があるんだろうが、分らず屋め」

「オレを侮辱する気か⁉ たまたま遠征に連れて行ってもらっただけの癖に」

 ……若手とはいえ、選別を経て集った王の友ヘタイロイが戦略会議の本文を忘れて感情的になっているのは、情けないのを通り越して笑えてくるな。

 いや、笑ってる場合でもないんだが。

 古株や、王太子の苦笑いを察して俺は――。

「殺すぞ?」

 一言呟けば議場は静かになったが、若い世代は完全に萎縮してしまい……たまたま近くにいたリュシマコスに殴られた。

 手合わせの時のように受け流しをしていたわけではないので、大柄なリュシマコスの拳をもろに頭に受けてしまい若干くらくらする。純粋な腕力だけなら、リュシマコスは俺以上だ。

 このバカ力め!

「過ぎた部分を蒸し返すな、女々しいぞ? ここは、戦略を練る場だろうが。そういう喧嘩は、訓練中にアーベルの目の前でしてやってくれ。……年長者は、お前達の成長を期待してまず話させたんだと理解してくれよ」

 リュシマコスは、平素はどこかのんびりした部分のある優しい大男ではあるが、鈍いと言うわけではない。誰とでも仲良くなれることの裏返しとしてなのか、人の心の機微を読むのも上手かった。

 ……クレイトスのように、若手の喧嘩に飽きて横で欠伸しているのとは大違いだ。

 俺の一喝で青くなった連中は、こんどは羞恥で頬を紅潮させている。

 まあ、これで成長してくれるなら、いいけどな、なんて考えていると、リュシマコスが俺に向き直って、若い連中の時よりものんびりした口調で俺を諫めてきた。

「アーベルも言い方を考えてくれよ」

「お前が力加減を覚えてくれればな」

 そう答えて、瘤になっていそうな頭を向ければ、どっちもだ、と、どこからかからかう声が響き、湧き上がる笑い声に一度場の空気が振り出しに戻った。

 若い世代ではないと思うが、テーブルに着いているヤツじゃなかったので、言ったのが誰か誰何しようとしたところで、王太子にアーベル、と、呼びかけられた。

「ラケルデモンから見たヴィオティアについて、まずは教えてくれないか?」


 クレイトスが姿勢を正す。古株の視線の色が変わる。

 そう、ここからが本番だ。若いのに頭の使い方を教え込む意味でも、戦略を練る意味でも、な。

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