Alphekka Meridianaー7ー

 新都ペラにいた王の友ヘタイロイは、国王と共に表れた俺とアンティゴノスを訝しんでいる様子だったが、基本的には新都ペラで仕事をしていた事務系の王の友ヘタイロイが多かったためか、面と向かって詰問してくるものはいなかった。

 そして、俺達が新都ペラへと到着した翌日には、王太子も新都ペラへと帰還した。村争いに連れ出した二人の王の友ヘタイロイは、目に見えてげっそりとしている。随分と過激な新人教育になってしまったが、この程度でそんな老け込むなよ、とも思う。

 マケドニコーバシオ・テレスアリア間の国境線で合流したのか、それとも一緒に防衛戦に参加していたのかは不明だが、リュシマコスとクレイトスといった武闘派の王の友ヘタイロイの大半も、王太子と一緒に本日新都ペラへと到着した。

 ただ、皆は、俺が国王と一緒にここに来た場面を見ていないので、いつも通りに軽い挨拶をしただけだったが……。

 早めに事情を説明したい所ではある。ミュティレアへ伝令を出したのか、それが戻ってきているのかも現時点では不明だし。

 ただ、残念ながら、それよりもなによりも、今はもっと優先すべき事がある。

 主要な人間が新都ペラに集まった時点で、王宮の最も広い部屋へと集められ、対策会議が始まったのだから。

「情報を整理しよう」

 会議の先陣を切ったのは、王太子でも国王でもなく、アンティゴノスのその言葉だった。状況が状況なので、王太子派現国王派の区別なくマケドニコーバシオの要職にある人間が一堂に会しているが、席順や距離から大凡の派閥が見て取れるのが、どこか面白かった。

 俺は――恥じることはなにもなかったので、いつも通り、王太子のすぐ側で会議に参加している。椅子に座る俺の背中に肘を衝いてるのがクレイトスで……クレイトスのような実績の有る将軍も立っていることから分かるように、議事堂はかなり手狭に感じた。

 国土が広くなり、参加者が百名近くに上っているせいだ。

 もしかしたら、その内、民会のようにアゴラで会議をするようになるかもな。なんて、冗談を考えていると王太子が地図を広げた。

「ヴィオティア軍はパガシティコス湾に沿って北上する形で進攻を開始し、ペリオン山に我々が築いた防衛線に寄り、進攻を停止している」

 王太子が示す敵軍の位置は、山に囲まれた小さな海岸線の平野部で、ちょっと違和感を感じた。あの連中が攻めてきてるなら陸伝いに山越えして中央部の平原に進出していると思ったから。丁度夏場で、ほかの季節よりは山越えも楽なんだし。

 テレスアリアは四方を山に囲まれた国家で、ある意味では中央部の平原も盆地と見ることが出来る。そして、テレスアリアの要所はこの平原の大穀倉地帯であり、そんな場所を攻める戦略的な意図が読めない。

「敵は海軍を出してるのか?」

 海軍による上陸作戦を企図していて、それをこちらの海軍が防がれたのかと思って訊ねるも「いや、海岸線沿いに山脈の低くなっている場所を突破したようだ」と、あっさりと否定されてしまう。

「交渉は?」

 と、現国王派の……ええと、名前が分からん禿げた男が口を開くが「明確な回答がない」や「停戦を話し合おうにも、どの都市代表ものらくらと――」なんて声が上がってきただけ。

 まあ、それもそうだろうな、と、思う。ラケルデモンとヴィオティアの諍いが長引いていた理由もそこにあるんだし。

 ヴィオティアは基本的にひとつのアクロポリスが統治する国家ではない。ティーバが比較的大きいものの、国内でも複数の都市間の権力争いがあり、交渉すべき代表がそもそもいないのだ。祭神を同じくする都市の緩い共闘関係にある都市群だから、その時その時で国家の代表も意思もころころ変わる。

 んで、国境線だの、交易だの、援軍を派遣した協力費用だのと、何度も解決したはずの問題を蒸し返されるって言うな。

「そもそも、なンでアイツ等は今更になって攻めてきたンだ?」

 クレイトスが、交渉の行き詰まりで、責任の擦り付けをし合っている連中を尻目に、適当に新たな話題を議場に放った。

 今更? と、右回りに首を動かし肩越しに振り返ってクレイトスの方へ視線を向けるが、答える気がないのか、俺の背中から離れて、壁に背を凭れ掛らせて頭の後ろで手を組んでいやがる。

 視線を隣の王太子の方へと向ければ、攻めて来た理由に関して訊ねていると思ったのか、王太子は肩を竦めて見せた。

「捕虜もいないわけではないが、要領を得なくてな。どうもティーバの意志が強く反映しているようだが」

「なにか、過去に因縁でもあるのか?」

 戦略的な目的が曖昧で、にも拘らず国境を突破できるだけの軍を送り込み、しかし、交渉には応じない。となれば、そのぐらいしか理由が思い浮かばなかったが、議場全体がざわつき、クレイトスが強く俺の肩を掴んだ。

「おい!」

「うん?」

 なにか拙い事を言ってしまったのは分かったが、それがどういう意味なのかを量りかね、首を傾げれば、クレイトスは頭を掻いて吐き捨てた。

「……ああ、クッソ、そッカお前は」

 不意に気まずい沈黙が降りてきた後、口を開いたのは国王だった。

「気にするな、朕が過去、虜囚として過ごしていた都市で……。ああ、貴様が流れ着く以前には、隣保同盟に関することで少し仕置きをしただけだ」

 先の密談の時と同じように、ふん、と、鼻を鳴らし、真意の読めない表情で軽く言い放つ国王。

 隣保同盟は、神話に所縁の有る地区や神殿を管理するために、祭神にゆかりのある国同士、もしくは、神域を有している複数の国家が結ぶ同盟だが、巡礼や神殿で行なわれる協議会の運営利益を巡る諍いも多い。

 確かにそういうことなら、と、分からないでもないが……。

 動機の面で、まだ納得がいかない部分があったが、それでも俺が引き下がると、国王は更に続けた。

「貴様の苦戦した斜線陣は、彼の国で生み出された戦法だ、テレスアリア軍ごときでは対抗できないだろう」

 と、そこで現国王は王太子に視線を移し「テレスアリアの政策の大半はお前達によるものだ、責任を持って始末をつけろ」と、命じた。

 王太子は特に表情を変えずそれを拝命した様子だったが……俺の不用意な一言が原因とは言え、議場の空気の張り詰めた印象は、テレスアリア防衛戦に関するものよりも、二つの勢力の軋轢を強く印象付けるものだった。

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