Alphekka Meridianaー8ー

 結果論となってしまうが、王太子派だけで作戦を立てられるのはありがたい、と、思う。まあ、その要因になったのが自分自身の失言なので、態度に表すわけにはいかないが。

 ただ、現国王派も、対外戦争をこちらに一任することに不安はあるらしい。討伐軍には現国王派のパルメニオンを督戦のため派遣してきたんだから。

 人選の意味でも、俺をどうしたいんだか意図に悩む王様だな、ったくよぉ。

 アンティゴノスが密談に関してなにか報告するのかと思って様子を窺うも、悠然とした態度からはそんな素振りは微塵も感じられなかった。いや、むしろ、王太子派だけを集めたさっきとは別の円堂において、最初から新都ペラにいた王の友ヘタイロイの刺すような視線は全て俺に向いている。

 ……まあ、前線の俺と、後方支援の文官とでは相性が悪いのもそうだが、正直俺自身が自分の軍団の装備調達について、連中を介さずに直に糧秣の調達をしている影響もある。商工業者からの賄賂――とはいえ、悪い意味での買収ではなく、文官側にしてみれば、戦場での略奪ができない分の収入の補填の意味が強く、どこででも行なわれている――が入らないため、心証が悪いんだろう。

 王太子や王太子を援護に向かっていた王の友ヘタイロイも、漂う空気からなにか感じてはいるようだが、こちらが話し始めるのを待っている。

 面白くない話を自分からってのも気が重かったが、軽く頭を掻いてから本題に切り込んだ。

「今回の参集に当たり、旧都アイガイで国王に会った」

 議場全体がざわついたが、文官連中が非難の色が強いのに対し、若い世代は単なる動揺、前線の王の友ヘタイロイは……まあ、こっちは様々だが、意図を疑問視するのから、俺を疑うのまで、様々な反応が入り乱れた。

 クレイトスはやや面白くなさそうな顔であったが、王太子やリュシマコスは泰然としていたし、古株は概ね落ち着いていた。

 意外と、衝撃が少ない様子だな。もしかしたら、こんなことが前にもあったのかもしれない。

「レスボス島に確認を取ってくれればいいが、国王からの命令があり、その場にはアンティゴノスも同席した。会談の目的は不明、懐柔の意図もあるのかもしれないが、直接的な要求はなかった。戦況に関する情報はそこで受け取った」

 連絡は来ているか? と、視線で王太子に訊ねるが、首を横に振られてしまった。なので、次いで、間違いはないな? と、アンティゴノスへ視線を向ければこちらは大きく頷かれた。

「確かに、大した話じゃなかったな」

「煽ってるのか?」

「深読みのし過ぎだ。もう少し、堂々としてろよ、かえって怪しいぞ?」

 あっさりし過ぎのアンティゴノスを睨むが、視線がぶつかれば小馬鹿にしたように笑うんだから、始末が悪い。

 アンティゴノスの証言を諦め、まとめに掛かる俺。既に夕闇があたりに立ち込め、ポツポツと部屋の壁の松明や灯明皿に火が入ってるのに、ここで時間を浪費するわけにはいかない。

「まあ、そんな感じの事があった。時期的には拙かったが、レスボス島でテレスアリア方面の商船の動きの異常が伝わってきていたし、下手に動くよりは誘いに乗るべきだと判断した。問題はあるか?」

「ない」

 王太子が即答すれば、ざわめきはすぐに収まった。俺達は子供の集団ではない。内心はどう在れ、そこに異を挟むようなバカ者はいなかった。

 喜ばしい反面、即答されたことに首を傾げていると、王太子は苦笑いで続けた。

「ここの連中も、元は親父殿に仕えていた人間も多くいる、そんな事で目くじら立ててどうする? 弁明があり筋が通っているんだ、そんな顔はしてやるな。戦場では、アーベルに頼み事をすることも多いだろ?」

 最初は俺に向かって説明していたが、最後は事務系の王の友ヘタイロイに向かってそう告げ、そちらの顔も立てつつ場を収めた王太子。

 アンティゴノスが、ほらな? という顔をしているのはどこか腹立たしかったが、今更変な部分で蒸し返すわけにもいかず、今度は自制して――。

「では、懸念がなければ、ヴィオティアからの侵略軍に対する戦略会議をはじめようか」

 王太子が落ち着いた声でそう議論を誘導すれば、顔を引き締めて、戦争に備えた。


 ヴィオティア……か。

 ラケルデモンにいた頃から、敵と言う認識はあったし、親父はその国境の小競り合いで死んでいる。

 いや、マケドニコーバシオという国家を考えれば、考慮に入れる必要のない思い出だが……。国王に色々とつつかれ、少しぐらいは感傷的になっているのかもしれない。


 陽が完全に落ちたのか、部屋の暗さが増し……若い世代の連中が全ての灯明皿に火を点けたことで、今度は橙色の炎が皆の顔を照らしていた。

 月明かりはまだ差し込んではこない。

 円堂の中央のテーブル。椅子に座っている王太子の腹心の手元にオイルランプがひとつずつ置かれると、火が燃え移らないように注意深く地図が広げられ、敵軍の位置や味方の防衛線が書き込まれていった。

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